ステルス乙女と校内案内

 リズリット様を先頭に、校内案内ツアーが決行される。


 僕は最後尾に控えたかった。

 けれど、やる気満々のリズリット様と、乗り気満々のリヒト殿下に挟まれて、前の方へ引っ張り出されてしまった。


 切ない気持ちで、お嬢さまとアーリアさんへ視線を向ける。

 後方はノルヴァ様を加えた女性組が結成されており、積もる話に花を咲かせていた。


 ……ベルナルドはお嬢さまに構っていただけず、寂しゅうございます……。


「まず、現在地。一年と二年の教室のある4号館を中心に、案内を始めるね」


 リズリット様がにっこり笑う。

 この4号館には、僕たちのクラスがある。

 教室棟は合わせて三棟建っており、基本的に他の学年の棟には用がない。


「正門側に前庭があって、季節に合わせた花が植えられてるよ。今はルピナスが多いね」

「意外だな。リズリット、お前花とか詳しかったか?」

「ちょっとはアルくんに見直してもらおうと思ってね! 用務員さんに教えてもらって、猛勉強してるんだ!」

「歪みないね~」


 明るく言い切るリズリット様に、リヒト殿下とクラウス様が苦笑いを浮かべている。


 確かに坊っちゃんは植物にお詳しい。

 ヨハンさんから色々と習っているご様子で、僕にはさっぱり見分けのつかないハーブなども教えてくださる。


 なるほど。リズリット様のその手段、有効かも知れませんね!


「講堂側にあるのが、中庭。池のある方だよ。こっちはどちらかというと、リーフガーデンかな。池の水が澄んでるから、映り込みが綺麗なんだ」


 説明とともに、道なりに敷石を歩く。

 噂の中庭は、坊っちゃんが好きそうなタイプのお庭だった。

 池の近くには、ベンチまで設けられている。


「中庭は季節になると、白いアジサイでいっぱいになるんだよ」

「まあっ、素敵ですね!」

「でしょ~!」


 ぱっと表情を輝かせたお嬢さまが、ぽん、と手を合わせられる。

 白いアジサイとお嬢さま……素晴らしい組み合わせですね!!


「中庭の先にある、真ん中の建物が、入学式のあった講堂だね。向かって左の方に訓練場。右に食堂があるよ」

「講堂っつーか、劇場だったよな」

「貴族らしく、ダンスパーティーとかもあるからね」


 何気なく零された行事に、そんなものあったっけ? と首を捻る。

 ……あったかも知れない。

 この頃前世の記憶が薄れているから、当てにならないし……。


 講堂は、ダンスホールと称した方が的確な施設だ。


 天井画の描かれた頭上は高く、豪奢なシャンデリアがさげられていた。

 曲線を描くアーチの先には、観劇用の座席だろうか。

 三階席まで設置されていたことを記憶している。


 ……おかねもち、こわい。


「で、この講堂の屋上に、空中庭園があるんだよ」

「庭いっぱいだな」

「すごいですね。どこから上れるんですか?」


 俄然、お嬢さまがキラキラとした眼差しで、リズリット様へ期待を寄せていらっしゃる。

 問い掛けに対し、ふふんと口角を持ち上げたリズリット様が、講堂の扉を開けた。


「勝手に開けて、大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だよ、ホールに入らなければ」


 片目を閉じたリズリット様が、すいすいと廊下を進んで行く。

 直進ではなく左折したそれが、階段を上った。

 右手には重厚な扉があり、恐らく観覧席に繋がっているのだと推察する。


 リズリット様が向かったのは、更に奥の扉だった。


「ここから外階段だから、足許に気をつけてね」

「お嬢さま、お手をどうぞ」

「ありがとう、ベル」


 外階段には手摺りが設けられてあり、春の風が吹き抜けた。


 お嬢さまのお手を取り、慎重に段を上っていく。

 お嬢さまは、広がる景色に感嘆の声を上げていらっしゃった。


「ベル、視点が高いわ!」

「そうですね」

「裏手は寮なのね。緑が多くて嬉しいわ」

「本当ですね。広葉樹みたいですから、……どんぐり落ちるかな……?」

「ふふっ、どんぐり……っ、ふふふっ」

「わ、笑わないでください……!」


 僕の失言に、お嬢さまが口許を隠して微笑まれる。……恥ずかしい。


 前を向くと、なまぬるーい微笑みのリズリット様、リヒト殿下、クラウス様がいらっしゃった。

 恥ずかしい!!! 後ろのアーリアさんとノルヴァ様を確認したくない!!


「よし、ついたよ!」


 上り切った階段の先に、大きな鉄製の門が広がっている。

 その先に窺える、色彩豊かな景色。

 ツタの絡む鉄門を潜り、緑にあふれる庭園へ降り立った。


「……素敵。領地のハーブ園を思い出すわ」


 お嬢さまがはにかみ、感嘆を零される。

 確かに、温室の中で見た景色に近しいものがある。


 硝子の代わりに、転落防止の鉄柵が周囲に巡らされ、門と同様にツタが絡んでいる。

 中には花を咲かせているものもあり、鮮やかなそれは景観に彩を添えていた。


 それぞれの区域に、決まった植物を育てているらしい。

 何処となく整頓された印象を受ける。

 放水用の泉なのだろう。

 小さな噴水が、水音を立てていた。


「ここは研究科の人たちが栽培してるんだって。一応一般公開はされてるから、出入り自由だけど、持ち出しは禁止だよ」

「大切に育てられているのね。どの子も生き生きとしているわ」


 柔らかなお顔で、お嬢さまが植物を褒められる。


 領地を大切に思われていらっしゃるお嬢さまは、入学に備えてからはご実家へお帰りになられていない。

 領地と王都を行き来する旦那様のお土産を楽しみにされるお姿に、ついつい胸が苦しくなってしまう。


 ユーリット学園は4年制だ。

 研究科とは、教育期間満了後も在学したい人たちが集う学科で、もっと専門的な学術に携われるらしい。


 この空中庭園は、その研究科の人たちの研究材料なのだろう。

 道理で、ヨハンさんが鼻歌混じりに水遣りしている姿がちらつくわけだ。

 薬学は大事だよ!! と熱弁をふるう、彼の姿が見える気がする。


「おや、珍しい。お客さんでしたか」


 唐突に聞き慣れない声が混じり、それぞれが振り返る。

 陽光を透かす銀髪の青年の登場に、リズリット様が笑顔を向けた。


「フィニール先生、お邪魔してます。こちら、保険医のフィニール先生。ここ空中庭園の管理者なんだって」

「新入生の方たちですか。私はレーベンス・フィニール。怪我や体調の優れないときは、保健室にお越しください」


 細い眼鏡の向こうに窺える、繊細そうな整った顔立ち。

 緩く編まれた銀髪を片側に垂らし、白衣の彼が口許だけで微笑む。


 ……この世界には、美形しかいないのかな……?

 何度となく思った感想を胸に抱く。


 静かに会釈すると、リズリット様に腕を引かれた。


「今、校内案内の最中なんで、俺たち行きますね」

「そうでしたか。はしゃぎ過ぎて、怪我しませんように」

「はーい!」


 軽い目配せに促され、鉄門を潜る。

 ちらりと背後を確認したリズリット様が、小さくため息をついた。


 そういえば、フィニール先生が現れたとき、ノルヴァ様がとても驚かれていたような……。


「訓練場と食堂を案内するね。まずは食堂。あそこに見えるバラ園が、裏庭に区分されるんだ」

「庭だらけだな」

「何だろ? 庭って、家主のステータスみたいなところあるじゃん」

「学園の家主って誰だよ。理事長か?」


 首を傾げるクラウス様に、同じようにリズリット様も首を傾げる。


 リズリット様が指差した方角には、オープンテラスを模した建物と、鮮やかな花に彩られた垣根が窺える。

 白い東屋の柱に巻きつくバラの花に、なるほど、お茶会スポットなのかと理解した。


「じゃあ、下りようか。足元に気をつけてね」

「お嬢さま、お手を」


 差し出した手に、はにかんだお嬢さまが手を重ねられる。

 お礼のお言葉が身にしみる。

 お嬢さまにお仕え出来ることが、堪らなく嬉しい。


 春風に髪を遊ばせながら、リズリット様の説明が続く。


「食堂は11時から18時まで利用可能だよ。あとわかりにくいけど、食堂の上も訓練場になってるんだ」

「音とか大丈夫なの?」

「何か、ミュゼットちゃんが使うような術式が張ってあるそうだよ。防護術みたいな」

「へえー」

「俺も建物壊すつもりで暴れてみたんだけど、傷ひとつつかないんだよね~」

「お前、なにやってんだ??」


 結構頑丈なんだよー、と笑うリズリット様に、クラウス様が呆れた顔を向けている。

 リヒト殿下が苦笑を浮かべた。


「グラウンドがあっち、バラ園の先の、木に囲まれてる向こう。どんぐり落ちてるかもね」

「どんぐり引っ張らないでください……!!」

「多分だけど、木が遮音と防護壁になってるんじゃないかな? 時々魔術が暴発する生徒もいるし」

「やはり、いらっしゃるのですね……」


 悲しそうなお嬢さまのお声に、振り返ったリズリット様が曖昧に微笑む。

「教官から、みっちり教えられるよ」彼の答えはあっさりとしていた。


「訓練場の近くにあるのが、3号館。さっきの保険医のいる保健室がある棟だよ」


 地上に下り立ち、指差された赤煉瓦の建物を見上げる。

 統一された柚葉色の屋根との組み合わせは、中々威圧感のある光景だった。


 ふむふむ眺めていると、不意に両手を取られた。

 向き直ると期待に瞳を輝かせたリズリット様がおり、嫌な予感をひしひしと感じる。


「こんな感じかな。ねえ、ベルくん、俺のガイドどうだった?」

「とてもわかりやすく、大変参考になりました」

「本当? よかった。じゃあご褒美ちょうだい?」

「報酬制でしたかー。待ってくださいね、この辺にお菓子が……」

「子ども騙しはいらないかな」


 腕を引かれて、熱烈な抱擁をかまされた。

 お菓子の何がいけない。

 相手にもよるけど、僕なら喜ぶぞ。


 無抵抗で諦めるのも慣れたもので、相手が満足するまで、とりあえず背中でもぽんぽんしておく。

 周りの人たちも慣れている人たちばかりなので、苦笑いで済ませてくれるのがありがたい。


 ……あ、待って。ノルヴァ様がいる。

 うら若きご令嬢に不躾なものを見せてしまっている。

 これはいけない。リズリット様、TPO守って!


 あははっ、この人馬鹿力だなあー。

 身動ぎすら出来ないって、……入学式でも、大勢の前で晒されたんだっけ。

 あっ、心が痛い。

 つらい、恥ずかしい、消えたい……。


 そういえば、何でアーリアさん、ノルヴァ様のことをあんなに警戒してるんだろう?

 校内案内の最中も、ずっとマークしてたみたいだし。


 普通のご令嬢に見えるんだけどなあ……?

 実は凄腕の暗殺者だったとか?

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