03
クラウスとリズリットは、騎士団と馴染み深い。
資料庫を覗き込んだクラウスが、本棚を漁る職員へへらりと笑みを向けた。
「手伝いましょーか?」
「ああっ、クラウス! 助かる、それ持って行ってくれ!」
制服の上着を脱ぎ、袖を捲くった男性職員が、床に積んだ書類を指差す。
つづり紐でとじられたそれらは分厚く、重ねられた枚数は重量がありそうだった。
盛大にこき使われているクラウスが、やんわりと苦笑いを浮かべる。
よいしょと屈んだ彼が、それらを持ち上げた。
掴み損ねた一冊が派手な音を立てて落下し、紐が解けて散乱する。
「うわ!? すんません!!」
「あー、よくやるよくやる。適当に回収してくれ」
ひらひら、手を振った男性職員には見慣れた光景なのか、動じることなく手許の資料に集中していた。
「もっといい保管方法があればいいんだがな……。つづり紐なんざ、すぐ解けるだろ? 気にすんな」
「……あざっす」
持ち上げたそれらを下ろし、解けた一冊を回収するため、クラウスが屈む。
手書きの日付を確認しながら、彼が書類を重ねた。
あれ? クラウスの目が、一枚の用紙にとまる。
「……セドリック殿下って、収穫祭の頃にお隠れになられたんすか?」
「何だ、覚えてないのか?」
「俺、当時6歳か7歳っすわ」
「……あー……、お前にも、ちまっこかった時代があったなあ。確か」
「すんませんねぇ、いつでもすくすくしてて」
三十代ほどだろう、クラウスよりも背の低い男性職員が、しみじみとした顔をする。
今は片膝をついているクラウスが、彼を見上げた。
「この年はごたごたしてたからなあ。対立戦はあるわ、セドリック様は事故に巻き込まれるわ……」
「事故?」
訝しいと眉間に皺を寄せたクラウスが、手許の用紙をまじまじと見詰める。
はた、彼が目を瞠った。
――スラム街で惨殺事件。遺体はバラバラに切り裂かれ――
「……なんすか、これ。リズリットのやつみたいじゃねーか」
「なあ、クラウス」
男性職員が、クラウスの手から書類を引き抜く。
にこり、笑みを浮かべた彼が、床に散ったそれらをまとめた。
とんとん、束が揃えられる。
「悪いな。それ、持って行ってくれよ」
「……へえへえ」
「短く一回『はい』だろ」
「へーい」
くしゃくしゃと乱雑にクラウスの頭を撫で、男性職員が苦笑を浮かべる。
彼が元々持っていた書類に、クラウスが落とした書類の束が重ねられた。
言外の『見るな』の指示に、大人しくクラウスが従う。
当初運ぶ予定だった書類の束を抱え上げた。
――おっかしいな? 確か殿下、セドリック殿下は対立戦で亡くなったって言ってたんだけどなあ。
内心クラウスが首を傾げる。
あのリヒト殿下が勘違いを起こしているのだろうか?
考えるよりは身体を動かす方が得意なクラウスが、うんうん唸る。
――うーん、いくら思い出しても、普段から頭使わねー会話しかしていないせいか、全くいい感じに思い出せねー。
……諦めよ。頭脳派に任せよ。
彼は潔かった。
「お。リズリットー! 半分持ってくれー!」
「やだよベルくんとアルくんに会いたい」
「語尾の方が長い問題」
ふらふらと扉から出てきたリズリットが、嫌そうに顔をしかめる。
苦笑いを浮かべたクラウスが通りやすいよう、扉を支えることが、リズリットなりの良心だった。
「どっか行くところか?」
「おじさんたちが珈琲飲みたいって」
「ほーん」
肩越しに振り返ったリズリットが、室内で書類と格闘する『おじさんたち』を目で示す。
エンドウが発端となったコールダー家とフロラスタ家の癒着について、調べるために割かれた人員だった。
クラウスたち学生は、関係者ではあるが捜査員でないため、資料を閲覧することができない。
そのため、手伝いとしてこうして雑用を行っていた。
ひとりの職員が顔を上げる。
ぐっと伸ばされた肩が、年齢を感じさせる音を立てた。
「おう、クラウス、おかえり」
「どっすか、具合」
「お変わりなく」
両腕を広げて、職員が肩を竦める。
書類の束を机に置いたクラウスが、またしても苦笑いを浮かべた。
そっすか。何度となく繰り返した相槌を打つ。
「コールダーがもっと派手にやってくれてりゃなあ」
「おっと、取り込み中かい?」
「ああ、エンドウさん!」
ひょこりと顔を覗かせたエンドウへ、室内の職員たちがにこやかな顔で手を振った。
彼等の共通認識は、エンドウを『年若い被害者の女性』としていたが、視覚情報は少年へにこにこする大人たちという、一種異様な光景だった。
クラウスが表情をぞっとさせている。
「どうしたの? エンドウさん」
「さっき従者の兄ちゃんが来てよ。ご主人さんからの伝言だ」
「ベルくん!? ベルくんまだいる!?」
「いや、もう行っちまった」
「ベルくん……!!」
エンドウにさっぱりと言い切られ、リズリットが膝をつく。
悲しみに満ちた顔を両手で覆う彼にも慣れたもので、エンドウが伝言の続きを口にした。
「検問所の記録から、シノワズリとフラスコ画? を探してほしいとさ」
「なんだそれ、フラスコ?」
「フレスコ画な。あーッ! これだからコードは!! 気軽に調べろって言うけど、調べる方の身にもなれってんだ!!」
ひとりの職員が頭を抱え、書類に突っ伏す。
……彼等の様子から察せられるように、調査は難航していた。
むすりと半眼を作ったリズリットが、不機嫌な顔のままエンドウを向く。
「しのなんとかって、なに?」
「シノワズリかい? 学生寮の談話室には入ったことがあるかい? あれだぜ」
「ふぅん?」
おぼろ気な記憶に、リズリットが首を捻る。
けらり、笑ったエンドウが指先で宙に渦を描いた。
「うちの田舎には職人さんが多くてなぁ。建具屋さんと画家さんで、よく内装工事をやってたんだぜ」
「……ん? なあ、エンドウ。お前の田舎って、コールダー領だよな?」
「おう。領主さんはコールダーだぜ?」
ぴたり、空気が止まる。
首を傾げたエンドウは、変わらずにこにこしていた。
クラウスがそっと手を挙げる。
「……他になんか、変わったことあったか?」
「おう? ……そういやぁ、給金が少ねえってんで、職人さんらが揉めてたな。朝から晩まで働き通しで、これはねぇって。辞めちまった人も多くてなあ」
「…………」
「あとは……、2、3年前に出稼ぎに行った建具屋の兄ちゃんが、音信不通だって、そいつのおっかさんが言ってたな。便りがねぇのは元気の証拠っつてもよ、手紙の一通くらいはほしいよなぁ」
「検問所だ! 検問所の記録を出せ!!」
「おう……?」
資料庫へ駆け込んだ職員たちに、エンドウがきょときょとと瞬きを繰り返す。
苦笑いを浮かべたクラウスが椅子に座り、机の隙間で頬杖をついた。
「わりぃ領主さんじゃねーか」
「……そうかもしんねぇなあ……」
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