04

 丹精込めて作成したおかゆは、晩ごはんに回された。

 そして、時間をかけて更に水分を吸ったお米は、べっしょりもったりしていた。


 流石は一種のクリーチャー。

 食べても食べても減らないって、ある種人類の夢だよな。


 スプーンで掬って、坊っちゃんに近付ける。


「はい坊っちゃん、口開けてくださいねー」

「…………」

「食べないと増え続けますよー」

「……~~~ッ!!!」


 涙を零しながらクッキーを食べた人とは別人かと思うほど、頑なに口を開けない坊っちゃん。


 再び坊っちゃんのお部屋で決戦を繰り広げているのだが、彼に折れる気配は見当たらない。

 何でだよ、制作者同じだろ……!?


「……何が入っているのか、わからない」

「作ってる現場見てましたよね!?」

「そのあと、何か入れられたかも知れない」

「疑い深いな、この坊っちゃん!!!」


 思わず本音が飛び出してしまう。


 どうしろというんだ。

 毒見か? 毒見をすればいいのか?


 替えのスプーンを引っ張り出し、新たにおかゆを掬って、自分の口に放り込んだ。


「はい! 異物は混入してません!」

「……そしてそのスプーンに毒が塗ってあるのか……」

「どこまで疑心暗鬼なの、この坊っちゃん!?」


 彼の斜に構えた態度に、思わず二度目の本音が飛び出してしまう。


 正直使用人と同じものを使わせるなんて、許しがたい行為だ。

 ぐぬぬ、唸りながら、おかゆに沈んだ始めのスプーンを置いて、自分が使ったそれを差し出した。


「…………」


 しかし受け取らないの、この坊っちゃん……!!


 悔しさにおかゆを掬って口許まで運ぶと、ようやくの一口目を収めることに成功した。

 が、介護かよ……!! 育児かよ……ッ!!


 達成感よりも遣る瀬なさに震えながら、二口目を近づける。


「……毒の場所があるかも知れない」

「ないよ!! 全階同一の流動体です!!」


 勢いのまま器の中身を一周混ぜ、まず毒見。

 そして坊っちゃんへ運ぶ。その繰り返し。


 ……何だろう、この構図。

 僕、親鳥になったの?

 食べてもらえたことは嬉しいけれど、これをどうヒルトンさんに報告しよう?


 快挙であるはずの空になったお皿をトレイに載せ、疲労感満載で食後のお茶を淹れる。

 疑いの目を向けてくる坊っちゃんに、流石にティーカップは共用出来ないと断った。


 その瞬間に顔を背けるのだから、僕はッ、僕は……ッ!!




 結局ヒルトンさんには、嘘偽りなく死んだ目で、坊っちゃんは僕が使用したスプーンとカップをご利用され、おかゆとお茶を召し上がりましたと報告した。


 彼は一瞬目を瞠ったが、笑いを耐えるように口許をもごもご歪ませた。

 コノヤロウ。


 そして旦那様と奥様の耳にも入ったのか、涙目で肩を抱かれ、滅茶苦茶褒められた。

 嬉し過ぎて、今日が命日なのかと思った。


 同時に、ヒルトンさんコノヤロウと再度思った。


 誤算というか、当然の結果というべきか、この給餌方法は回数を重ね、それから坊っちゃんは僕の食べているものを欲しがるようになった。


 衛生面や主人と使用人の関係について懇々と説明もしたが、僕が食べなければ食べないという選択を取られてしまう。


 食事場所は、専ら自室か使用人用食堂を用いている。

 そして奪われる、僕のごはん。


 始めは呆気に取られていた周囲も、坊っちゃんがお食事されたことを喜んだ。

 寧ろもっと食べろと言わんばかりに、僕のごはんだけ大盛りにしてくる。

 違う、そうじゃない。


 喜ぶべきところは、坊っちゃんの餓死を阻止出来たことと、吐き癖を治せたことだろう。

 弊害は多々あるけれども。


 旦那様に直談判したところ、「君はよく頑張っているよ」と滅茶苦茶褒められた。

 照れて何も言えなくなった。


 わかってる。丸め込まれてるんだって、わかってる……!

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