03

「これから、坊っちゃんのおかゆを作ります」


 ベルナルドの3分クッキングー。


 エプロンを締めながら、脳内でお馴染みの音楽を流し、坊っちゃんに小鍋を渡す。

 憮然とした顔の坊っちゃんは、憮然とした顔で僕を睨んできた。


 因みに「坊っちゃん」という呼び方についても訴訟を受けていたが、聞かなかったことにする。


「いらない」

「ミルク粥の方がよかったです?」

「いらない」

「まずお米をとぎます」


 坊っちゃんの拒否は無視します。


 事前に料理長さんから許可をもらっているので、暴れたり爆発させたりしなければ、自由に使わせてもらえる。


 といっても、8歳と7歳を厨房に取り残すなんて危険しかないので、現場監視宜しく料理長さんが隅の椅子で新聞を読んでいた。

 ちらちらこちらを気にする彼女は、「母ちゃん」といった風貌だ。


 ちなみに米など食に関してだが、結構豊富にある。

 オムライスとかリゾットとかカレーとか、普通に出てくる。

 この辺、ファンタジーだけど近代的だと思う。



 さて、今回はコード邸に来て数日、余りに食事をとろうとしない坊っちゃんを心配し、待ち受ける餓死を恐れて強攻策に踏み切った次第だ。

 作戦名は、己の眼で確かめろ。


 ざっと計量したお米を坊っちゃんの持ってる小鍋に入れて奪い取り、ざざっと水を注ぐ。

 米をとぐ僕を、後ろから胡乱の目で見詰め、坊っちゃんが流れるとぎ汁へ目を向けた。


「その白いのは、何だ?」

「お米の成分ですね。色々良いものが含まれてるそうですが、水に通さないと米ぬかくさくなるので」

「……?」


 不思議そうな坊っちゃんを捨て置き、「ここにお水を入れます」じゃばじゃば水を注ぐ。


 寧ろ重湯から始めた方がいいんじゃないかな?

 そう思いながら水を張ったせいか、小鍋がたぷたぷしていた。


 構わずコンロの上に置く。

 着火して振り返ると、僕の適当さに引き切っている坊っちゃんがそこにいた。


「そしてひたすら煮込みます。やっわやわのべっしょべしょになるまで」

「何だ、その擬音は!?」

「当分療養食なんで、そのつもりで」

「だから、いらないと言ってるだろう!」


 血色の悪い顔で、それでも喚く坊っちゃんに椅子を勧める。


 初対面時の生気のない状態よりかは遥かにマシだけど、ないエネルギーを燃焼しすぎて倒れたらどうしよう。

 別の問題が浮上した。


 お医者さんも頻繁に来ているが、薬だけで治る症状でもない。


 鍋が吹き零れないよう時々確認しながら、僕は僕で僕のためにクッキーを作る。


「グルテン食べられます?」

「ぐる……? は? いや、いらない」

「この前型抜きの型買ったんです。ウサギさんとネコさんです。イヌさんとアヒルさんは来月迎え入れる予定なんです」

「…………」


 頭が痛いといった顔をした坊っちゃんが、背凭れに体重を預けてため息をつく。


 僕だって、会話のドッジボールじゃなくてキャッチボールがしたいので、その「いらない」っての、早くなくしてくださいね。


 薄力粉に油を入れて、まぜまぜこねこねして引き伸ばす。

 早急に到達した、楽しい楽しい型抜きの時間に、坊っちゃんが目を丸くさせた。


「……それしか、いれないのか?」

「重曹忘れてました。でもまあ、食べるの僕なので」

「…………」


 ふうん、といった顔で頬杖をついた坊っちゃんが、少数精鋭で量産されていくウサギさんとネコさんを見送る。


 正直僕は、この型抜きすらめんどくさく感じているので、包丁でざくざく切りたい。

 けれども、そこは料理長さんから「包丁は危ないからダメ」と禁止されてしまっているので、やむなくだ。

 僕、普段から暗器という名の刃物を振り回しているのにな!


 天板に並べた皆の衆をオーブンへ突っ込み、おかゆの調子を見るため、手っ取り早く手を洗う。


 ぐつぐつ煮えたぎるお米は大分べっしょりしていたが、相手は重篤な絶食患者だ。

 もうしばらく煮詰めることにした。

 再び鍋に蓋を被せる。


 おかゆの前に焼き上がったクッキーを取り出し、天板から救出する。

 ずっと退屈そうにしていた坊っちゃんが、焼けた小麦のにおいに顔を向けた。


「……それ、たべる」

「え、熱いですよ? 火傷しないでくださいね?」

「そんなヘマしない!」


 声荒くこちらを睨みつけるが、クッキーを手にしたときに、「あつっ」と言っていたのを僕は聞き漏らさなかった。

 おかゆを混ぜながら、笑わないよう笑みを耐える。


 ……おかゆ、塩、入れてもいいのかな?

 重湯スタートの重篤患者に、塩入りおかゆって大丈夫かな?


 ええい、入れちゃえ!

 8歳児の暴挙だぞ~!


 味見をして完成したものを器によそって振り返ると、坊っちゃんがほろほろと涙を流していて、ぎょっとした。


「えっ、火傷ですか!? 痛みますか!?」

「ち、ちがっ、……これは、ちが、」

「出血ですか!? おかゆ食べれます!? ちょっと口開けてください!」

「だからっ、違うって……!!」


 懸命に瞼を擦る坊っちゃんが、ぐすぐす泣きながらクッキーを齧る。


 思えば坊っちゃんが自発的に食べものを口にしたのって、これが初めてじゃないだろうか。

 しかしそんな、お手軽材料ケチケチエコクッキー……。


 控えていた料理長が、坊っちゃんにそっとタオルを差し出す。

 昔宿屋の食堂に務めていたいたらしい彼女が、優しい顔で小さな頭を撫でた。


 坊っちゃんの肩がびくりと震え、益々涙の量が増す。

 それでもクッキーからは手を離さなかった。


 坊っちゃんが泣き止んだのは、それからクッキーをぺろりと平らげた後だった。

 彼のお腹へ旅立った戦士達に、嬉しいやら困ったやら、複雑な思いが去来する。


 一人分なのでそこまで量もないが、そんな急にお腹に入れて、痛くなりませんように。

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