02

 生前、友人間で乙女ゲームが流行した。

 発案者は確か「男を磨く!」と言っていたか。


 箸が転げても可笑しいお年頃だったこともあり、俺たちはゲームを回し合っては、挨拶の如く作品内の名言を会話の中に盛り込んで遊んでいた。


 結果を先に述べるなら、男は全く磨かれなかった。

 顔を変えて出直しな、との抗いようもない壁に激突してしまったためだ。



『Chronic garden』もその中のひとつで、多用されたのは王子の台詞だった。


 場面としては嫌がらせを受け、水を被ったヒロインの前に現れた王子が、決め顔で指ぱっちんし「彼女にタオルと制服を」と使用人を呼びつけるものだ。


 何を思ったのか俺たちがやると、体操着を出されるというのがセオリーだった。


 改めて思い出しても、ふざけたことしかしていない。

 真面目が死滅している。


 彼等は元気だろうか。かっこよく長寿決めろよ。




 さて、問題のこのゲームだが、登場人物に『リヒト・レテ・ケルビム』という指ぱっちん王子がいる。

 先程庭で僕が「殿下」と呼んだ少年だ。


 更に将来彼の護衛となる『クラウス・アリヤ』

 ……隣にいた、やたら爽やかな少年だ。


 そしてヒロインを苛めるライバル令嬢『ミュゼット・コード』お嬢さまと、彼女にお仕えしている『ベルナルド・オレンジバレー』がいる。


 改めて頭を抱えて息を吐く。


 そう、今日僕は『ベルナルド・オレンジバレー』になった。

 お嬢さまに忠誠を誓う、執事見習い。

 喜ばしいことのはずなのに、果てしなく気が重い…。



 何故ならばお嬢さまは悪役のため、話の都合上ご退場されてしまうからだ。

 直訳すると、お嬢さまの死亡エンドが乱立している。これは由々しき事態だ。


 僕の主はミュゼットお嬢さまただおひとりであり、お嬢さまの御身が息災であるよう整地するのが僕の役目だ。

 ここが本当に件のゲームの中なら、僕は制作会社へ体に爆弾を巻きつけて特攻しなければならない。

 お話をしましょう(強制)と。


 下らない恨み節に時間を割くより、話の内容を思い出そう。

 あれこれゲームを嗜んだせいもあり、他の話と混ざっている部分もある。


 がんばれ、僕の記憶力…!



 大まかな話の流れは、ありふれた乙女ゲームと変わらなかったはずだ。


 然る田舎に住まう平凡な女の子、ヒロインがある日癒しの魔術を発現し、王都のユーリット学園へ編入が決まる。

 そんなお決まりの展開から始まり、キラキラ顔の男達と和気藹々と過ごす。


 変わっている点を上げるとするならば、このゲーム、恋愛シュミレーションゲームのはずなのに、戦闘システムが搭載されているところだろうか。


 そのためパラメーター上げは重要な作業で、場合によっては選択出来る攻略対象が増減する。


 前半はほのぼの育成ゲームで、中盤は戦闘ゲーム。

 後半は鬱ゲームと分かれる3パート編成が醍醐味だ。


 そうだ、鬱ゲームだ。


 戦闘でうら若き少年少女等は心に傷を負い、トラウマを抉られずたぼろのボロ雑巾となるため、ヒロインという名のカウンセラーとともに苦しみを乗り越え真実の愛を手に入れる、という話だったはずだ。


 前半の指ぱっちんとの落差が激しくて、泣いた覚えがある。


 確かお嬢さまも、前半までならヒロインに対して友好的だった気がする。

 婚約者の王子にさえ手を出さなければ。


 王子はそんなお嬢さまに構うことなくヒロインの前に現れるが。

 空気を読んでくれ、王子。


 いがみ合っていないお嬢さまとヒロインは、色合いもあってか桜餅のようだったと記憶している。

 お嬢さまご自身がのほほんとされているお方なので、和平に持ち込めるなら持ち込みたい。


 エンディングが死亡か処刑かの二択なんて、あんまりじゃないですか?



 現状、僕たちは8歳。

 物語自体は16歳で始動する。

 それまでにフラグを根絶やしにして、ヒロインさんに和平を持ちかけよう。そうしよう。

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