番外編:木の葉は森に隠す

 今日は珍しく同行者にクラウスがいない。

 護衛の人間を馬車で待たせ、コード邸の前に立つ。


 マフラーの隙間を縫った木枯らしに、最近まで暖かかったのに、突然冬がやってきたようだと感想を抱いた。

 ひょこりと覗き込んだ庭に、黒い頭を見つける。


「…………」


 動機を述べれば、ちょっとした悪戯心。

 最後に見た日よりも身長を伸ばした後姿は、こちらに気づいた様子もなく竹箒を動かしている。


 降り頻る落ち葉を集めるベルの背後に立ち、わっ!! 大きな声を上げた。

 呼吸を失敗したような音が立つ。

 慌てた様子で振り返った彼が、青色の目を大きく開いた。


「お、驚きましたっ、リヒト殿下……!!」

「あははっ! ごめんごめん、こんなに驚くとは思わなくて!」


 けらけら笑いながら、不服そうな頬っぺたをつつく。


 気づかれなかったのは意外だ。

 勉強熱心な彼は訓練にも一途だから、絶対に悟られると思っていた。

 まあ、ぼくも遅れを取りたくないから、クラウスを巻き込んで飛んだり跳ねたりしてるんだけどね。


 悩み深そうに唸ったベルが、まじまじとぼくの顔を覗き込む。


「……殿下って、光タイプでしたよね? どうも僕、壊滅的に光に弱いみたいなんです」

「そうなの? なんか意外だね」

「坊っちゃんにも言われました。……何といいますか、殿下の気配が読みにくくて」

「えー? ぼく、ベルの居場所すぐわかるよー?」

「えー!? 何ですかそれ、不公平です! 僕の苦手分くらい、殿下も不得手に感じてくださいよー!」


 不満に目を閉じたベルが、不平を目いっぱい表現する。


 これはまた、意外な新情報をもらえた。

 ということは、ぼくはほんの少し気配を消すだけで、ベルのことを驚かせ放題ということか。

 やった、活用しよう。


 一層吹き荒んだ木枯らしに、身を竦めたベルが慌てたように散らばった落ち葉を集める。

 せっせと動かされる竹箒を見詰め、ちりとりを探した。


「殿下、お嬢さまでしたら、中ですよ」

「知ってるよ。ねえベル、『リヒトさま』って呼んでよ」

「まだクラウス様のこと、根に持ってるんですか?」


 小さく笑みを漏らしたベルが、「リヒト様」要望を叶えてくれる。

 こちらへ向けられた悪戯っ子のような笑顔に、一瞬で心の中が浄化された。

 手紙の茶々を覚えてくれていたのも嬉しいし、何より名前を呼んでくれたことがこの上なく嬉しい。

 勝手に引き合いに出したけど、クラウス、きみはよくやった。


 思わず吐息が笑み混じりになってしまい、誤魔化すように見つけたちりとりを構える。

 眉間に皺を寄せたベルが、ぴたりと動きを止めた。


「ダメですよ、リヒト様。お手伝い厳禁です」

「えー、どうしてもダメ?」

「ダメです。そんな顔してもダメです。お召し物が汚れます」

「一回だけ」

「だーめーでーすー」


 またしても突風に吹かれ、折角集めた枯れ葉が舞い上がる。

 ぎゅっと目を閉じたベルが、慌てたようにひらめく落ち葉を見遣り、落胆したように肩を落とした。


「ごめんって、ベル」

「リヒト様のせいではありませんけど……庭掃除って、こんなにも終わらないものでしたっけ……」


 唸る彼をけらけら笑い、勝手にちりとりで落ち葉を掬ってゴミ置き場へ流し込む。

 小さな悲鳴を上げたベルが、慌てた様子でぼくの後ろを駆けて来た。


「殿下、おやめください!」

「さまの方がいいなー。それに、二人でやったらすぐ終わるよ?」

「~~ッもう! ではリヒト様は箒をお願いします! 回収は僕がしますので!」


 唐突にぼくの髪を梳いた右手が、何かを落として離れる。

 唖然とするぼくへ、むくれた彼が竹箒を押し付け、代わりにちりとりを奪って行った。


 視線を足許へ落とすも、ぼくの頭に載っていたらしいものは地面に紛れてしまい、見つからない。

 ……残念だな、記念に持って帰りたかったのに。


 何の記念? ぼくが嬉しいと感じた記念。

 なくさないよう箱に仕舞って、苦しいときに思い出に浸れるように集めているもの。

 ぼくに人間らしい感情を思い起こさせてくれるもの。


「リヒトさまー」


 ベルが呼んでいる。頬が緩む。

 えへへ、小さく笑って、彼の傍へ行く。


「……お手伝い、そんなに嬉しいんですか?」


 怪訝そうに問われたから、本当は違うけれど、まあね。答えておいた。

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