03
「フロラスタ家長女の属性は、わからないのか?」
「安息型ではなかったと思うよ。家系的に生まれないし」
「そうか。では元より、あれには権利がないのか」
ふむ、納得されたように頷いた坊っちゃんが、テーブルの上に組んだ手を乗せる。
「これらの話は、エンドウの証言でしか成立していない。フロラスタ家とコールダー家の癒着についても、10年も前の被害報告だけでは不足だろう」
「まあ、そうだね。空論と憶測を積み重ねているから」
「僕たちで組み立てられる仮説なら、大人はもっと堅実に立証してくれるはずだ」
「どうかな」
曖昧に微笑んだリヒト殿下が、茶器を揺らす。
俯いていらっしゃったお嬢さまが、お顔を上げられた。
「アル、あなたは何をしようとしているの?」
「フロラスタ家を潰す」
「駄目よ。問題を起こしてはいけないわ。わたくし、お父様の足枷になりたくないの。エンドウさんのお話は、コールダー家のことでしょう?」
「コールダーは尻尾だ。切られる前に掴んでやるのが礼儀だろう? 喧嘩は高値で買ってやる」
「あなたはどうしてそう、血気盛んなの……」
お嬢さまが呆れたようにため息をつかれた。
額に指先を当て、肩を落としていらっしゃる。
けれども、その、……ごめんなさい。
僕もアーリアさんも、坊っちゃんと同意見です……。
僕たち、フロラスタ様にとても不満を抱いています。
「あー、まあ、今回のはやりすぎだよなあ?」
「うん……、さすがに驚いたかな。でもぼく、この話聞いていたらまずいよね?」
「気絶していたことにしてやる。頭を出せ。丁度いい道具がある」
「アルバート、多分ぼく、即死する」
坊っちゃんが取り出した、ひよこまんじゅうのようなロッドに、リヒト殿下のお顔が青褪める。
……坊っちゃん、ブラックジョークが過ぎます。
そしてリヒト殿下は王子殿下です!
「俺、あの人きらい」
「潰す潰さんは別にして、まあちっとおいたは過ぎるな」
エンドウさんが苦笑いを浮かべ、リズリット様に至っては、むすりと頬を膨らませていた。
お嬢さま、多数決の勝利です!
「義姉さんは動かなくていい。あなたは今のまま、あの高飛車の相手をしていろ」
「カカシになった気分だわ……」
ますます肩を落とされたお嬢さまから反論が上がらないことをいいことに、可決だと勝手に喜ぶ。
ぴょんと元気にテーブルの影から立ち上がった。
やった! 今こそ反撃の狼煙を上げるとき!
「アーリアさん! 血祭りの準備です!」
「はい、確かに」
「ベル、アーリア。やめてちょうだい」
「ご安心ください、お嬢さま! 坊っちゃんの指示に、忠実に従ってみせます!」
「……アルバート、ベルとアーリアのスイッチ入っちゃったよ? いいの?」
「扱いやすくて助かる」
苦渋のお顔をされたお嬢さまが、浮かせた腰を椅子へ戻される。
リヒト殿下の苦笑いに、坊っちゃんが淡々と答えた。
殿下が頬杖をつく。
「でも、今日のローゼリアの行動についても、噂の出自を探るのは困難だよ?」
「事実だけで充分だ。向こうも事実を湾曲して対抗する。なら順に退路を塞いで行けばいい」
「例えば?」
リヒト殿下、絶対楽しんでる……。
この人、頭脳戦すきだもんなあ。
いやでも、聞いちゃいけないんじゃなかったのかな?
何だろう、腹黒王者決定戦?
あれ、僕のぴゅあぴゅあな坊っちゃんはどこへ?
「クラウスとリズリットは、エンドウと騎士団へ行け。エンドウのそれは多少脚色しても構わん。対立戦でトラウマを抉ったことは事実だ。相談の名目で公的機関を味方につけろ。コールダー家を落とせ」
「俺、お前のことは絶対に敵に回さねぇって誓ったわ」
窓辺に凭れたクラウス様が、青褪めたお顔で腕を擦る。
ぷくり、リズリット様が頬を膨らませた。
「俺もあの人をこてんぱんに叩く方がよかったなあ」
「僕たちから加害することはない。過剰防衛もするな。水掛け論に時間を割く気はない。わかったな、ベルナルド、アーリア」
「はい、確かに」
「ううっ、わかりました……」
「兄ちゃんのご主人さん、おっかねぇなあ……」
真っ直ぐ僕を向いて出された指示に、僕が一番違反しそうなのだと言われているようで、心にぐさりときた。
エンドウさんが困ったように小首を傾げる。
珍しく躊躇うように唇が開かれた。
「でもいいのかい? 俺はこの通りぴんぴんしてるぜ。その騎士団さんとやらは、こんな俺の話を聞くのかい?」
「お前の説でいうなら、主人格の『リリス』は当時から傷を負ったままだ。お前は、お前だけではない」
「……そうかい」
曖昧に微笑んだエンドウさんが、ポケットへ手を突っ込む。
坊っちゃんがお嬢さまへお顔を向けた。
「義姉さん、ノルヴァ卿の一人娘は学園に詳しかったな?」
「え? ええ、そうね。リサお姉さまは勉強熱心な方だもの」
「なら、噂の件を頼んでくれ。日頃動き回っている人物の方が、アーリアに聞き込みさせるよりも自然な話を聞ける」
「……わかったわ」
ごめんなさい、お姉さま……。小さく肩を震わせたお嬢さまが、ぽつりと呟かれる。
心の痛くなるお姿に、胸がきゅっとした。
「アーリア、お前は義姉さんの傍を離れるな。あれの標的は義姉さんだ」
「畏まりました」
「ベルナルドとリヒト殿下は、義姉さんに近付くな。お前たちがいると、余計にこじれる」
「……ごめんね、ミュゼット」
「お嬢さま、お手紙いっぱい書きます! 一日一通投函いたします!」
「ありがとう、ベル、リヒト様。わたくしなら大丈夫よ」
ふわり、微笑まれたお嬢さまに胸が苦しくなった。
そうだった。フロラスタ様に粘着される限り、僕はお嬢さまのお傍に寄れないんだった!
何としてでも、この状況を打開しなきゃ!
「ベルナルド。お前、フロラスタ家の従者と仲が良かったな? 内部情報を探れ」
「畏まりました!」
「繋ぎの男爵家など、簡単に切り捨てられる。フロラスタに騎士団の動向を察知される前に、埃を出させるだけ出させろ」
いただけたお役目に返事し、気合いを入れる。
ノアさん、すみません! 下心満載でお話をお伺いに参ります! 全てはお嬢さまのやすらぎのために!
「……現段階では、以上だ」
「アル。……わたくしは、ローゼリア様に諦めてもらえれば、それでいいの」
「あなたは甘いな」
「わたくし、あなたたちの手を汚してほしくないの。わかってちょうだい」
真摯な声音で囁きかけたお嬢さまへ、坊っちゃんがやんわりと笑みを返す。
傾げられた小首に合わせて、横髪が傾いだ。
「僕も、あれ如きに手を汚したくない」
「アル、口が過ぎるわ」
「邪魔なものを排除しているだけだ。
とはいえ、僕たちが私刑に走れば、僕たちが上位の存在に消される。それでは意味がない。だったら、邪魔なものを消させればいい。簡単だろう?」
「……アル」
「僕は手を汚さない。攻撃の指示を出していない」
見た目の繊細さに似合った笑みを浮かべ、坊っちゃんが席を立たれる。
眉尻を下げるお嬢さまへ、言葉を重ねた。
「あなたには感謝している。いくら周りが親切であろうと、あなたが僕を受け入れなければ、僕に居場所はなかった」
「あなたはわたくしの大切な弟よ。当然でしょう?」
「この世に『当然』も『絶対』もない。僕は自分の小さな世界を守りたいだけだ」
「……言い方は捻くれているけど、ミュゼットのことが大事だから、アルバートも本気出すってことだよね?」
「お前の今座っている椅子の脚を三本にしてやろう。どの脚を失いたいか選ばせてやる」
「待って、これ備品!」
リヒト殿下が挟んだ口に、坊っちゃんが剣呑な目をされる。
あ、禍々しい! 何だか空気が禍々しいです!
図星を指されたからといって、この圧迫感はずるくありませんか、坊っちゃん!?
あと、リヒト殿下は王子殿下です!!
「まーあれだ。騎士さんがどこまで話聞いてくれるかわかんねぇんだ。気楽にやろうぜ」
「この中で誰が一番堪えるかって、ベルなんだよなあー」
ひらひらと片手を振ったエンドウさんと、苦笑いを浮かべるクラウス様に、気持ちがずんと重くなる。
再びリズリット様の隣に屈んで、すんすん膝を抱えた。
「おじょうさまにお手紙書くもん……、一日50枚は書くもん……」
「ベルくん、それ、論文?」
リズリット様に頭を撫でられながら、本気を出してノアさんたちから情報収集しようと心に誓った。
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