04

 ノイス教官から配られた、丸い硝子玉を光に透かしてみる。

 ……透明だ。


「今配ったものは、星屑の外殻だ。今後必要となる。全員に行き渡ったか?」


 教卓についたフェリクス教官の説明に、はてと瞬く。


 現在地は、訓練場を離れた3号館の教室のひとつだ。

 窓から吹き込む風が、ふわりとカーテンを揺らしている。


 ここにいるのは、対立戦に志願したAクラス20名の生徒と、フェリクス教官、ノイス教官、エリーゼ王女殿下だ。


 ジル教官は訓練場で、残りのAクラスの生徒と訓練している。

 この場は所謂、対立戦へ向けた作戦会議というものだ。


 季節の変わり目でお身体を崩されていたエリーゼ様は、対立戦へは出られない。

 しかしお役目があるそうで、こうして同席されている。


「……あの、わたくし、六つも手許にあるのですが……」


 おずおずと、お嬢さまが困惑に満ちたお声を出される。

 はたと窺ったお手許には、ご指摘通りビー玉大の大きさの外殻が、六つ載せられていた。


「コードのものについては、後ほど説明する」

「はい……」

「まずは星屑の用途と、使用方法について説明する。

 星屑は、魔力へ変換したエーテルを人為的に蓄蔵したものを指す。外殻はその器、空の容器だ。

 対して、自然的に魔力を帯びる鉱石を、箒星と呼ぶ。

 例えば星祭りに用いられるランタン。あれの光源は夜光石だ。……現在のランタン用の夜光石は、外部の手がかかっているが、あれの分類も箒星だ」


 なるほどー! そんな違いがあったんだ!

 そして仏頂面なフェリクス教官が、『星屑』とか『箒星』とかロマンスワードを喋るファンタジー!


 ちなみに星祭りの夜光石は、一晩経つと光が消えてしまう、儚い鉱石だ。


「使用方法についてだが、対立戦の場所である裁定の間は、前後不覚に陥りやすい。誤って味方を攻撃する場合もある。

 それを防ぐためにも、目印としてお前たちの魔力をそれに詰めろ。決してなくすな」


 ものすごく深刻な話を放り込まれた。

 横殴りを食らった気分だ。


 見れば、周りの人たちも急カーブに振り回されて、顔色が悪い。


 そんな空気を読まないフェリクス教官が、「魔力の込め方については、後ほどノイスから指導がある」続けた。


「コードの分についてだが……、これより、対立戦へ向けた作戦を立てる」


 チョークを取ったフェリクス教官が、黒板にカツカツと文字と図形を並べる。

 角張った字体は生真面目そうで、フェリクス教官らしかった。


「裁定の間が開かれ、調停が始まるまでの時間は90分だ。90分、持ち堪えてくれ。

 調停の時間が近付くと、鐘の音が聞こえる。鐘が鳴ったら、何を相手にしていようと、即刻帰還すること。

 調停が始まると、扉が閉まる。そうなってしまうと、こちらから開けることは出来ない。

 鐘の音が合図だ。必ず帰ってくるんだ」


 扉を開けることが出来ない。

 この言葉の意味を悟ってしまい、ぞっとする。


 戦闘する時間は90分。……意外と短い……。


 ゲーム画面ではミッション制だった気がするから、もっと短く感じただろう。

 こつり、フェリクス教官が白いチョークで黒板を叩く。


「これは対立から扉を守る、防衛戦だ。これより、配置と個々の行動について説明する。

 内部構造に変化がなければ、裁定の間は外側より、門、扉、小ホール、扉、第一階層、階段、第二階層……となっていた」


 簡易的に描かれた図形を示し、教官が白線を追う。


 扉の文字の上に数字が振られた。

 門に近い方を『1』、第一階層に近い方を『2』とされる。


「この通り、扉はふたつある。『2』の扉を破られれば、『1』が破られるのも時間の問題だ。何としても、『2』の扉を守ってもらいたい」

「教官。それでは、小ホールに当たる場所は危険が少ないんですか?」


 ひとりの生徒が手を挙げた。

 彼の質問に、フェリクス教官が神妙な顔を作る。


「小ホールは扉に挟まれている。調停が始まるまで、無作為に扉を開けてはならない。……休憩場所には使えない」

「それじゃあ、その、……具合が悪くなった生徒は、どうすれば……?」

「コード。外殻を六つ渡したな? ひとつはお前自身が持ち、残り五つに防護壁を張るよう、条件付けを行ってもらいたい」

「えっ!? は、はい!」


 驚いたお顔で、お嬢さまがこくこくと首を縦に振られる。


 お嬢さまは防護壁をお作りになることが得意だ。

 それを用いて、休憩ポイントを作るらしい。


「まず、俺とノイスで門を開ける。……ここまで溢れていないことを願うが、場合によっては掃討する。

 開けた瞬間に待ち伏せで殺されたくないからな。次に1の扉を開け、小ホールへ向けて広範囲型の魔術を行使する。この間、お前たちは門の外で待機だ」


 フェリクス教官の作戦に、薄れた記憶が瞬間的に浮かび上がる。


 確か、ゲーム内でのリズリット様の死因は、この扉を開ける瞬間にあった。


 上級生であったリズリット様を含む、モブキャラの方たちが、先発隊として両開きの扉を開き、隙間から雪崩れ込んできた対立に殺されてしまう。

 慌てて扉を閉じるも一匹混ざり込み、ここで戦闘のチュートリアルが始まった。


 まざまざと思い出してしまった仕様に、落ち着きがなくなる。

 深く空気を吸い込んだ。


「小ホールの安全を確認してから、同じように2の扉を開ける。……魔術の行使者は、エリーゼ・イヴ・ケルビム」

「エリー!?」


 ギルベルト様が驚愕の声を上げる。

 エリーゼ様は背筋を伸ばしたまま、椅子に座られていた。

 フェリクス教官が嘆息する。


「この作戦の立案者は、彼女だ」

「エリー、そんなことしてたの?」

「ベッドの上で暇だったの。お陰で資料でぐちゃぐちゃよ」


 呆れ声のリヒト殿下へいつもの皮肉を返し、エリーゼ様が起立される。

 黒板まで歩み出た彼女が、フェリクス教官と並んだ。


 ……身長差が、大人と子どものそれだ……。


「過去の資料を読み漁っていて、『卑劣なる死霊の使い、扉より嘲笑う』ってあったのよ。

 このとき相当な痛手を負ったみたいだから、多分扉の向こうに対立がべったり張り付いていたんじゃないかしら? 向こうの狙いは、扉の外へ出ることなんだし」

「はい! 王女様。突然のホラー表現は、苦手な人もいるのでお控え願えないでしょうか?」

「ずず……べしゃ、ずず……べしゃ、扉の向こうから、何かを引き摺るような音がする。それはまるで、折れた片脚を無理矢理滑らせるかのような音だった。

 ずずうぅ……ばたんっ! 扉が弾む。乱雑にドアノブを回す音が、静まり返った空気を引き裂いた。ガチャガチャガチャッ!!」

「うわあああああ!!!! 先輩先輩先輩せんぱいッ!!!!」

「僕はノエル様の行動にびっくりしました」


 エリーゼ様の突然の怪談口調に、長椅子を蹴る勢いで立ち上がったノエル様が、僕の首を締め上げる。

 元々隣にいらっしゃったリヒト殿下が、背中に乗り上げられ机に突っ伏していた。い、痛そう……。


 ちなみに、僕の逆隣はお嬢さまだ。

 お嬢さまがご無事で何よりです!


「す、すみません、リヒト殿下。お加減は……?」

「……っ、ううん、平気だよ。びっくりしただけ。エリー、真面目にしようか?」

「あっはっは! おしくらまんじゅう」

「季節が違うかなー」


 指を差して笑うエリーゼ様に、こほん、フェリクス教官が咳払いする。

 ちろっと舌を出したエリーゼ様が、何ごともなかったかのように作戦会議を再開させた。


 ……あれ? このまま?

 この机、人口密度高いね?


「まあ、そんな感じで扉の前を一掃したいの。教官たちには小ホールを、私は第一階層を片付けるわ。

 次に対立が再構築されるまで、まあ多少の時間稼ぎにはなるんじゃないかしら?

 その間に、クラウスと元ちびっこには、シロウサギが作った防護壁を運んでもらいたいの」

「お名前!! あだ名では通じませんよ、エリーゼ様!!」

「ああはいはい。『ベル』とミュゼットね」


 黒板に書かれたベルの綴りが違うけど、絶対エリーゼ様わざとだ……!

 だってそのお手許の資料、名簿からお作りになられたのでしょう!?

 僕のフルネームご存知のくせに……!


「選抜理由は、クラウスは図太いから、元ちびっこはすばしっこいからよ」

「王女殿下、もうちょっと優しい言葉遣いしてほしいっすわ」

「頑丈で鎧のような精神を持っているクラウスは、星屑三つ配置しなさい。元ちびっこ、あなたは二つよ」

「ひでえ。人使いが荒いっすわ」


 苦笑するクラウス様の訴訟へ皮肉を返し、エリーゼ様が黒板の図形に、丸印を五つ描く。

 扉側に二つ、奥へ三つ。

 記されたそれを記憶に留めた。


「星屑の制御者であるシロウサギと、そこの白いのは小ホールで待機よ。私とノイスもここ。扉の外、門にはフェリクスを配置するわ」

「王女様っ、白いのってひどくない!?」


 白いの、と称されたリズリット様が、情けないお声を出される。


「別に外してもよかったのよ? でも使って欲しそうだったから、使ってあげるの。

 あなたと私とノイスはしんがりよ。万が一扉が破られたとき、被害を最小限に抑える係。

 シロウサギはひたすら壁を張りなさい。扉さえ守られれば、私たちは役目を果たせるの。

 次にそこの赤いのと、そっちの茶色いの。あなたたちは扉の前から動かないで。あなたたちを選んだ理由は、協調性に優れているから」


 上級生を指差し、エリーゼ様が息継ぎをはさむ。


「調停の鐘が鳴るまで、何があっても決して扉を開けないで。

 ギルとコード弟は連絡係よ。ギルは拡散力はあるけれど、近距離にしか使えない。コード弟は遠距離に対応しているけれど、少人数にしか届けられない。

 よって、ギルは中近距離に、コード弟は遠距離に配置。

 コード弟はギルに戦況の報告を行って。ギルは戦況が不利になったら、即座に小ホール組と門のフェリクスに報告を入れて。フェリクスはジルへ連絡後、すぐに参戦すること」

「御意」

「ああ、わかった」


 フェリクス教官とノイス教官が頭を下げ、ギルベルト様と坊っちゃんが頷く。

 お嬢さまも青褪めたお顔で、こくりと頷かれた。


 資料を捲りながら、淡々とエリーゼ様が作戦と役割を述べていく。


 次第に書き込まれる白線も多くなり、一度チョークを手放した王女殿下が、指先を擦り合わせるように粉を落とした。


「行動は必ず二人一組で行うこと。これまでただぼけっと見学していたわけじゃないのよ? あなたたちの傾向を観察して、動きやすいように調整したわ。

 バディの具合が悪くなったら、防護壁の中へ避難して。ひとりだと耐えられなくても、ふたりなら何とでも出来るわ。歌でも歌って気張んなさい。

 恨み言ならバディに向けるんじゃなくて、立案者である私に向けるのよ。仲間割れだけはやめて。

 聞こえたら殴るけど、聞こえない場所でなら、いくらでも私の悪口を言っていいわ」

「お、王女殿下! お戯れも程々に……!」

「何のためにフェリクスとノイスを黙らせて私が喋ってると思っているの?

 使えるものは使いなさい。のし上がるのがあなたたちの仕事でしょう」


 顔色を悪くさせた上級生が思わず立ち上がるも、エリーゼ様は一瞥するのみ。

 再び資料へ顔を戻してしまう。


 ぺらり、捲られた資料が一部戻された。


「そこのメッシュはコード弟に、二列目にいる黒いのはギルについて。ええ、三年のあなた。

 あと先発隊のクラウスと元ちびっこ。あなたたちはコード弟に可能な限り情報提供を行ってちょうだい。

 コード弟は決してひとりにならないように。あなたの連絡が、この混戦の命綱よ」

「……わかった」

「ギル、現場での指揮はあなたに任せるわ。コード弟と連絡を密に、特に鐘の音から注意して。全員を撤退させたら、あなたは最後に扉を潜るの」

「ああ、任せろ」


 坊っちゃんとギルベルト様が頷かれる。


 坊っちゃんは、離れた人に声を届ける術を習得されていらっしゃる。

 お嬢さまの防護壁と合わせて、とても重要な役職を授けられた。


 坊っちゃんの護衛が、ノエル様。

 僕とクラウス様は、お嬢さまの防護壁を各所に設置したあと、坊っちゃんへ戦況の報告を行う。よし。


 けれども、ギルベルト様からは、どのように連絡を取られるのだろう?


「それから、お兄様と編入生。あなたたちは主砲よ。誰よりも貢献して。あなたたちふたりだけ、単独行動を容認するわ。くれぐれも第一階層から出ないように」

「わかったよ」

「任せな、おひいさん」


 リヒト殿下とエンドウさんが応答する。


 ……ここの机だけ、三人掛けを四人で使ったままなんだよなあ……。

 リヒト殿下すっごく前のめりだし、後ろを割り込むようにノエル様がいて、そして僕。

 お嬢さまははらはらとお座りになられている。

 かっこよく決めたかったなあ……。


「……生徒20名と、私、教員3名、合わせて24名の役割は、こんなものかしら? 何か質問はある?」

「あの、ギルベルト様の連絡方法とは、どのようなものなのでしょうか?」


 そっと手を挙げて尋ねてみる。

 こちらを振り返ったギルベルト様が、思案気なお顔をされた。


「……ああ、そういえば使ったことがなかったな。こういうものだ」


 ギルベルト様の上向きに広げた手のひらが、きらりと灰色の粒子を巻き上げる。

 隣のお嬢さまの息を呑む音に、即座に視点を机上へ向けた。


 僕の袖に触れるか触れないかの位置に、ちょこんと留まる灰色の小鳥。

 石の置物のような質感のそれが、いつの間にかそこにはあった。


 唖然とするこちらへ、滑らかに首を動かせた石の小鳥が、くちばしを開く。

「まあこんな感じだ」その小さなくちばしから聞こえたギルベルト様のお声に、驚いたノエル様が僕の首を絞めた。ぎぶぎぶぎぶ。


「エリーと文通したくてな! だが、石だから重くて飛距離が短くてなあ」


 エリーの部屋までしか飛べないんだ!!

 明瞭快活に公言するギルベルト様に、エリーゼ様が黒板消しを投げる。

 すこんっ、彼の後頭部に直撃した。


「甘ったれたこと言ってんじゃないわよ。気合い入れて飛ばしなさい!」

「おう……っ」


 後頭部を擦るギルベルト様が、しょんぼりしたお顔で黒板消しを拾い上げる。

 ふんだくるようにエリーゼ様がそれを奪い、足音荒く元の位置まで戻られた。


「他!! 質問は!?」

「え、えっと、作戦の表とか、ありますか……?」

「漏洩の心配がある! 直前になったら渡すわ!! 次!」

「な、ないです~!!」

「以上!! 閉会ッ!!」


 上級生の女の人が、慌てた様子で首を横に振る。

 握ったままの黒板消しを大きく振り、エリーゼ様が作戦会議に用いた黒板を消し始めた。


 にやつく口許を押し留めたノイス教官が、前へ出る。

 背の低い王女殿下の手では、上の文字が消せず、フェリクス教官が彼女から黒板消しを受け取っていた。

 滑らかに白線が消えていく。


「では、私から星屑の外殻の使用方法を説明しよう」


 ノイス教官からの指導を受け、無事僕たちは星屑の生成に成功した。


 僕の星屑は透明から、青っぽいような紫っぽいような色へと変わり、リヒト殿下のものは真白。

 ノエル様は赤色で、クラウス様は薄い青。

 リズリット様は濃い青だった。

 坊っちゃんは声の実験の際にお見かけした淡い緑色で、ギルベルト様は灰色。


 お嬢さまのものは例外だ。

 お嬢さまご自身の星屑は、坊っちゃんと似た薄い緑色。

 防護壁用のものは、乳白色に若草色を足したようなお色をされていた。

 これは『防護』と『癒し』を条件付けたためらしい。


 ここまで色を見てわかったが、どうやら教本に載っていたエーテルの属性イメージの色は、あながち適当でもないようだ。


 教官が言っていた、魔術を展開する際の癖。

 坊っちゃんやギルベルト様の周りを舞っていた、光の粒子。


 攻撃型と安息型の違いはまだわからないけれど、恐らく属性の識別は、微かに舞う粒子の色で判断しているのだろう。


 ……戦闘時なんて、相手も自分も動き回っているから、見分けるの難しいなあ……。

 実戦で活用するには、もっと修練を積まなきゃ……。

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