番外編:突然のほのぼの2
*時系列は入学前
「ベルくん、ミルキーウェイ食べたことないの!?」
「はい」
リズリット様が驚かれる。
ミルキーウェイとは、星祭りの日に露店で販売される焼き菓子のことだ。
棒状のドーナツに、粉砂糖をふんだんにふりかけた、天の川を模したものらしい。
気をつけなければ、食べる際に粉砂糖がボロボロ零れるため、お嬢さまは毎年苦戦されている。
それでも、甘くておいしいらしい。
王都の夏の風物詩だ。
星祭りの近づく今日この頃、街はお祭りの準備で賑わっていた。
星屑をかたどった飾りが王都中にぶら下げられ、街路に屋台用の荷台が設置されはじめている。
この時期にしか販売されない、星祭り用の仮面、マスケラも大量に制作されている。そのため、工房の店先は華やかだ。
僕も毎年星祭りには、お嬢さまと坊っちゃんの護衛として同行している。
その際、件のお菓子を買いに走ることも多い。
毎年、どの屋台も列を成している。
お嬢さまは僕へも食べるよう勧めてくださるが、僕自身は勤務中のため、謹んでお断りしている。
その度に、お嬢さまは残念そうなお顔をされる。正直とても胸が苦しい。
けれど、過去の事例が事例なだけに、僕たち護衛も慎重になっているんだ。
お嬢さまは昔、星祭りの日に襲撃された。
何とか対処することができたけれど、それ以来、警備を強化している。
特に僕は夜目が利くので、殊更警戒の役についていた。
なので件のお菓子、ミルキーウェイを食べる機会がない。
このことをリズリット様に伝えると、彼は納得の声を上げたあとに、何ごとか閃いた顔をした。
「ねえ、ベルくん! 俺がとっておきのミルキーウェイを教えてあげる!」
「え!? リズリット様!?」
にこにこした彼は僕の腕を引き、身軽に街中へと走り出した。
「リズリット様、ミルキーウェイって、屋台ごとに違いがあるんですか?」
「あるよー」
ご機嫌な笑顔で僕と手を繋ぐリズリット様が、いたずらに満ちた顔でこちらを振り返る。
得意気に人差し指を立て、雑多な人混みを器用に歩いた。
……普段静かな領地にいる僕にとって、王都の人の多さは、なんというか目が回る。
すいすい歩けるリズリット様、すごい。
「もの自体は同じように見えても、屋台ごとに作ってるとこが違うんだもん」
「へえ、そうなんですか!」
「そうそう! 例えば、ふんわりめのドーナツだったり、カリッとしたドーナツだったり」
「へー!」
路肩に立つ街灯を避けて、リズリット様が説明してくれる。
なるほど、知らなかった!
じゃあ、よりおいしいミルキーウェイを、お嬢さまに食べていただきたい! できれば、坊っちゃんにも!
はぐれないよう手を繋ぎなおし、リズリット様がにこにこ笑う。
こっちだよ。駆けた彼に合わせて人の間を縫い、見慣れない広場までやってきた。
他と同じようなミルキーウェイの屋台に人が集まり、せっせと準備している。
「おじさーん! 今って売ってるー?」
「わわっ、リズリット様……!」
人懐っこい笑顔で屋台まで駆けたリズリット様が、気軽に声をかける。
慌てる僕に反して、こちらを見下ろした屋台のおじさんが、ぱっと表情を明るくさせた。
「おう、リズリットじゃねぇか! 今こっちに戻ってきてんのか?」
「うん。星祭りと収穫祭には来るよー」
「ははは! そいつぁよかったな! 楽しんでいけよ!」
がははと笑ったおじさんがリズリット様の頭を撫で、周りの人たちもリズリット様と顔見知りのようだ。
背が伸びたわね、とか。元気だったか? とか、気さくに話している。
「そっちの坊主は友達か?」
「うん! ベルくんっていうんだよ!」
「こりゃあ、また、べっぴんさんだねぇ!」
リズリット様の紹介で、周囲の目がこちらを向く。
にこにこ笑顔と陽気な声に、慌てて頭を下げた。
「あっ。えっと、はじめまして……」
「ははっ! リズリットと違って、礼儀正しい子じゃねぇか!」
「俺だってはじめましてくらいいえるよ! それより、今売ってる? ベルくん、まだ食べたことないんだって!」
「おう、そりゃぁもったいねえ!」
軽く目を瞠ったおじさんが機械のハンドルを回し、中から二本のドーナツを取り出す。
隣にいたエプロン姿のご婦人が、トレイに置いたそれへ粉砂糖をふるった。
トングで掴まれたそれが、細い紙袋へ入れられる。
「ほら、どうぞ」
「ありがと!」
快活な笑顔のご婦人から、リズリット様が出来立てのミルキーウェイを受け取る。自然な仕草でお金を手渡した。
はっとした僕の手を引っ張り、そのまま駆け出す。
「また来るね!」
「よい星祭りを!」
「リズリットさまっ、お金……!」
「今日は俺の顔立ててよ」
川の欄干まで走ったリズリット様が、軽やかに片目を閉じて僕に焼き菓子を手渡す。
くっ、小粋なわざを……! いつか僕もやりたい!
お礼とともに受け取ると、彼は満足そうに頷いていた。
「リズリット様は、先ほどの方々とお知り合いなんですか?」
「うん。あの人たち、本業はパン屋さんなんだー」
よく買いに行ってたんだ~。
にこにことリズリット様が思い出を語る。……彼はあまり過去を話さない。
ぱっと手を振った彼が、焼き菓子を指差した。
「それよりベルくん。あったかいうちに食べてよー」
「あっ、はい。……いただきます」
職業柄、人前で何かを食べることがないから、なんというか緊張する。
いやでも、折角リズリット様に買っていただいたんだ!
袋越しのミルキーウェイはあたたかく、ふんわりとあまいにおいがしている。
早速さくさく食べているリズリット様にならって、ちょっとかじってみた。
「わっ、おいしいです……!」
「でしょう! 絶対ベルくんのすきなやつだよ!」
リズリット様がうれしそうに表情を緩める。
さくさくして、もちもちして、ハニーミルクというのだろうか? やさしい味がした。
こ、これは是非ともお嬢さまと坊っちゃんに召し上がっていただかなければ……!!
「ヒルトンさんとアーリアさんに報告して、ルート変更していただかなければ!」
「ベルくん、職業病……。まあ、いいけど」
苦笑いを浮かべ、リズリット様が肩を落とされる。
あ、待って、これ食べるの難しい……!
粉砂糖がぼろぼろする! 食べるの難しい!!
「くっ、食べ方の作法やコツはありますか!?」
「うーん。ベルくんもアルくんもミュゼットちゃんも、お上品だもんなあ。上品さを捨てる?」
「む、難しいです……!」
「あはは!」
笑った仕草に合わせて、リズリット様の手許で、バサバサ、粉砂糖が落ちる音がする。
あっ、と焼き菓子を見下ろした彼が、さらにおかしそうに笑った。
「ふふん! どうやらリズリット様もお上品なようですね!」
「それって貶し文句なの? それに、俺のはタイプがちがうもーん」
「えー! 何でそんなにスマートに食べられるんですか!? やっぱり何か方法があるんだー!」
「ふふーん、どうだ! ベルくんにはできないでしょー!」
僕の手許から焼き菓子がなくなった頃、必死に制服をぺんぺんして粉砂糖を落とすことになった。
はたくのを手伝ってくれたリズリット様は、わざわざ屈んで、「まったく、ベルくんは。ほら、お口についてますよー」とかなんとか、盛大に子ども扱いを仕かけてきた。
恥ずかしいので、やめてください!!
ううっ、おいしいけれど、危険な食べものだな、ミルキーウェイ……!
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