06

「ううっ、情けない……」

「ベルくん、また無理してるんでしょー?」


 リズリット様の問いかけが苦しい。

 いやでも、今回は無茶も無理も、何もしていない。

 首を横に振るも、誰も信じてくれない。悲しい……。


 保健室のベッドに座り、肩を震わせる。

 空中庭園から呼び戻されたフィニール先生まで、胡乱な……この先生のポジティブな表情って、見たことないな。


「しばらく安静に」

「もう元気です……」

「安静に」


 有無を言わさぬ指示に、渋々はいと返事する。

 階段で意識がちょっとアレして、保健室へ運ばれたところで、ばっと目を覚ました。

 先生いわく、疲労による貧血だろうと。

 お昼ごはん、まだでしたもんね!!


 先ほど、めそめそしながらサンドイッチを食べたところだ。

 もう元気だ。

 早く教室へ戻って、お嬢さまと授業を受けたい。

 一秒でも早く、お嬢さまのお傍へ行きたい……!

 おじょうさまにお会いしたいよー!!


「先輩、大人しく休んで、二度と奇怪なタイミングで倒れないでください」

「すみませんでした……」


 ノエル様の恨みに満ちたお声に、階段で雨音が聞こえた途端に意識を失ったことを思い出した。

 ううん、偶然だと思いますけど……。


「君たちは授業へ戻りなさい」

「やだ。ベルくんとお昼寝する」

「リズリット様、僕寝ないので」

「オレンジバレーくんは寝なさい」


 あのフィニール先生が、頭痛に耐えている顔をしている!

 レアだ! レア先生だ!


「今日は賑やかなのね、フィニール」


 軽い扉の開閉音に、カーテンで間仕切された先へ視線を向ける。

 今の声、エリーゼ様だったような……?


 ひょこりと顔を覗かせた白髪の少女が、あ、といったお顔をする。

 にんまり、意地悪そうに表情が歪められた。


「あら、元ちびっこじゃない」

「エリーゼ様、どこかお加減が?」

「あなたじゃないもの。私は自己管理できてるわ」

「くすん」


 両手で顔を覆って項垂れる。

 今回のは、本当に心当たりないのに!


「王女さま、どうしたの?」

「薬をもらいに来たのよ。常用薬を切らしちゃって」


 エリーゼ様は、あまりお身体が強くない。

 授業もお休みされることが多く、魔術訓練も見学されることが常だ。


 慣れた仕草で、フィニール先生が引き出しから薬包紙を取り出す。

 粉薬を内包したそれの個数を数え、物静かに控えていたノアさんに手渡した。

 ノアさんがエリーゼ様からポーチを預かり、薬包紙をおさめる。

 そこから一包取り出したエリーゼ様が、フィニール先生の注いだ水を片手に服用した。


「季節の変わり目って、いやよ。しんどくなるわ」

「この頃は安定しているだろう」

「でももう冬よ。私の死因、きっと風邪なんだわ」

「滅多なことを言うな」


 げんなりとしたエリーゼ様のため息に、ノアさんが呆れた声を返す。

 彼は彼女の手からグラスを取り、シンクで手早く洗っていた。


「ほら、ベルくん、寝よう?」

「夜寝られなくなるので、寝ません」

「子どもですか、先輩」


 リズリット様が、座る僕のお腹をぽんぽんたたく。

 そんな子ども扱い! 意地でも寝ません!!


「……姫殿下?」


 ノエル様の怪訝そうなお声に、エリーゼ様へ視線を向ける。

 椅子に座る彼女は苦しそうに胸を押さえていて、ただならぬ気配に慌ててベッドを降りた。


「エリーゼ様!?」

「……これ、だめ」


 身体を折り曲げてうずくまるエリーゼ様は、真っ白なお顔にびっしりと冷や汗をかいていた。

 焦ったノアさんが駆け寄り、華奢な背を支える。

 片手で口許を覆ったエリーゼ様が、涙目で消え入りそうな声を振り絞った。


「……吐く。おねがいっ、運んで……ッ」






「エリーが……?」


 愕然と立ち上がったリヒト殿下が、蒼白なお顔で尋ね返す。

 小さく首肯し、見聞きしたことをご報告した。


「エリーゼ様は突然体調を崩され、病院へ搬送されました。嘔吐下痢と、神経性の症状から、……服毒されたのではないかとの見解です」

「服毒? エリーが? まさか……」

「現在は病院でご静養されております。その後、大事を取って王城へ移られるそうです」


 ふらりと椅子に座ったリヒト殿下が、険しい表情をする。

 考え込むように組まれた指に、力が込められた。


「……誰が飲ませたの?」

「わかりません。直前に、常用薬を服用されただけです」

「……毒はなにか、わかった?」

「そちらも、まだ」

「スズラン?」


 自嘲されるように微笑んだ殿下が、植物の名前を出す。


「ぼくのときは、スズランだった」

「……殿下がご無事で、何よりです」


 スズランは、白くて愛らしい見た目に反して、花から根に至るまで猛毒に満ちている。

 ほんっと、毒やめて!!

 暗殺に向いてるからって、気安く仕込むのやめて!!

 それは口に入れるものではありません!!!


 リヒト殿下に、保健室での様子をお話する。

 静かに耳を傾けていた彼が、重たく息をついた。


「エリーの常用薬は、調べてる?」

「はい。今、調査中です」

「そっか」


 一番怪しいのは、あの常用薬だろう。

 だけどそうなると、薬に触れたのは、フィニール先生とノアさん、そしてエリーゼ様ご本人の3人だけになる。


「……ごめんね。こんな疑う仕事、ベルに伝えさせて」

「いえ、お気になさらないでください」


 暗くなる僕へ、何故か殿下が謝罪する。


 この騒動により、フィニール先生やノアさんはもちろん、居合わせた僕たちも聴取を受けた。

 その中でも、ノアさんの呆然としたお顔は印象的だった。


 薬を入れていた引き出しは、鍵をかけるものではなく、先生も直前まで保健室をあけていた。

 つまりは、学園にいる限り、誰でも薬に細工できることになる。


 エリーゼ様は、保健室の常連だ。

 正直、教室にいるよりも出会いやすいだろう。

 服薬の事情も、少し観察すればわかることだ。


 ――まだ、薬に細工されていたとは、確定していないんだけど……。


 顔色を悪くさせたノエル様は、「関係ありませんよね……?」と不安そうにされていた。

 きっと、今調べている七不思議のことだろう。

 なんだっけ、『トイレのメアリー』だったかな?

 でもあれ、血を引き抜かれるんじゃなかったっけ?


「ありがとう、ベル。今は調査結果を待つよ」


 それだけ呟き、リヒト殿下は書類作成へ戻られた。

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