あなたに祝福を!
手紙の中には、ハイネさんにお願いした調査書が含まれていた。
時期は収穫祭。リヒト殿下のご生誕祭。
街が賑わい活気付くこの頃に、毎年必ず惨殺死体が発見される。
リズリット様を襲ったあの事件のあと、ウサギ男はお嬢さまを狙った。
関連性があるのかわからないが、猟奇殺人は連続している。
調査書に一通り目を通す。
今年は、金茶の髪の少年が殺されたらしい。
抉られた両目は発見されず、彼の周りには彼の血で、『Happy Birthday』と軽快に綴られていたそうだ。
場所は美術館の近くの裏道。少年の年齢は14歳。
自宅に帰って来ない息子を心配し、両親が自警団へ捜索依頼を出したとのこと。
身近な場所で、近しい年齢の子どもが襲われた事実に血の気が引く。
もしもこの猟奇殺人犯に、お嬢さまや坊っちゃんが狙われたら?
確実にお守りしなければと、決意を改める。
片手で覆った口許を解放し、ふと疑問に感じた。
「…………」
何で僕はいつも、この話を聞くとき、『年の近い子が狙われている。警戒しなければ』と思うのだろう?
僕もお嬢さまも坊っちゃんも、毎年必ず年を重ねている。
何故、この意識が付き纏うのだろう?
過去に調べてもらった調査書を引っ張り出し、パラパラ捲る。
今年を合わせて、7件分の死体が並んだ。
「…………、」
ハイネさんに、聞いてみよう。
調書を纏めてジャケットの内側へ入れ、情報提供者を探した。
*
目付きの悪い護衛のお兄さんは、厩舎にいた。
ブラシを片手に馬を撫でる彼に、場違いながらも和んでしまう。
強面でつっけんどんな性格だけど、動物には優しい。
そんなところが、好感度を跳ね上げるのだと思うんだ。
今日の馬当番は、ケイシーさんだった。
ロレンスさんより遥かに若い彼は、そういえばハイネさんと年が近そうだ。
お話の邪魔をしてしまっただろうか?
心配する僕に、ケイシーさんが陽気に笑いかけた。
「なあベルナルド、そろそろお前も飲酒デビューしないか?」
いえ、しません。
首を横に振るも、厩舎から出てきたケイシーさんは聞いてくれない。
肩をがっしり組まれ、突然の加重にたたらを踏んだ。
「お前とハイネがいれば、酒場の女もイチコロさ」
「おい」
あっけらかんと企みを聞いてしまい、軟派だなあと苦笑う。
ケイシーさんは、遊びたい盛りのお兄さんだ。
軽く波打つ明るい茶色の髪はいつもお洒落で、甘い笑顔がよく似合う。
乗馬も、女の子にもてるために始めたそうだ。
剣呑な顔で睨みつけるハイネさんに臆することなく、悪い笑顔を穏やかな牛皮で包んだケイシーさんが、再度僕の肩を揺すった。
『遠慮します』
「つれねー!!」
さらっと綴ったお断りの言葉に、ケイシーさんが大袈裟なくらい悲しむ。
俺はお前がガキの頃から、一緒に飲むことを夢見て……!! 続く泣き真似を生暖かく見守った。
ケイシーさんも、昔からいる使用人のひとりだ。
小さい頃は、よく高い高いとかして遊んでくれた。
良いお兄さんだと思う。
馬に乗れなかった頃は、二人乗りとかもしてくれたし。
『二十歳までお待ちください』
「そのときの俺、いくつ!?」
四捨五入して30かなあ?
思ったそれを胸中に、既に話すら聞いていないハイネさんの元へ向かった。
微かに調査書の封筒を見せ、メモ帳を差し出す。
『ハイネさん、少しお時間いいですか?』
「……わかった」
「あー! 何だよ! ケイシーお兄ちゃんは仲間はずれですかー!?」
「うるさい。お前の仕事だ」
『すみません、ケイシーお兄さん』
場所を変えようと歩き出した僕たちに、ケイシーさんが地団駄を踏む。
舌打ち混じりに険を込めるハイネさんに怯むことなく、文句を訴え続けるケイシーさんはすごい。
彼の元まで綴ったメモを届けに行くと、「嫁に行くな……っ」涙目で両肩を掴まれた。
いや、僕どこにも行かない……。
このお兄さん、情緒不安定だなあ……。
*
場所は変わって、ハイネさんの部屋。
殺風景な室内には物がなく、無造作にジャケットがベッドに投げられていた。
ハイネさんの性格がよくわかる。
「何の用だ?」
『調査書の中で、気になることがありました』
ハイネさんが壁に凭れて腕を組む。
似合い過ぎます、そのポーズ。顔と体格がいいからかな?
視線で促す彼へ、過去の資料と合わせて手渡した。
『被害者の年齢が知りたいです』
「難しい注文だな。一家丸ごと惨殺されている」
『今回、14歳の少年が被害に遭いました。2年前は10歳ほどの孤児の女の子。3年前は11歳のリズリット様。6年前は調書を見る限り、5、6歳の孤児の子』
一度ペンを止め、ハイネさんの顔を見上げる。
険しい表情の彼は、眉間の皺を深くしていた。
『話を聞く度、被害者の年齢が近しいと感じていました。そのためか、余計警戒しています』
始まりはリズリット様の一件からだ。
翌年、年の近い子が狙われ、今年もまた年の近い子が狙われている。
ずっと変わらない、『年の近い子』の意識。
勘違いであれば、それに越したことはない。
災害のようなこの件に、お嬢さま方を近付かせたくない。
ハイネさんが難しい顔で調書を捲る。
7件分の彼の筆跡が、裏面にうっすらと浮かび上がった。
『他の月に、似たような事件は?』
「ないな。何が楽しいのか、こいつ、毎回ハッピーに現場を飾ってやがる」
やってることは全くハッピーじゃないけれど?
げんなりと顔をしかめた僕に、ハイネさんが目線を逸らせて乱雑に頭を掻く。
どうも彼は未成年である僕に、余り血生臭いものを見せたくないらしい。
そういうちょっと紳士的なところが、ワイルドからの急カーブにやられちゃうんだと思う。
「専ら、王子殿下へのあてつけって噂だが、……お前、王子殿下と同年か?」
首肯すると、ますますハイネさんの表情が険しくなる。
毎年毎年、誕生祭の期間にこんなことをされたら、必然的に何かしらの因縁を感じるだろう。
収穫祭は開催期間も長いため、警備も行き届きにくい。
他の月になく、リヒト殿下の誕生月にのみ、リヒト殿下と年の近い子を惨殺する。
特に今回の被害者は髪色も金茶色と近く、現場には生誕を祝う言葉まで残されていた。激しく悪趣味だが。
……リヒト殿下は、この件をご存知だろうか?
『祝うために殺すって、ちぐはぐですね』
「…………」
『模倣犯とかもいそうですけど、そういうものはありませんか?』
「……お前、この件から手を引け」
頭上から落とされたぶっきら棒な声に、声の主を見上げる。
難しい顔は眉間の皺も深く、唐突な宣告に瞬いた。
「お前はまだ13のガキだ。こんな物騒な話、大人に任せて放っておけ」
『それでお嬢さまと坊っちゃんに万が一のことがあれば、僕は自分を許せません』
「お前も対象の子どもだ」
『でしたら、尚更引けません』
強引に肩を掴まれ、鋭い眼光に見下ろされる。
『簡単に殺されるつもりはありません』続けて綴ると、苛立ち混じりに舌打ちをされた。
ハイネさんの言い分は最もだ。
僕だって、他の人がこのような行いをしていたら、確実に止める。
藪は突くべきではない。
けれども、僕の行動原理は、全てお嬢さまと坊っちゃんに起因する。
お二人をお守り出来るのであれば、この身など惜しくない。
決して犬死したいわけではない。
前提に、護衛として機能していることが必須である。
暫し続いた膠着状態が、ハイネさんの舌打ちによって破られる。
突き飛ばされるように肩を離され、腕を組んだ彼が顎で扉を指した。
「行け。いつまで駄弁っているつもりだ」
「……、……ッ!!!」
指摘の内容を咄嗟に把握することが出来ず、遅れて弾かれたように懐中時計を取り出した。
文字盤が示した時刻に、心臓が不規則に縮む。
いけない、長居した! ヒルトンさんへの報告忘れてた!
焦って頭を下げた僕に、ハイネさんが深いため息をつく。
追い払うような仕草に促され、慌てて部屋を飛び出した。
うわああっ、屋敷内を走れないのがつらい……!!
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