シーン4:エリーゼの私室1
ギルベルトより預かった石の小鳥を忍ばせたミュゼットは、ノルヴァに見送られ、王城を訪れていた。
王妃殿下の治癒のための登城だったが、先に小鳥をエリーゼ王女殿下へ届けてしまおうと、公爵令嬢は寄り道することにした。
案内のものに連れられ、迷路のような城内を静々と進む。
すれ違う役員や警備へ会釈し、彼女はアーリアとともにエリーゼのいる階層までやってきた。
廊下にたたずむ見知った金髪の青年に、内情を緊張で震わせていたミュゼットの表情が明るくなった。
「ノアさん! エリーゼ様のご容態はいかがですの?」
「ッ!」
弾かれたように振り返ったノアの顔が、苦渋に歪む。
青年の腕が伸ばされ、ミュゼットの肩を掴んだ。
乱雑な握力にさらされ、少女が短く悲鳴を上げる。
「コードのッ、エリーゼに何を送ったんだ!?」
「な、なんのことですの!?」
「とぼけるな!!」
即座に動いたアーリアがふたりの間を裂き、ノアを牽制する。
慌てた案内の人間が、仲裁のため口を開いた。
「おい! 相手は陛下のお客人だぞ!! なんと無礼な!」
「きみの手紙を受け取ってから、あいつの様子がおかしい! 何を送ったんだ!?」
「わ、わたくしの手紙……? お見舞いへ伺ってもよろしいかと、許可を願い出たものですわ……!」
普段物静かなノアの剣幕に、ミュゼットがうろたえる。
廊下の騒がしさに、人々の目が向けられた。
「……コードの」
一枚の扉の隙間から、微かな、けれども不機嫌そうな声が聞こえる。
うすらと扉から顔を覗かせたエリーゼが、ミュゼットを呼んだ。
「エリーゼ様! これは一体……」
「さっさと来なさい」
有無をいわさない威圧的な響きに、言葉を飲み込んだミュゼットが従う。
ぬっと伸びた白い腕が彼女の手首を掴み、部屋へ引きずり込んだ。
ばたん! 閉められた扉がガチャリと鍵をかける音を響かせ、侍女を焦らせる。
「お嬢様!」
重厚な扉をアーリアが叩くも開かれることはなく、焦燥を無表情の下に押さえ込んだ彼女は、背筋を正して扉の傍に控えた。
ノアが額を押さえて頭を振る。
「……ミュゼット・コード様はエリーゼ王女殿下の見舞いで遅れると、伝えてはもらえないでしょうか」
「な、何事だ……? まさかエリーゼ様の件に、コードは関わっているのか!?」
叫ばれた憶測に、ざわりと空気が揺れる。
急病を患ったエリーゼが王城へ運び込まれ、ゴシップ好きの城内の人間が食いつかないはずがない。
更には雇ったばかりの側仕えノアを、エリーゼは癇癪とともに廊下へ放り出した。
ノアの懸命な呼びかけはおろか、食事さえもとろうとせずに閉じこもり続ける。
その原因に、コード公爵家が関わっている。
……リヒトは野心の渦巻く城内の人間を嫌っていた。
途端に声をひそめる周囲に、ノアがハッとする。
アーリアの隣に並び、苦渋の顔を伏せた。
「……軽率だった。すまない」
「高くつきます。……背筋を正しなさい」
使用人らしく、置物のように控えるアーリアが淡々と忠告する。
無表情がふたり、扉の前に並んだ。
*
「あなた、これは一体、どういうことかしら?」
咳の合間に吐き捨て、エリーゼが一通の手紙をサイドテーブルに叩きつける。
白地のシンプルな封筒には、ミュゼットの筆跡でエリーゼの名前が書かれていた。
手紙の送り主が目を瞠る。
「どう、とは……」
恐る恐る手紙へ手を伸ばし、ミュゼットの手が紙面に触れる。
封筒から出てきた四つ折りにされた用紙と、こぼれ落ちた薬包紙に、彼女の顔から色が失われた。
「……え?」
見覚えのない封入物に、小刻みに手が震える。
ミュゼットを睨むエリーゼは、時折咳を絡ませながら、赤色の目を冷淡に細めた。
「あなたが、私に毒を飲ませたの?」
「ち、違いますわ!!」
「なら、これは何?」
エリーゼの白い指が、薬包紙をつまむ。
数度振られたそれはサラサラと音を立て、ますますミュゼットから顔色を奪った。
「わたくし、本当に違いますの……! わたくしがお送りした手紙は、お見舞いに伺うご許可を願うものでしたわ!」
「どうだか。フロラスタのいない今、コードに楯突く家も限られているわ。仮にあなたが今言った手紙が本物だとして、誰が中身をすり替えたのよ?」
「……わかりま、せん」
エリーゼの詰問に、ミュゼットが俯く。
反論しようにも、封筒に記された文字はミュゼットのものである。
どさりっ、ベッドに腰を下ろしたエリーゼが咳き込んだ。
「ねえ、どうやって私に毒を飲ませたの? いつ仕込んだのよ?」
「違います! わたくしではありませんわ!!」
「どこでこの毒を調達したの? ねえ、私すごく苦しかったの。あなたも飲んでみなさいよ」
「聞いてくださいませ、エリーゼ様……!!」
『ちょーっと待ったあああああ!!!!!』
ピイッ!! ミュゼットの制服から飛び出した石でできた小鳥が、その小さな羽をばたつかせる。
開かれたくちばしからはギルベルトの声が響き、緊迫していたふたりの空気を叩き割った。
「は? ギル? あなたもその女の肩を持つの?」
『落ち着け、エリー!! 俺の最優先は、いつでもお前だ!』
「じゃあ黙ってなさいよ!! 薬の送り主がのこのこと現れたのよ!?」
『アルバートの姉貴が、お前にケンカ売る理由もないだろ!!』
「わからないじゃない! コードの信用が落ちたのよ!? お兄様もクラウスも、あなたも! 私、誰も信用できないの!!」
大声を上げたことで、激しく咳き込んだエリーゼの膝に、ギルベルトの小鳥が着地する。
ずんぐりした身体をぴょんぴょん弾ませ、パタパタ羽ばたいた。
『俺は! エリーのことが!! 大好きだ!!!!』
窓ガラスがビリリと揺れただろう、小鳥から放たれた声量に、エリーゼが耳をふさぐ。
噎せた彼女が叫んだ。
「げほっ、う、うるさいわよ! ギル!! こんなムードも欠片もない騒々しい告白、あってたまるもんですか!!」
『例えお前に信じてもらえなくても! 俺はエリーのことが好きだ!!!』
「……ッ!!」
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