推理2
――お嬢さま。今からお話することは、全て僕の憶測です。
「コードの娘よ。話とは何だ?」
「王妃殿下のご病気の原因が、わかりました」
ソファの肘置きで頬杖をつく国王が、ぴくりと柳眉を跳ねさせる。
かしずくミュゼットは顔を上げず、衣擦れの音が広い書斎に響いた。
姿勢を正した王が、貴族の小娘を見下ろす。
「言ってみろ」
「無礼を承知で申し上げます。セドリック第一王子殿下は、ご存命でいらっしゃいますね?」
――セドリック殿下は、恐らく生きていらっしゃいます。
意図的に存在を隠されているのだと思われます。
ベルナルドが語った言葉をなぞらえるように、ミュゼットが声音を乗せる。
彼女が持ち上げた視線の先、嘲るように口の端を歪めた国王がいた。
「俺は探偵を雇ったつもりはないぞ? それがソフィアとどう関係がある」
「王妃殿下は、あなた様へお怒りになられております。愛するものに裏切られ、子を奪われた母の苦しみです」
「戯言を。聞くに堪えんな」
気軽に払われた手の甲に合わせて、控えていた兵が少女を拘束する。
深く息を吸い込んだミュゼットが、凛と声を震わせた。
「王妃殿下より、ご伝言を賜っております」
「……何だと?」
「『イチゴはいくつ実をつけた?』」
「……下がれ」
兵がミュゼットを解放し、壁際まで下がる。
立ち上がった国王が、少女の元まで脚を進めた。
どこか震えた声が、喉から漏らされる。
「……ソフィアが、誠か……?」
「わたくしは、王妃殿下の深層にふれております。本日の閲覧にて、かの方よりそのように」
「……ッ」
ミュゼットの両肩を掴み、俯いた国王が息を詰まらせる。彼が自嘲した。
「幸福な家庭」
「……はい?」
「ソフィアは夢見がちだった。独自のまじないを作っては、俺をからかい遊んでいた」
見上げたミュゼットの目に、切なげに笑う国王の顔が映った。
ゆっくりと、震える唇が動く。
「イチゴの実の数だけ、家族ができる。くだらないままごとだろう?」
「……、」
「俺は育てることが苦手でな、……すぐに枯らした。ソフィアがいなくなった途端に枯れた」
ミュゼットを解放した男が、ふらふらとソファへ戻る。
疲れ切った様子で座り、両手で頭を抱えてうなだれた。
「……他に、彼女は?」
「この一言のみです」
「そうか……」
黙した男が、一度重たく息を吐く。
顔を上げた彼は、皮肉な笑みを浮かべていた。
「話を聞こう」
「……ありがたき幸せ」
上品に頭を垂れたミュゼットが、床を見詰めて冷や汗をかいた。
*
「時系列を追うと、対立戦前まで遡ります。恥ずかしながら、僕はセドリック殿下のことを、リヒト殿下から教えてもらうまで存じ上げませんでした」
カラカラ回る車輪が馬車を動かす。
御者台にはノアが座り、ベルナルドはミュゼットと向かい合って座っていた。
「対立戦について、はじめてフェリクス教官からお話があった日。リヒト殿下はセドリック殿下がご存命であると確信していました。その直感に、理由づけをしてみたんです」
「あなたたち、そんな話をしていたの?」
「はい」
ミュゼットの隣に座るエリーゼが、呆れた顔をする。
こくりと頷いたベルナルドが、口を開いた。
「フェリクス教官は、セドリック殿下とともに前回の対立戦を経験されています。10年前、僕たちは5歳か6歳です」
「ええ、そうね」
「仮にセドリック殿下が星祭りに亡くなられたとします。何故、葬儀を収穫祭まで伸ばしたのでしょう?」
ベルナルドの問いかけに、ミュゼットが思案する。
間を置き、ベルナルドが続きを語った。
「エリーゼ様は、星祭りにパレードがあったといっていました。僕たちの年も、対立戦の凱旋パレードがありました。
学園の生徒が主軸となって戦うことは秘匿とされていますが、学園から生徒が派遣されることは周知されています。
王子殿下が犠牲になったのに、パレードなんか、しますかね?」
ミュゼットとエリーゼが顔を見合わせた。
「収穫祭のかがり火を浄化に用いたのだとすれば、何故対立戦のことを伏せ、かの人の死を隠ぺいしたのでしょう? わざわざ殺人事件と関連付けなくともよいはずです」
「さ、殺人事件!?」
「あっ、え、えっと、あの……。スラムのひどい事件のこと、です」
慌てたベルナルドが、こほんっ、咳払いする。
神妙な顔をするエリーゼの隣で、状況を汲めないミュゼットが、ひとりおろおろした。
「次に収穫祭だった場合です。
何故両殿下は、セドリック殿下を対立戦で失ったと認識しているのでしょうか?
例え誤報だとしても、収穫祭まで生存されているのでしたら、セドリック殿下も王城へ立ち入るはず。それが両殿下に認識されていない。いくら王城が広いとはいえ、人づてに小耳にはさんでいてもおかしくないのに、です」
「悪かったわね、引きこもりで」
「え!? いえっ、リヒト殿下もご存知でなくて……王妃殿下が病に伏せられたタイミングも妙です!」
不貞腐れたように脚を組むエリーゼに、必死にベルナルドが弁明する。
ひーん、彼は涙目だった。
「そして収穫祭のスラムの事件ですが、ヒルトンさんいわく、僕はその事件の生き残りだそうです」
「そうだったの!?」
「……その、すみません。詳細な記憶がないので、役には立てませんが……」
ミュゼットがはっとする。
彼女がベルナルドを拾ったとき、彼は薄暗い路地に落ちていた。
顔を伏せたベルナルドが、うかがうように前を向く。
「……王子殿下が、スラムなんかに立ち入るのでしょうか?」
「ないわ。そもそも私たち、行動が制限されているもの」
「はい。明らかな警備ミスです。考えられません。それも収穫祭の、雑多な混雑の中で、です。王子殿下の訃報の他に、騎士団の責任について言及されるはずです」
エリーゼの同意に、ベルナルドが頷く。
「それがスラムのひとつの縄張りを壊滅させて、セドリック殿下と護衛まで殺害する。無謀です。死体をバラバラにして遊んでいる暇なんて……あっ、なんでもありません!!」
さあっと青褪めたミュゼットの顔色に、ベルナルドが失言を噤む。
両手を握った彼が、慌てたように断言した。
「とにかく、セドリック王子殿下をスラムで殺害することは、無理なんです! 時間が足りません。もっと騒ぎになっているはずです!
以上のことから、セドリック殿下は亡くなったのではなく、亡くなったことにされたのだと考えました!」
「……腑に落ちないところもあるけど、まあいいわ。それで? リヒトお兄様はなんと言っていたの?」
半眼を作るエリーゼが腕を組む。
頷いたベルナルドが、口を開いた。
「リヒト殿下は、セドリック殿下がなくなったとされる理由について考えておられました。
いち、兄上が重罪を犯した。に、兄上が重罪を庇った。さん、本人の希望、と」
「あなたたちって本当……、自分の首が惜しくないの?」
「わああっ、ご内密にお願いします!!」
エリーゼの指摘に、ミュゼットが両手で顔を覆う。
——いつか摘発されないように、わたくしがしっかりしなくちゃ……!
彼女は決意を新たにした。
忘れてはいけないが、同乗者はこの国の王女だ。
「確証はありませんが、セドリック殿下は、何らかの厄介事に関わったのではないでしょうか? 時期は対立戦の直後です。……混乱があったのではないでしょうか?」
「……あなたたちはピンピンしているけれど、本来対立戦は悲惨なものよ。セドリックお兄様の年も、たくさんの犠牲を出したわ。その年の記録を参考にして、今年の作戦を立てたもの」
「そう、でしたの……」
ミュゼットとエリーゼは、扉の先を見ていない。
俯いていたベルナルドが、顔を上げた。
「お嬢さま。もしも王妃殿下がリヒト殿下へ暴言を浴びせた日が星祭りなら、事実は両殿下にあります」
「どういうこと?」
「セドリック殿下は、なにがしかの症状が対立戦直後からあり、星祭りの段階で存在を消された。短絡的かも知れませんが、フェリクス教官は陛下への嘆願を、このときに決めたのではないでしょうか?
『友人を助けてくれ』『ある意味』叶った。
しかしその後収穫祭で決定的な事象が起こり、死亡が公表された。……そのように考えました」
「あなた、フェリクスの話なんて、よく覚えていたわね」
呆れたようなエリーゼに、ベルナルドが苦く笑う。
記憶力がいいのは、リヒト殿下の方です。彼が参考先を表明した。
「……実は、ヒルトンさんに尋ねてみたんです。セドリック殿下について」
だって、聞けば一発でわかるじゃないですか。
泣き黒子を苦笑させ、ベルナルドが続ける。
「ですが、見事にはぐらかされました。きっと、これが答えです。
『対立戦の話は、基本規制される』
養父が知っているということは、旦那様もご存知です。そして騎士団にいるアリヤ卿も、宰相閣下も当然ご存知のはず。
近くの大人たちは、真実を知っている。彼等が口を噤めば、それが答えです」
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