喝采、産声を上げろ
「魔術学の教官を勤めるジルだ。
まず最初に、毎年必ず魔術を暴発させるハッピー野郎がいる。
身の程を弁えず馬鹿騒ぎしたい奴がいるなら、俺に言え。腐った性根を叩き潰して、馬の餌にしてやる。
甘ったれた御子息御令嬢だか知らねぇが、ここでぴーぴー吠えまくっても、そよ風にもならねぇことを覚悟していろ」
初めての実習で、現れた教官に内情が引きつる。
ハイネさんに勝るとも劣らない目付きの悪い男性は、大変に精悍な顔付きで、煙草の似合いそうな風貌をしていた。
体格も均衡が取れ、逞しく整っている。
無造作にさげられた木剣が、ただの凶器にしか見えない。
低い声が並べた台詞も暴風のようで、余り接したことのない傾向に、心臓が子ウサギのように震えた。
凍りついた1年クラスに構わず、教官が口を開く。
腹に響く声に、本能が従った。
「各員、散開し配置につけ! エーテルとの親和性を確認する。出来る出来ないに関わらず、魔術を行使する前段階で停止しろ。間違っても放つな! 罰則者には懲罰を課す!」
軍隊かな……!? 懲罰ってなに!?
グラウンド10周とかだったらいいな……!!
流れる指示に、戸惑う周囲に紛れ、慌しく配置につく。
優しい座学を教えてくれた、故郷のヨハンさんを思い出しながら、漂うエーテルを体内で魔力に変換させた。
良く通る低い声が、訓練場に響き渡る。
「全員解除しろ! これより名前を読み上げる。呼ばれた者はこの場に残り、呼ばれなかった者は隣へ移れ。アリヤ!」
「はい!!」
背筋を伸ばしたクラウス様の声が響く。
名前の順に呼ばれていくそれに、上がらなかった名前の人が隣のフロアへ移った。
お嬢さま、リヒト殿下のお名前も呼ばれ、僕の名前も上がる。
20名ほどいた生徒が、8名にまで減らされた。
「お前等の親和性を認め、本授業内に於ける魔術の行使を許可する。ケルビム、コード、オレンジバレーを除いた各員は壁向かいに移動しろ。的を狙って撃て!」
教官の指示に、速やかに従ったのはクラウス様だった。
慣れた仕草で、離れた的を氷剣で串刺しにする。
待機のついでで観戦することになり、かっこいいなあと内心はしゃいだ。
僕もああいう攻撃手段が欲しかった。
他の方はクラウス様ほど統制は取れていないようだ。
それでも魔術が発動し、的へ向かって飛来している。
「いいなあ……。僕もああいう、バーンってするのが良かったな……」
「お前は安息型だから、無理だな」
「ふぎゅ!?」
微かに漏らした独り言に低い返答があり、心臓が飛び跳ねる。
お嬢さまがはらはらとしたお顔をされ、リヒト殿下が苦笑された。
教官が、クラウス様を呼んだ。
無駄のない動きで駆け寄るクラウス様に、そういえば彼のお母様、ブートキャンプがお得意でしたね……と思い当たる。
……クラウス様、よく慣れていらっしゃる……。
「お前たち4人は、明日よりAクラスで実技を受けろ。今日は二組に分かれ、訓練を行う」
「教官、Aクラスについてのご説明をお願いします!」
いつもの緩いクラウス様がいらっしゃらない!?
はきはきとした好青年の質問に、ジル教官が応答する。
「初回の授業は組み分けだ。それぞれに成長段階があり、それに合わせた指導をしなければならない。
当然入学したばかりのひよこは未熟だが、年に何人かは、お前等みたいな教育の賜物がやってくる」
「教育の賜物……」
確かにヒルトンさんやヨハンさん、私兵の皆さんの教育の賜物ですけど……。
「本来初回の授業は、エーテルとの親和性を高め、個人の属性を確認し、制御するための時間だった。それがハッピー野郎の暴走のお陰で、ようこそユーリット軍隊へのお時間だ」
「やっぱり軍隊方式だったんですね!?」
「ははは、母上の教育が蘇る……」
「クラウス様、目が死んでます……!」
遠くを見詰めるクラウス様が、青褪めたお顔で、薄っすらと笑みを浮かべている。
そのお年で、どんな地獄を潜り抜けて来たんですか……?
数度頷いたジル教官が、にんまり、口角を引き上げた。
あくどさの感じられる笑顔に、思わず身を引いてしまう。
「見てみろ。あれがCクラス。優しい教官と、ひよこ共の戯れだ」
「わ、わあ……! 優しそうな先生が教鞭を取ってますね~!」
「アリヤ、お前がさっきまでいたところだ。あそこはBクラスに移される」
「ははは、誠実そうな教官ですね!」
「そしてようこそ、Aクラスへ。俺が直々に指揮してやる」
「あれ、何だろう? おかしいな、エーテルを感じられなくなりました!」
「ははっ、安心しろ。殺しはしねぇ」
凄まれた声に、一気に涙目の心地に陥る。
露骨に震える僕とクラウス様とは対照的に、お嬢さまはやんわりとした苦笑を浮かべ、平常通りにされていた。
な、何故、そんなにも落ち着いていらっしゃるのですか、お嬢さま……?
動揺する僕の隣で、リヒト殿下がぴょんぴょん手をあげる。
「はいはい! 二組に分けるんでしょう? ベルと一緒がいいです!」
「嫌ですよ!? 僕はものすごく嫌です!!」
「オレンジバレー、その忌避感が属性効果の特徴だ。心してかかれ」
「さっきも安息型とか、属性とか、ちょっと難しい用語が出てましたね! 座学で明るみになりますか!?」
「……術師の属性は、地水火風と、光闇に分けられる。これはわかるな?」
ため息とともに、乱雑に頭を掻いたジル教官が口を開く。
こくりと頷くと、彼が講義を続けた。
「属性にはそれぞれ、得手不得手がある。
例えば俺は地属性だが、俺の恫喝に対して、風属性のコードには想定以上の脅威は与えられない。しかし水属性のアリヤには、トラウマを抉り返すだけの効果を与えられる」
「あら、そうでしたの……!」
はたと思い至ったように、お嬢さまが頬に手を当てられる。
な、なるほど、だからお嬢さまはこんなにも凛とされていらっしゃるのですね……! 納得です!
「エーテルは自然物だ。自然には恩恵と破壊の両面がある。術師にもその性質は当て嵌まる。
回復や補助を得意とするものを『安息型』、攻撃に特化したものを『攻撃型』と呼んでいる」
「なるほど、お嬢さまは安息型ですね!」
「安息型は攻撃型に比べて、数が少ない。中でも回復職ともなれば、希少価値が跳ね上がる。コードはその点についても、自身の身を良く守るように」
「……わたくし、特に何もしていませんのに、そのようなことまでわかってしまいますの?」
「それぞれの型には、発動にかかるまでに癖がある。魔術職に携わるものなら、型と属性が一目でわかる」
あらあらと眉尻を下げられたお嬢さまに、必ずお守りしなければと、信念を新たにする。
これは授業に参加出来ないアーリアさんと、しっかり情報を共有しなければならない。
ため息をついたジル教官が、リヒト殿下と僕へ半眼を向けた。
「中でも光と闇は特殊だ。これは朝と夜の関係に似ている。光の攻撃型であるケルビムは、朝か昼か、とにかく日差しの降り注いでいる、信仰の対象だと思えば良い」
「ええ……っ、すごくやだ……」
「すごいですね、殿下……、崇拝されるために生まれてきた感じが……」
「もっとやだ……」
げんなりしたお顔で、リヒト殿下が首を振っている。
カリスマ性と称せば、少しは心が軽くなるのかな……?
「次にオレンジバレー。お前は闇の安息型だ。夜の、特に眠りに分類される。人は睡眠と覚醒を繰り返す。眠りがなければ生きられない。お前のそれは、安息の代名詞だ。
……お前だろ、リズリットに粘着されている新入生。そういうことだ」
「……いや、……え? 粘着って……、え……?」
「悪い……。俺からもちゃんと言っておく……」
心臓がひやりとする。
クラウス様が果てしなく申し訳なさそうな顔をしているけれど、彼は何も悪くない。
ジル教官が、渋面で口を開いた。
ちらりとリヒト殿下を一瞥し、ますます表情を険しくする。
「安息型のお前は、朝が来ることで弱るが、夜は等しく訪れる。逆も然りだ」
「壮大なこと言われてる……こわい……」
「大丈夫よ、ベル。ベルの隣は安心するという意味よ」
「ありがとうございます、お嬢さま!!」
お嬢さまのお言葉に、感激で胸がいっぱいになる。
お嬢さまの安らぎになれるのでしたら、僕の属性にも意味があるのでしょう!
「以上、講義終了だ。質問は後で受け付ける。
アリヤ、コード。そしてケルビム、オレンジバレーに分かれ、互いに手合わせを開始するように」
「あの講義の後で、殿下とすっごくやりにくいんですけど!?」
「なるほどなー。ベルとのかくれんぼで、無敗な理由がわかった気がするよ」
殿下が納得されたように頷く。
そういえば確かに、リヒト殿下とのかくれんぼは、勝てた試しがない。
属性効果って、それずるくないですか!?
僕が飛んだり跳ねたり転がったりしている間、お嬢さまとクラウス様が、北風と太陽ごっこか、三匹のこぶたごっこをされていた。
にこにこ微笑まれるお嬢さまの防護壁に、クラウス様の氷剣がぶつかる光景の比喩だけど、とても心臓に悪かった……。
これから先、こんなに寿命を縮めながら、講義を受けなければならないの……?
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