03

 起きたら左半身がめっちゃくっちゃ痛かった。

 尋常じゃないくらい痛かった。

 ふざけてるのかな? と自分の身体を疑うくらい痛かった。


 ベッドに突っ伏して、声にならない悲鳴を上げる。


「~~~~ッあんのウサギ男、絶対コロス絶対コロス絶対コロス……ッ!!!!」

「……元気そうだな」


 呆れた声がベッドの横から聞こえて、慌てて飛び起きる。

 めっちゃくっちゃ肩が痛かったけれど、それよりも。


 声音通りの呆れた顔をした坊っちゃんがそこにおり、聞かれたらまずい胸の内を聞かれてしまった事実に、冷や汗が出た。

 いやそれよりも!!


「坊っちゃんご無事でしたか!? お嬢さまは!?」

「お前以外誰も負傷していないばか。さっさとこれを飲めばか」

「語尾が新しい……!!」


 水差しから水を注いだ坊っちゃんが、物凄く不機嫌そうな顔でそれを突き出す。

 勢いが良過ぎて、水がシーツに跳ねた。こわい。

 恐る恐る水を受け取るも、坊っちゃんの黄橙色の目は半眼のまま不貞腐れている。

 口なんてへの字だ。


 どうしようこわい。

 ファーストコンタクトから泣きそうだ。

 水を持つ右手が震える。


「僕はさっさと飲めと言った」

「ひゃい」


 坊っちゃんの零下の温度に、僕の子ネズミのような心臓が竦み上がった。

 慌てて水を飲み、噎せる。

 やばい肩が痛い。

 痛い以外の言語が死滅するくらい、肩が痛い。


 そっと背中が撫でられ、びくりと肩が跳ねた。痛い。

 こんな微細な動きですら、傷口が引きつる。


 優しい手付きにそろそろと視線を動かすと、口許だけで笑みを形作った坊っちゃんがいらした。

 彼が優しい声音で口を開く。


「僕は怒っているんだ。何故だかわかるか?」

「その……申し訳ございませんでした」

「誰が謝罪を聞いた? 僕は怒っている理由を尋ねた」

「誰だ、僕の可愛い坊っちゃんを尋問官に育て上げたやつ」

「可愛い言うな」


 ぺん、頭を叩かれ、別部位が悲鳴を上げる。

 かたああああああッ!!! 叫んだ僕を冷めた目で見下ろし、坊っちゃんが鼻を鳴らした。

 ひどくないですか!?


「お前、絶対安静だからな」

「え」

「動いたら動いた分だけ完治が遠退くからな。僕は忠告したぞ」

「えっ、そんな、僕お役ご免ですか? お暇を渡されてますか? 首掻きますか?」

「早く治せと言っているんだ!」

「やだああああっ!! お仕事くださいいいいい!!!」


 お仕事がない状態だなんて、存在意義がないも同然じゃないか!


 騒ぎ立てた僕を、坊っちゃんが苛ついた顔で見下ろす。

 あ、これ本気で怒ってる。

 脊髄反射で「ごめんなさい!!」叫んだ。

 どうしよう、主人を怒らせた……!


「……ベルナルド、起きたのなら話がある。着替えて私の部屋に来なさい」


 いつの間にか扉の前にヒルトンさんがいて、それだけを言い残すと、静かにドアを閉じて出て行った。

 気まずい沈黙に目を逸らす。


「……その、坊っちゃん、お食事はとられましたか?」

「………」

「坊っちゃん?」


 恐る恐る見遣った坊っちゃんの目は潤んでいて、ぎょっと身を竦ませる。

 こちらを睨んだ彼が、乱雑に言葉を吐き捨てた。


「うるさい!! さっさと治せ!!」


 激しい音を立てて閉まった扉を呆然と見送り、そのまま室内を見渡す。

 はたと目に留まったのはベッド脇に置かれた器に残る、茶色く変色したリンゴで、苦渋の思いを噛んでベッドから降りた。

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