番外編:ふたりぼっち会議室
「それではこれより、定例会議を始めます」
淡々とした口調で、アーリアさんがノートを開く。
向かいに座り、僕もノートを開いた。
場所はアーリアさんの自室。
時刻は、お嬢さまと坊っちゃんにおやすみなさいをした後。
僕たちが『寝巻き』と称している衣服は、簡易的な装備と、緊急事態に備えた軽装のことを指す。
この時間帯のアーリアさんはメイド服ではなく、僕やヒルトンさんと似たような、白いシャツと黒いパンツスタイルになる。
いつもは編み込み纏め上げている黒髪も、解かれ一纏めにされている。
尻尾のような髪が、ショルダーホルスターを晒した肩にかかった。
「まずはお嬢さまについて」
「はい。昨日お付けになられた、赤いバレッタをお気に召されたご様子です。気温が下がったため、寒そうにされていらっしゃる姿が多々見受けられました。王都の冬でも指先が凍えるそうで、ブランケットをお渡ししております」
「そう……。お嬢さまは手袋をお好みでないため、今年も対策を練りましょう」
定例会議は、大体一週間に一回開いている。
参加者は、アーリアさんと僕、時々ヒルトンさんだ。
但しヒルトンさんは忙しい方なので、ほとんどふたりぼっち会議になっている。
場所が領地であれば、ヨハンさんも時々顔を出す。
会議の内容は、お嬢さまと坊っちゃんのご様子について。
武器に関して。
緊急度、または危険度の高いものの話。
ハイネさんの攻略法。
その他気になる点……、色々ある。
普段無口な先輩が沢山喋る光景は、中々に珍しいものだと思っている。
お嬢さまの手袋に関して、かわされた意見をノートに綴る。
身近な人が手袋をつけ、その上で勧めてみようという形で話は纏まった。
身近な人に、僕が白手套を装着する案が出される。
ヒルトンさんに許可をもらうことで、話は次の議題へ。
「次に坊ちゃまについて」
「他者との交流に、やや難が見られます。始めは会話にご参加されるのですが、途中からお静かになられてしまいます。来年こそお誕生会をと思うのですが、お嫌だそうです」
「お食事に関しては安定してきましたが、あなたがいるときといないときでは、やはり格段に差があります。外食の練習も取り入れたいのですが、先日のお菓子を思うと、早計ですね……」
坊っちゃんは感覚が庶民寄りのため、お召しものの採寸すら、嫌そうなお顔をされる。
パーソナルスペースが広大で、慣れない人に触られることがお嫌だそうだ。
普段、淡々と雑務をこなされていらっしゃるが、根本的に人見知りで、未だ客人を呼んでのお誕生会を開いたことがない。
お嬢さまのお誕生会には同席出来るけれど、途中でふいといなくなってしまう。
また、お食事に関しては、コード邸で作られたものはご自身でお食べになられるようになった。
しかし、僕がお傍についていないときの食事量は、顕著に減量してしまう。
そのときの坊っちゃんは、大変申し訳なさそうなお顔をされるらしい。
誰だ、僕の坊っちゃんをここまでいじめたやつは!
「……僕の入学後一年間、坊っちゃんはご無事でしょうか……?」
「お傍に控える日を減らして、慣れていただきましょう」
「はい……」
代わりに他の時間に、たくさん坊っちゃんに構っていただこう。
「では、危険視しなければならないものの対策ですが、……ベルナルド」
「はい」
「ティンダーリア卿の嫡子については、もう脅威はないのですね?」
「ありません」
先日の決闘の場に、アーリアさんは同席していない。
事故後の様子しか知らない彼女が、短く嘆息した。
あれ以降、ギルベルト様は時折菓子折りを片手に顔を見せられる。
「具合、どうだ?」と聞かれる辺り、彼の意識には過呼吸が残ってしまったらしい。
……まさかあのお菓子は、お土産じゃなくて、見舞い品だった……?
「ええと、王女殿下よりご助言いただいた、路面の凍結について、危険視しています」
「そうね。ここは領地ではないわ。油断せずに、外側に控えるようにしましょう」
「わかりました」
滑ってきた馬車とか、どう対処したらいいのかわからないけど。
「他に議案は?」
「ありません」
「では、打倒ハイネについて」
ことん、ペンを置いたアーリアさんが、剣呑な顔で組んだ両手に顎を乗せる。
表情を引きつらせながら、僕もペンを置いた。
「あの馬鹿力……、一撃食らったら終わりよ。かく乱の連撃さえも受け流すなんて……、まずあの男が大して動かないことが腹立つのよ」
ぐっと拳を締めたアーリアさんが、悔しそうに呟く。
……そう、今誰よりも強いハイネさんに、僕たちは勝ったことがない。
詰めがあまい、踏み込みが浅い。低い声が放つ駄目出しは的確だ。
アーリアさんと僕の二人がかりで、ようやく成立する手合わせ。
届かない実力差に、先輩は憤懣を抱えていた。
「……いっそ、この格好で仕掛けてみたらどうでしょう?」
「この格好?」
「僕とアーリアさんの見た目の差を少なくするんです。幸い同じ黒髪ですし、かく乱になりませんか?」
「……そうね」
しばし考え込んだ先輩が、頷く。
身長や髪の長さ、肩幅に胸など、違いは多々あるけれど、動き回っているそれを識別するには時間を割く。
一瞬の判断力は大事だ。
「では、そのように」
「はい」
こうして定例会議は幕を閉じた。
この会議、時間が夜にしか取れないため、毎回夜に開催している。
そしてたまにだけれど、他の使用人から、何をしているのか尋ねられることがある。
もしかしたら参加希望の方かも知れないと思って、使用したノートを指差しながら、意気揚々、端から端まで会議の内容を説明した。
けれども相手の方は、何処となく遠い目でお礼を述べて、お部屋に戻ってしまう。
アーリアさんに、「入会希望の方じゃなかったです」と残念に呟くと、「そうでしょうね」と質素な言葉を返された。
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