I

風見鶏まわるまわる

 入寮手続きというものがある。


 事前に寮へ荷物を搬入するため、体力のありそうなハイネさん、ケイシーさんとともに、学園の敷地内へ赴いている。

 縦道であるテルプシコラ通りとエラト通りの間を、赤煉瓦の建物が立ち並ぶ姿は壮観だった。


 何階建てだろう?

 背の高い校舎と思わしき建物が軒を連ね、柚葉色の屋根を乗せている。

 横道に面した部分は、塀と鉄柵、更には木々に覆われ、ハイネさんの身長でも中を窺うことは難しそうだ。


 貴族の子どもを預かる観点からでも、思春期のやんちゃの対策についてでも、壁は強固らしい。

 まじまじと眺める僕とケイシーさんに、ハイネさんが「結界が張ってある。迂闊に触るな」と忠告した。

 大人しく従う。


「……何つうか、……厳かだよな」

「……はい」


 エラト通りから入った寮塔の門前で、警備員に学生証と、コード領の紋章を提示する。

 屈強そうな彼の指示に従い、門を潜った。


 シンメトリーに配置された赤煉瓦は、尖塔のようだ。

 首が痛くなるほどの頭上に、校舎と同じ配色の屋根を乗せている。


 ……中って、やっぱり階段だよね?

 上階の人は大変だろうな……。


「ラプンツェルが住んでそう……」

「らぷ? 何だそれ」

「塔の最上階に閉じ込められている、お姫さまの話です」

「ふーん」


 馬車を係留させたケイシーさんが、僕と同じように寮を見上げる。


 白い煉瓦で囲われた窓には、アールヌーヴォー調の鉄柵が嵌められていた。

 上品な見た目であるのに、何故だろうか……。

 サイロ? 牢獄?

 壁面に足場がないからそう感じるのかな?


 長方形の建物に、閉塞感を覚えた。


「門の警備室から、向かって右が女子寮、左が男子寮」

「ありがとうございます、ハイネさん」


 背後から手渡された荷物を受け取り、女子寮を目指す。

 後ろで、「おっも!? ハイネお前ふざけんなよ!?」とのやり取りが聞こえた。

 楽しそうだなあ。



 まずはお嬢さまのお荷物の運搬だ。


 女子寮のエントランスへ入り、管理者であろう女性へ身分を表明する。

 穏やかに微笑んだ彼女が、お嬢さまの部屋番号を教えてくれた。

 受付窓から身を乗り出し、親切にも身振り手振りをまじえて場所を教えてくれる。


「ミュゼット・コードさんは、7階ね。大変でしょうけれど、頑張ってね」

「……ちなみに最上階は何階ですか?」

「9階よ。代々王家の方がお使いなの」

「……ありがとうございます」


 リヒト殿下、毎日が筋トレですね。

 おめでとうございます。


 後からやってきたハイネさんと、腕を震わせているケイシーさんに、7階を告げる。

 ケイシーさんがエントランスの階段を見詰め、こちらへ顔を向け、絶望の表情を浮かべた。

 ……明日筋肉痛ですね。おめでとうございます!


 黙々と階段を上るハイネさんに続き、掃除の行き届いた段へ足を乗せる。


 基本的に異性は他寮へ入れないため、僕が女子寮に入れる機会は、恐らく今回が最初で最後だろう。

 寮内でのお嬢さまのお世話係は、完全にアーリアさんに一任される。つらい。

 学園でのお茶くらいしか、僕のお役目はない。

 つらい。窒息しそう。


 辿り着いた階層の、ロの字型をした廊下を曲がった。

 指定された部屋番号の扉を開ける。


 ベッドと書き物机、隅に置かれたクローゼットと、全体的に質素な室内がそこにはあった。

 ここから住み良い環境にカスタマイズするのか。なるほど。


 先に到着していたハイネさんが、窓を眺めている。

 縁を指先でなぞった彼が、こちらを一瞥した。


「転落防止だろう。換気くらいにしか使えん」

「何でそんなノイローゼ対策みたいな扱いなんですか。防犯とかじゃないんです?」


 ハイネさんの感想に首を傾げ、窓についたハンドルを捻る。

 生まれた5センチほどの隙間に、拍子抜けした。


 これがレールの最上限らしく、押してもそれ以上開きそうにない。

 更には窓の向こうの鉄柵も間近で、余裕もない。


 上階のため遮蔽物のない周囲に、暖かさを有していたはずの風が肌寒さを伝える。

 例えるなら、笛の音かか細い泣き声か。

 寂しくなる風の吹き荒ぶ音に、そっと窓を閉じた。


「鳥でもない限り、留まるのは無理だろうな」


 鉄柵で遮られた景色を見下ろし、想像以上の高さに驚く。


 別段高所恐怖症ではないため、足が竦むことはなかったけど、滑らかな壁面は地上から見上げたときと同様、足場になりそうな段差が見当たらなかった。


 精々鉄柵くらいだろうか。

 それでも耐荷重は低そうだ。


「お前等……! 俺が必死で運んでる間、休憩してんじゃねーよ!!」

「ケイシーさん、お疲れさまです」

「二周目行くぞ」

「鬼か……!!」


 腕まくりした手で汗を拭ったケイシーさんが、荒い呼吸で抗議を訴える。


 明るく笑って、彼の横を抜けた。

 何処か他の部屋でも搬入作業を行っているらしい。

 話し声と物音、掛け声が聞こえる。


 壁にかかった見取り図を見る限り、1階はエントランスがあるため、コの字型をしている。

 設備として、管理人室、調理場と食堂、浴場が配置されているらしい。


 2階以上はロの字型をしており、階段で上下階が繋がれている。

 お手洗いは各階に設けられているそうだ。

 談話室は奇数階の、3、5、7階にあるらしい。

 寮の談話室って、何だか夢がある。


 先ほどお世話になった、女子寮管理者さんにアーリアさんの部屋を尋ねると、2階に案内された。


 説明を聞く限り、使用人は1階と2階に配置される。

 数は少ないけれど、一般階級の生徒も、2階に部屋を設けられているらしい。


 アーリアさんの部屋は、二人部屋だった。

 基本、使用人は二人部屋らしい。

 多分僕もそうなるだろう。

 同室の人、どんな人かな? 仲良く出来るといいな。


 お嬢さまとアーリアさんの荷物を運び終わり、少ない荷物を持って、男子寮へ向かう。

 開いた自室となるべく部屋には、他の荷物がなかった。

 少し肩透かしの気持ちを食らう。


 けれどもアーリアさんと同じ2階に位置する部屋に、階段昇降を免れた喜びを噛み締めた。

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