04

 何とか制服に着替え、ヒルトンさんの部屋へ向かう。


 片手で釦を締めることが、こんなにも辛いことだとは思わなかった。

 ベストの釦が大きいのが何よりの救いだ。

 でもリボンタイが結べない。どうしよっか!?


 ヒルトンさんの部屋で真っ先に行ったことは、僕の腕を三角巾で吊ることだった。

 大袈裟な処置に、頬が引きつってしまう。


 リボンタイは三角巾に障るからと没収され、それから衣服の大きな乱れがないかを確認された。

 身繕いを介護され、ようやくの本題に移る。


「まず君の容態だが、全治に3ヶ月は見てくれ」

「もっと短くなりませんか?」

「君が指示通り、大人しく絶対安静にしていたならば、多少は縮むだろうね」


 あ、無理だ。遠い目で悟る。

 お役目ないの辛い。

 死ぬ。死ぬよりもつらい。


 僕の様子を見てため息をついたヒルトンさんが、静かに首を横に振った。


「余り心配をかけないでくれ。君は丸一日眠っていたんだ」

「すみません。それで、坊っちゃんのお食事は……?」

「果物を少量召し上がられた。それ以外は以前のように、水を飲まれている」

「……畏まりました」


 坊っちゃんは、お水はご自身でお飲みになられる。

 これは不純物があっても目でわかるから、大丈夫だとのこと。


 くだものも、自分で皮を剥けば安全だという結論に至り、食べられるようになった。生野菜も然りだ。


 一日で済んで良かった。

 ほっと安堵の息をついた僕を、ヒルトンさんが見詰める。

 微笑のない顔は、威圧感がある。背筋を伸ばした。


「次に不審者の件だが、君から話を聞きたい」

「はい」


 これは必ず聞かれる項目だから、ここまでの道中で考えを纏めてきた。

 息を吸い込み、発見時から僕が気絶するまでの行程を語っていく。


 次に相手の特徴。

 といっても、ウサギマスクなんだけど。

 あと、周囲の索敵結果も合わせて報告した。


 ……敗北している時点で、失態なのだけど。

 顔を上げて、考え込んでいるヒルトンさんに伺いを立てる。


「あの、お嬢さまは、ご無事ですか……?」

「お怪我はされていない。むしろ君の傷を癒そうとされた。感謝したまえ」

「……はい」


 お嬢さまに血生臭いものを見せてしまった上、お手を煩わせてしまったとは……。


 積み重なる失態に気が塞ぎそうになる。

 坊っちゃんを怒らせているところから始まっているのだから、物凄く胸が痛い。


「他の方に被害は……?」

「出ていない。負傷者は君だけだ」

「……よかった」


 ほっと息をつくと、ヒルトンさんがため息をついた。

 僕の額を小突いた彼が、腕を組む。


「メイドが持ち場を離れた件を含め、私の采配ミスもある。アーリアを使いに出したこと、君を呼んだことは不味かった」

「いえっ、ですが……!」

「旦那様もご指摘されていらっしゃる。新しい護衛を雇うことになった」

「!」


 コード家は領地に拠点を置いている。

 領地では充実している人員も、王都までの移動を考えると、最小限に留め、王都別邸にて新しく人を雇う方が安上がりで済む。


 遠路なのだ。

 元々辺境伯だったコード家に王家の血縁が加わり、公爵へ爵位を上げたそうだ。


 移動距離が長い分、人数が増えればそれだけ水と食料が必要となる。

 馬も馬車も増やさなければならない。

 金銭にゆとりがないわけではないが、なにぶん、年に数回王都へ出向かなければならない。

 参勤交代、大名行列。

 税金で賄われるそれは、領地経営の問題に直結する。


 国境を守る軍事力と、権力を持った爵位は、国から見れば脅威だ。

 だからこそ王家はコード家が謀反を起こさないよう度々呼び出し、王子の婚約者としてお嬢さまの名を挙げた。

 愛娘の存在は、大きな抑止力となる。


 なので軍事力は、断然領地から取る方が信頼出来る。

 護衛の新規雇用は、星祭りの件で見送っていた案件だ。

 今回の騒動もある。

 わざわざ危険を冒してまで、新しいものを迎え入れるのは、如何なものか。


 僕の不満に気づいたらしい、ヒルトンさんが口角を上げた。


「領地の優秀な人員を当てれば、私も安心して余所見が出来る」

「…………」

「しかし、領地の兵力を短期間の滞在のために、王都へ割くのは問題がある。国境の守りは勿論、効率が悪い。派遣にしろ、同行にしろ、その者の生活を含めた特別手当が必要となる」


 コード家が王都に留まるのは、一年の内およそ4ヶ月だ。


 金銭面だけで見れば、遥かに新規雇用の方が安価に済む。

 王都で期間限定で傭兵を雇えば、賃金だけで済んでしまう。


 しかし、安全はお金で買えないと思うんだ。


「だからこそ、君から見て頼れる護衛を探してきて欲しい」

「……はい?」


 ヒルトンさんの提案に、数拍遅れて反応する。

 胡散臭いまでに微笑んだ彼が、にこにこと言葉を続けた。


「私は決して手を抜いて指導はしていないよ。その君がボロボロに負けた。そんじょそこらの鈍らでは話にならない。

 そして君は今仕事が出来ない。丁度いいと思わないかね?」


 仕事が出来ない……!!

 脳内で反響する言葉に、反射的に涙目になる。

 にこにこ、笑みを深めたヒルトンさんが追撃してくる。


「おや? まさかその身体で仕事が出来ると思ったのかね? 舐められたものだ。今の君は猫の手にもならないよ。制服を着る権利はやるが、折角だから溜まった休みを消化しなさい」

「そんなっ、せめてお茶だけでも……ッ」

「大切な御子息御息女に、不味い紅茶を提供する気かね? それとも更に火傷を負って治療期間を延ばしたいのか?」

「~~~ぁぅ」

「いいかね、その三角巾は私の許可が下りるまでつけ続けるんだよ。君は重傷者なんだ。左足捻挫を承知の上で、歩くことを許可してあげたんだ。わかったなら、大人しく傭兵を探しておいで」


 滑らかな追い討ちに言葉を失い、頷くことしか出来ない。

 完膚なきまでに叩きのめされた気分だ。


 これ、確実に部屋で坊っちゃんに駄々捏ねた分が含まれてる。

 絶対にこの正論の暴力の中に、坊っちゃんの分が入ってる……!


 しょんぼり肩を落とし、退室しようと踵を返す。

 ふと、ヒルトンさんの姿勢に違和感を覚えた。


「……ヒルトンさん、足、どうかされたんですか?」

「どうもしていないが、何故かね?」

「……いえ、気のせいだったみたいです」


 淀みなく扉を開けてくれたヒルトンさんの足許はいつも通りで、不思議そうに首を傾げている。

 緩く首を振って礼を言い、退室した。


 閉じた扉を振り返り、しばし考え込む。

 滞在期間に変更はなく、残り6日。

 それまでに良い人を見つけなくては。


 その前に、お嬢さまと坊っちゃんに謝罪しなければ!

 時間を確認し、予定を弾き出した。

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