あなたに祝福を!

 手紙の中には、ハイネさんにお願いした調査書が含まれていた。


 時期は収穫祭。リヒト殿下のご生誕祭。


 街が賑わい活気付くこの頃に、毎年必ず惨殺死体が発見される。

 リズリット様を襲ったあの事件のあと、ウサギ男はお嬢さまを狙った。

 関連性があるのかわからないが、猟奇殺人は連続している。


 調査書に一通り目を通す。


 今年は、金茶の髪の少年が殺されたらしい。

 抉られた両目は発見されず、彼の周りには彼の血で、『Happy Birthday』と軽快に綴られていたそうだ。

 場所は美術館の近くの裏道。少年の年齢は14歳。

 自宅に帰って来ない息子を心配し、両親が自警団へ捜索依頼を出したとのこと。


 身近な場所で、近しい年齢の子どもが襲われた事実に血の気が引く。

 もしもこの猟奇殺人犯に、お嬢さまや坊っちゃんが狙われたら?

 確実にお守りしなければと、決意を改める。


 片手で覆った口許を解放し、ふと疑問に感じた。


「…………」


 何で僕はいつも、この話を聞くとき、『年の近い子が狙われている。警戒しなければ』と思うのだろう?


 僕もお嬢さまも坊っちゃんも、毎年必ず年を重ねている。

 何故、この意識が付き纏うのだろう?


 過去に調べてもらった調査書を引っ張り出し、パラパラ捲る。

 今年を合わせて、7件分の死体が並んだ。


「…………、」


 ハイネさんに、聞いてみよう。

 調書を纏めてジャケットの内側へ入れ、情報提供者を探した。





 目付きの悪い護衛のお兄さんは、厩舎にいた。

 ブラシを片手に馬を撫でる彼に、場違いながらも和んでしまう。


 強面でつっけんどんな性格だけど、動物には優しい。

 そんなところが、好感度を跳ね上げるのだと思うんだ。


 今日の馬当番は、ケイシーさんだった。

 ロレンスさんより遥かに若い彼は、そういえばハイネさんと年が近そうだ。


 お話の邪魔をしてしまっただろうか?

 心配する僕に、ケイシーさんが陽気に笑いかけた。


「なあベルナルド、そろそろお前も飲酒デビューしないか?」


 いえ、しません。

 首を横に振るも、厩舎から出てきたケイシーさんは聞いてくれない。

 肩をがっしり組まれ、突然の加重にたたらを踏んだ。


「お前とハイネがいれば、酒場の女もイチコロさ」

「おい」


 あっけらかんと企みを聞いてしまい、軟派だなあと苦笑う。


 ケイシーさんは、遊びたい盛りのお兄さんだ。

 軽く波打つ明るい茶色の髪はいつもお洒落で、甘い笑顔がよく似合う。

 乗馬も、女の子にもてるために始めたそうだ。


 剣呑な顔で睨みつけるハイネさんに臆することなく、悪い笑顔を穏やかな牛皮で包んだケイシーさんが、再度僕の肩を揺すった。


『遠慮します』

「つれねー!!」


 さらっと綴ったお断りの言葉に、ケイシーさんが大袈裟なくらい悲しむ。

 俺はお前がガキの頃から、一緒に飲むことを夢見て……!! 続く泣き真似を生暖かく見守った。


 ケイシーさんも、昔からいる使用人のひとりだ。

 小さい頃は、よく高い高いとかして遊んでくれた。

 良いお兄さんだと思う。

 馬に乗れなかった頃は、二人乗りとかもしてくれたし。


『二十歳までお待ちください』

「そのときの俺、いくつ!?」


 四捨五入して30かなあ?

 思ったそれを胸中に、既に話すら聞いていないハイネさんの元へ向かった。

 微かに調査書の封筒を見せ、メモ帳を差し出す。


『ハイネさん、少しお時間いいですか?』

「……わかった」

「あー! 何だよ! ケイシーお兄ちゃんは仲間はずれですかー!?」

「うるさい。お前の仕事だ」

『すみません、ケイシーお兄さん』


 場所を変えようと歩き出した僕たちに、ケイシーさんが地団駄を踏む。

 舌打ち混じりに険を込めるハイネさんに怯むことなく、文句を訴え続けるケイシーさんはすごい。


 彼の元まで綴ったメモを届けに行くと、「嫁に行くな……っ」涙目で両肩を掴まれた。

 いや、僕どこにも行かない……。

 このお兄さん、情緒不安定だなあ……。





 場所は変わって、ハイネさんの部屋。

 殺風景な室内には物がなく、無造作にジャケットがベッドに投げられていた。

 ハイネさんの性格がよくわかる。


「何の用だ?」

『調査書の中で、気になることがありました』


 ハイネさんが壁に凭れて腕を組む。

 似合い過ぎます、そのポーズ。顔と体格がいいからかな?


 視線で促す彼へ、過去の資料と合わせて手渡した。


『被害者の年齢が知りたいです』

「難しい注文だな。一家丸ごと惨殺されている」

『今回、14歳の少年が被害に遭いました。2年前は10歳ほどの孤児の女の子。3年前は11歳のリズリット様。6年前は調書を見る限り、5、6歳の孤児の子』


 一度ペンを止め、ハイネさんの顔を見上げる。

 険しい表情の彼は、眉間の皺を深くしていた。


『話を聞く度、被害者の年齢が近しいと感じていました。そのためか、余計警戒しています』


 始まりはリズリット様の一件からだ。

 翌年、年の近い子が狙われ、今年もまた年の近い子が狙われている。


 ずっと変わらない、『年の近い子』の意識。


 勘違いであれば、それに越したことはない。

 災害のようなこの件に、お嬢さま方を近付かせたくない。


 ハイネさんが難しい顔で調書を捲る。

 7件分の彼の筆跡が、裏面にうっすらと浮かび上がった。


『他の月に、似たような事件は?』

「ないな。何が楽しいのか、こいつ、毎回ハッピーに現場を飾ってやがる」


 やってることは全くハッピーじゃないけれど?


 げんなりと顔をしかめた僕に、ハイネさんが目線を逸らせて乱雑に頭を掻く。

 どうも彼は未成年である僕に、余り血生臭いものを見せたくないらしい。

 そういうちょっと紳士的なところが、ワイルドからの急カーブにやられちゃうんだと思う。


「専ら、王子殿下へのあてつけって噂だが、……お前、王子殿下と同年か?」


 首肯すると、ますますハイネさんの表情が険しくなる。

 毎年毎年、誕生祭の期間にこんなことをされたら、必然的に何かしらの因縁を感じるだろう。

 収穫祭は開催期間も長いため、警備も行き届きにくい。


 他の月になく、リヒト殿下の誕生月にのみ、リヒト殿下と年の近い子を惨殺する。

 特に今回の被害者は髪色も金茶色と近く、現場には生誕を祝う言葉まで残されていた。激しく悪趣味だが。

 ……リヒト殿下は、この件をご存知だろうか?


『祝うために殺すって、ちぐはぐですね』

「…………」

『模倣犯とかもいそうですけど、そういうものはありませんか?』

「……お前、この件から手を引け」


 頭上から落とされたぶっきら棒な声に、声の主を見上げる。

 難しい顔は眉間の皺も深く、唐突な宣告に瞬いた。


「お前はまだ13のガキだ。こんな物騒な話、大人に任せて放っておけ」

『それでお嬢さまと坊っちゃんに万が一のことがあれば、僕は自分を許せません』

「お前も対象の子どもだ」

『でしたら、尚更引けません』


 強引に肩を掴まれ、鋭い眼光に見下ろされる。

『簡単に殺されるつもりはありません』続けて綴ると、苛立ち混じりに舌打ちをされた。


 ハイネさんの言い分は最もだ。

 僕だって、他の人がこのような行いをしていたら、確実に止める。

 藪は突くべきではない。


 けれども、僕の行動原理は、全てお嬢さまと坊っちゃんに起因する。

 お二人をお守り出来るのであれば、この身など惜しくない。

 決して犬死したいわけではない。

 前提に、護衛として機能していることが必須である。


 暫し続いた膠着状態が、ハイネさんの舌打ちによって破られる。

 突き飛ばされるように肩を離され、腕を組んだ彼が顎で扉を指した。


「行け。いつまで駄弁っているつもりだ」

「……、……ッ!!!」


 指摘の内容を咄嗟に把握することが出来ず、遅れて弾かれたように懐中時計を取り出した。

 文字盤が示した時刻に、心臓が不規則に縮む。


 いけない、長居した! ヒルトンさんへの報告忘れてた!


 焦って頭を下げた僕に、ハイネさんが深いため息をつく。

 追い払うような仕草に促され、慌てて部屋を飛び出した。


 うわああっ、屋敷内を走れないのがつらい……!!

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