04

 翌日、空中庭園でお弁当を広げながら、青空の下で情報交換する。


 お嬢さまと坊っちゃん。ぐったりしているクラウス様、ノエル様。僕の後ろから離れないリズリット様。

 そしてお嬢さまがお呼びした、リサ・ノルヴァ様がいらっしゃる。


 もちろん、使用人のアーリアさんと僕、ノルヴァ様のメイドさんもいる。

 けれど、基本的に使用人は空気なので、あまり数として考えていない。

 僕のことは、自動お茶出し機だと思ってほしい。


「まあ、なんだ? 昨日あのあと、校内中の絵画を数えて回ったんだ」

「そのようなことが……!」


 げっそりしているクラウス様が、から揚げをつついて頬張る。

 半眼の坊っちゃんは、胡乱な目でクラウス様とノエル様をご覧だった。


 ああっ、どうかその鶏肉を甘くしたものをお食べください、坊っちゃん……!


「全76点です」

「美術館か?」

「そのうち、人物画が37点、風景画26点、抽象画13点ありました。天使画は人物画にまとめました。顔なんで」


 死んだ目で、ノエル様がつらつらと述べる。

 彼のホットドッグを食べる手は完全に止まっていた。

 ……え? ノエル様、まさかお昼ごはん、それだけですか?


「肖像画と天井画は省いてあります。容疑者の数が膨れ上がるので、俺の精神が持ちません」

「歴史ある建物だからな……。歴代の理事長とか、音楽室とか、枚数が多くて正直きつかった……」

「顔ばかりじゃないか」


 疲れ切っていても爽やかさ一割減のクラウス様が、肩を竦める。

 坊っちゃんの冷ややかなお声に、ノエル様が眼光を尖らせた。


「そうですよ! 顔ばかりです!! あれが動いているところなんて考えたくないんですよ!!!」

「……そうか」

「絵なんですよ!? 肩がころうが足がつろうが、同じ姿勢を貫いてくださいよ!! 絵のプライドどこへ行ったんですか!? 怠慢ですよ! 絵画界から追放してもらいますよ!?」

「あははっ、なんかかわいらしいですね」

「俺、本気なんですけど!?」


 顔を真っ赤にさせて怒るノエル様が、べしっと敷石を叩く。


 ……うん。みなさん、地べたにお座りになられているんだ。

 ベンチにはお嬢さまとノルヴァ様がおかけになられているけど、残りの方々は各々、べたっと。

 仮にも貴族の方々なんだけどな……。

 大丈夫かな? 止めなくて大丈夫かな?


「お、お姉さま……? どこか具合が……?」

「大丈夫だよ、ミュゼたん。この楽園を目に焼き付けてるだけ」

「ら、楽園……? ここは庭園ですわ、お姉さま……」


 お嬢さまの困惑したお声にそちらを向こうとしたけど、後ろのリズリット様が体勢を変えたため、注意がそちらを向いた。


「絵画界は知らないけど、俺も七不思議なんてはじめて聞いたよ。7つ不思議があるの? 他の6つはどんなのなの?」

「リズリット先輩……よくも俺が避けていた議題を……」

「あれ? そうだったの? だって、そっちのが気になるじゃん」

「坊っちゃん、ご存知ですか?」


 唸り声を上げるノエル様に、きょとんとリズリット様が首を傾げられる。

 ぱっと見遣った坊っちゃんは、本日の肉料理をクラウス様のお弁当へ移している最中だった。あああっ。


「『トイレのメアリー』とかいう、入ると身体中の血を全て抜き取られる話なら聞いた」

「詳しいじゃねぇか」

「僕だって、聞きたくて聞いたわけじゃない」

「坊っちゃん! 卵さんは……ッ、卵さんはお食べください……!!」

「……わりぃ、ベル……」


 罰の悪そうなクラウス様のお言葉に、全てを察する。

 両手で顔を覆って項垂れた。

 坊っちゃんのたんぱく質があああああッ。


「アルくんの偏食家~」

「うるさい」

「……いや、偏食なんてどうでもいいんですよ。何て話をぶち込んでくれたんですか!? コードくん!!」

「名前からして女子トイレの話だ。僕には関係ない」

「そういう問題じゃないんですよ!!!」


 全然減らないホットドッグを片手に、ノエル様が震える。

 しれっとされている坊っちゃんが、リンゴをかじった。


 ……こうなったら、野菜でお肉を巻くべきかな……?


「ええっと、私もミュゼちゃんに聞かれて、ちょっと調べてみたん……です」


 おずおずと片手を挙げるノルヴァ様に、一同の視線が向く。

 頬を染めた彼女が、おろおろと視線をさ迷わせた。


「へえ。ノルヴァさんって、そういうの得意だよね」

「伊達におたくやってないから……こほんっ。えっとね、私もふたつしかわからなかったんだけど……」


 ノルヴァ様は時々小声の早口になられるので、上手く聞き取れないときがある。

 人差し指を立てた彼女が、俯き加減のまま口を開いた。


「『雨の降る階段』と、『異次元の鏡』っていうんですよ」

「ほーん。階段水浸しなのか?」

「掃除大変そうですね」

「鏡なんて、この学園にいっぱいあるじゃん。全部叩き割ったらいいのかな?」

「発想が豪快すぎませんか?」


 新しく加わった伝承に、クラウス様、リズリット様と適当なことを言う。

 胸を押さえたノルヴァ様は、何だか苦しそうにされていた。だ、大丈夫かな……?


「お姉さま、どのような内容なのでしょう?」

「は! え、えっとね。『雨の降る階段』は、雨が降ってないのに、階段で雨音だけが聞こえるんだって。『異次元の鏡』はね、6時6分6秒にその鏡の前に立つと、異次元に吸い込まれるって」

「後半は絶対殺す熱意にあふれているのに対し、前半は平和だな。手抜きか?」

「はうあッ!? ど、どうなんでしょうね……!?」


 ノルヴァ様の背を、諦め切ったお顔のメイドさんがさする。

 お嬢さまも心配そうだ。


 それにしても坊っちゃん、その感想はなかなかアグレッシブですね……?

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