02

「ノアといったわね。あなたの業が深いことはわかったわ。薄幸です、みたいな顔して、とんだ詐欺師じゃない」

「や、やめてください! 僕が詐欺にあったみたいじゃないですか!」

「ベル……」


 エリーゼ様の総評に、泣きそうな心地で訂正を入れる。

 お嬢さまが憐れむようなお顔で、静かに首を横に振られた。

 そ、そんな! 僕、詐欺にあってません!!


「金を騙し取られる方が、よっぽどマシだったな」

「坊っちゃんまで!!」

「だから言っただろう。俺は悪い大人だと」

「ノアさん!? 認めないでください! もっと抗ってください!!」


 うわあああんっ、みんなして僕が詐欺にあったことにするー!

 騙されてないもんー! ちゃんと危ないって、わかっていたんだもんー!!


 エリーゼ様がテーブルを叩いた。

 ばんっ! 派手な音がする。びくりと肩が震えた。


「あんたが詐欺にあおうと知ったことじゃないわよ! そもそもあんた、いつでも詐欺にあってるようなものじゃない! もう慣れっこでしょう!?」

「エリーゼ様……!? それ、どういう……ッ」

「そんなことより、! あなた、私の従者になりなさい」


 エリーゼ様からとんでもない言葉を受け、さらには『そんなこと』呼ばわりされた。心痛から涙が滲む。

 けれどもノアさんを指差した爆弾発言に、そんなことは吹き飛んだ。

 ノアさんの表情が引きつる。


「……は? 俺に? 王女殿下の?」

「陛下はあなたを探している。見つかるのも時間の問題よ? 誰かさんたちのおかげで、今フロラスタ家はめちゃくちゃだもの」


 意地の悪い笑みを浮かべて、エリーゼ様が頬杖をつく。


 アーリアさんはここにいない。

 集めた証拠とともに、馬を走らせ騎士団へ向かったからだ。

 あとは大人の人たちがどうにかしてくれるだろう。


「考えてごらんなさい。このままみすみす陛下に捕まった行く末を。間違いなく楽には死ねないわ。有力候補だったリヒトお兄様が、捨て駒にされたんですもの」


 エリーゼ様の言葉に、胸が痛む。

 服毒後のリヒト殿下は、とても青褪めたお顔で、点滴に繋がれていた。……つらい。


 ノアさんが黙りこくる。

 指を二本立てたエリーゼ様が、いたずらっぽい笑みが浮かべた。


「問題。陛下の手元に残った駒は、私とあなた。さて、どちらが先に死ぬでしょう?」


 ノアさんは答えない。

 気にすることなく、エリーゼ様は続ける。


「正解は、私。陛下が求めているのは、お飾りの人形よ。不要になったらすぐに殺せるよう、代替を用意しているの。リヒトお兄様がだめだったのは、人形になれなかったから。私も頭でっかちに育ってしまったわ」

「……さっさと死んでおくべきだったな」

「残念ね、手遅れよ。あなたは楽には死ねないわ。ずっと生かされる。これがプランA」


 ……今更だけど、こんな話聞いてよかったのかな……?

 僕、完全に、陰謀にふれてしまった一般人なのだけど……。

 ちらと窺ったユージーンさんも、微笑を僅かに引きつらせていた。

 はい、思うことは同じですね……。


 おどけるように両手を広げたエリーゼ様が、口角を持ち上げる。


「プランBは、私とあなたで共同戦線を張ることね」

「それで俺を従者にすると?」

「ええ。私が死ねば、次のお鉢はあなたへ回るわ。だから私が死なないように、あなたに守らせてあげるの。名案でしょう?」

「勝手を言ってくれる……ッ」


 ノアさんが歯噛みする。彼の舌打ちなんて、はじめて聞いた。

 にやにや笑うエリーゼ様は、容赦がない。

 リヒト殿下へ喧嘩を売るときのような、わざとらしい声で畳み掛ける。


「あら! 嫌ですわ、。いたいけな年下の少年を手玉にとって、復讐につき合わせたのはどこのお兄様かしら? おかげでコード家は無闇に目をつけられ、今や存亡の機! これまで私とリヒトお兄様に責任を押しつけてきたこと含めて、誠意を見せるときではありませんこと?」

「いけしゃあしゃあと! 俺は非嫡出子だ!」

「お父様が認知しておりますのよ? 悪足掻きが過ぎますわ。ほらほら、私たち、同じ泥舟に乗り合わせましたの。これも何かの縁。ともに手を取り合い、生き長らえましょう? ね、ノアお兄様」

「くっ」


 耐えるように震えたノアさんが、ぶっきら棒な声で「……わかった」了承の言葉を搾り出す。

 エリーゼ様が晴れやかな顔をした。秋晴れもびっくりだ。

 エリーゼ様、お強い……!


「さあ元ちびっこ、馬を出しなさい! どうせあなた、シロウサギを連れて城へ行くんでしょう? 私とそいつも連れて行きなさい。リヒトお兄様を迎えに行くわ!」

「わかりました……!」


 ノアさんがそいつ呼ばわりされたことも、行動を先読みされたことも驚いた。

 けれどもやっとリヒト殿下を助けられるのだと思うと、従ってしまう。

 苦笑いを浮かべて、ギルベルト様が席を立った。


 ――そうだ。ついでだから、気になることを聞いておこう。


「あの、お尋ねしたいのですが、セドリック殿下がお隠れになられた日は、いつですか?」

「セドリックお兄様? 星祭りの頃だったはずよ」

「いや、収穫祭だろう? はじめて着た喪服のシャツが、長袖だったんだ」


 エリーゼ様とギルベルト様が、異なる回答をする。

 顔を見合わせたおふたりが、それぞれ不思議そうな顔をした。


「星祭りよ。この年はパレードがあったから、よく覚えているわ。王妃殿下がご病気になられたのも、この時期だもの」

「収穫祭のはずだろ? なあ、ユージーン。確か俺、はじめてかがり火の時間まで外に出られて、はしゃぎすぎて迷子になってたよな?」

「はい。喪服のせいで夜にまぎれてしまい、泣きながら探しました」

「どういうこと……?」


 僕たちの間に、大量の疑問符が浮かぶ。

 頼りの坊っちゃんへ顔を向けるも、彼は首を横に振った。


「僕が王都に来たのは、コード家の養子になってからだ」

「ノエル様は……?」

「俺の家、機能不全なんで」

「ごめんなさい……」


 坊っちゃんが養子になったのは、僕が9歳の頃だ。

 ちなみにノエル様は、今度は僕の左手のひらをひたすらもんでいる。

 何で? ノエル様、それに何の意味があるんですか?

 僕の手のひら、そんなに面白いですか……?


「葬儀があったのは、収穫祭だ」

「うそ! だって、対立戦でお隠れになられたのよ!? あれは星降りの月の出来事よ!」


 ノアさんの断定を、エリーゼ様が否定する。

 ……リヒト殿下も、対立戦が原因だと言っていた。

 共有している情報が違うのかな……?


「……大人の方に聞けば、わかりますか」

「言いたがらんけどな」


 ギルベルト様へ目を向ける。

 複雑そうな顔をした彼が、肩を竦めた。


「お前、あんまりほいほいこの話するなよ。場所が場所なら、首切られてたぞ」

「そう、です、よね……。すみません」

「あれだ。対立戦の話は、基本規制される。考えてみろ。俺たちがこうして無事なのは、ミュゼットが休憩できる場所を作ったからだ。ミュゼットみたいなのが、他の年にもいるか? いるわけないだろ」


 はっと、お嬢さまをうかがう。

 お嬢さまは口許に手を当て、お顔色を悪くさせていらっしゃった。


 安息型は希少だ。

 本来であれば、対立戦でリズリット様を含む多くの生徒を失っていた。

 過去の戦いでも、死亡者や心身の損傷について多く触れられている。


 僕たちの年は、みんなが上手く立ち回れたから、こうして無事なんだ。


 この中で、一番年上のノアさんが話す。


「俺が聞いたのは、学園からお戻りになられる最中に、ご不幸にあわれた、との内容だった」


 きっと彼が、一番一般的な目でものを見ているのだろう。

 ノアさんが続ける。


「収穫祭の頃、スラムの路地裏でひどい事件が起きたらしい。それに巻き込まれたと聞いた」

「……え?」


 それって、ヒルトンさんが言っていた、僕が巻き込まれた事件なんじゃ……?

 すっと血の気が引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る