03
ウサギのマスケラを被った白いワンピースの少女が、夜道の階段をぴょんぴょん下る。
彼女の後ろをいつもの制服のアーリアさんと僕が追い、その後ろを旦那様と奥様、ヒルトンさんが続く。
ランタンに照らされたフリルが橙色に透け、柔らかく夜風を包んだ。
「ほら、ベル! 急がないと売り切れてしまうわ!」
「お待ちください、お嬢さま! 夜道の階段は危ないですよ!?」
普段お屋敷とお庭以外に出歩かないはずのお嬢さまが、軽やかな足取りで石畳に着地する。
本当にウサギさんになってしまわれたかのようだ。
今日も胸に抱かれた、白いウサギのぬいぐるみが、かくんと揺れる。
アーリアさんは手慣れた様子で、すいすいとお嬢さまを追っていく。
残された僕は、旦那様とお嬢さまとを交互に見詰めて困惑していた。
ははは、旦那様が微笑む。
「我等がお姫様は、どうしても君を道連れにしたいようだな」
「で、ですが…っ」
「主人を楽しませるのも、使用人の務めだよ」
夜色に染まった目許を緩め、旦那様が耳に心地好い低音で告げる。
彼は奥様の手を引いており、お嬢さまととても良く似た顔立ちの女性が、同じように柔らかな笑みを浮かべていた。
事の次第は、お嬢さまが使用人の僕に、「お揃いのマスケラにしましょう!」とご提案されたことにあった。
どうやら火付け役は、着付け時のアーリアさんらしい。
はしゃいだお嬢さまが、旦那様やヒルトンさん等に宣言して回られた。
一介の使用人風情がと断るも、激しく落ち込んでしまったお嬢さまに頬が引きつる。
根回しの済んでいる大人たちからも丸め込まれ、星祭りの今晩は『お嬢さまの遊び相手』として参加することにされてしまった。
これで僕が使用人仲間から村八分にされたら、本気で泣きますからね!
僕だって恐れ多いと思ってるんですから!
諦めてお嬢さまを追い、人混みに呑まれるシロウサギをきょろきょろ探し当てる。
夜闇に紛れそうなアーリアさんとは対照的に、全身白尽くめのお嬢さまは目につきやすい。
これは迷子防止に適している。
何より、白いお召し物はお嬢さまにとても似合っていて、可憐だ。
一段と賑わっている、マスケラの屋台を覗く二人に駆け寄った。
「ベル、遅いわ!」
「すみません、お嬢さっ」
かぱり、言い終わる前に被せられた物理的なものに、言葉を遮られる。
とっかえひっかえされるそれに硬直する僕を、珍しくアーリアさんが笑いを耐える顔で見ていた。
「アーリア、見て頂戴! このウサギさんが似合うと思うの!」
「素晴らしい見立てです、お嬢様」
どうやら僕はウサギにされたらしい。
すん、と据えた心でマスケラを頭の方へ押しやる。
顔全体を覆い隠すそれは視界が不明瞭で、似たような形のお嬢さまのマスケラも、お面のように側頭部に飾られていた。
お嬢さまご自身の頭には花冠が載せられてあり、ウサギ面の耳とを繋いでいる。
支払いを終えたアーリアさんが、にんまりとした顔で僕の方へ振り返った。
何だろう、このしてやられた感……!
ああっでも、お嬢さまの弾んだ笑顔が眩しくて……!
お嬢さまに喜んでいただけるなら、このベルナルド、祭りに乗じてウカレウサギにでも何にでもなってみせます!!
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