第6-1話 鬼人の実力

 目に見える変化としては、手や足が人間に限りなく近くなっており、長かった爪は少し尖っている程度となっていた。口元の感覚からすると、口から飛び出していた2本の牙も、引っ込んで口の中に収まっている。


「顔が自分では確認できないのがなぁ……外に出てから水辺で確認してみるか。って……つ、角?」


 自分の頬や顎、口や目元など触って確認していると、額に生えた2本の角に触れた。


「まぁ見た目は後で確認するとして……それよりもステータスとスキルの変化がすごいな」


 まず、【STR(筋力)】と【AGI(敏捷)】、【VIT(耐久)】の値がそれぞれ10ずつ強化されている。人型に近づいたためか【DEX(器用)】も10まで増えていた。

 一番大きく変わったところは【HP(体力)】であり、驚異の1000。ついに4桁の大台に乗っている。


 次にスキルだが、空腹と捕食が“大食漢”という新しいスキルに統合され強化されている。ゾンビになってから常に【状態】の欄にあった空腹状態が消え、あれだけ苦しめられていた飢餓感が今は全く感じられない。これだけでも鬼人になって良かったと思えるほどに嬉しい変化だ。


「それに、エグいスキル2つも同時に取得しちまった……」


 “剛腕”と“俊敏”。二つ同時に発動でき、5分間STRとAGIが50%向上というものだが、要するに『攻撃力と素早さが1.5倍』である。

 グールの時にオークアーチャーの腹部を貫いた【筋力(STR)】が29に対し、レベルアップと進化により47まで増加した筋力に、このスキルを発動すると70の攻撃力となる。体術スキル込みで殴った場合……


「オークの胴体、吹き飛ぶんじゃね?」


 かなり大きな変化に戸惑いながら4階へ続く階段を上っていく。


「うっし! まずは腕試しをしなきゃな! 次の階層がボスの部屋だったら、一旦戻ってオークを殴ってみよう!」


 階段を上ると部屋型フロアが広がっていた。ボス部屋ではないことに少しホッとするが、前方からオークの上位個体と思われる4体の魔物が俺に殺意を向けながらゆっくりと向かってくる。


 オークソードマン、オークメイジ、オークガード、オークジェネラル……全てDランク上位の個体であるが、知能がオークより高く集団で戦闘をするようだ。しかも相性補完が完璧にマッチしている。


「いきなり強敵っぽいな……うっし! やるか! 【剛腕】、【俊敏】……うぉ?」


 スキルを発動すると、急にオーク達の動きが遅くなった。困惑しながらも一番厄介そうな指揮官のオークジェネラルに目を付け、地面を蹴る。


 オークの動きは相変わらず遅いままだが、自分の動きは今までよりも素早く動けている。敏捷値が大きく増加したことで動体視力が向上し、集中すると周囲の動きはゆっくり見えるようになったようだ。ゆっくりとした流れの中でこれだけの速度で動いている今の俺は、相手からはどう見えているのだろうか……


 オーク達の目には困惑の色が浮かんでいる。驚愕しているオーク達の横を最速ですり抜け、オークジェネラルを鎧の上から思いっきり殴る。すると鎧は砕け、その身は後方の壁にぶつかるまで吹っ飛ばされていった。


「これはすげぇな。今回の進化で完全に人間の時の強さを超えたわ。しかも素手で……」


 もともとソロでCランクのソロ冒険者だったのだ。Dランク程度の魔物であれば、装備が整っていれば問題ないレベルではあったのだが、ここまで圧倒的な攻撃力や素早さはなく、良く言えば“技巧派”の戦い方をしていた。

 今までの知識や技術と、この身体能力をかけ合わせれば、タイマンでならAランク冒険者にも勝てるかもしれない。


 呆けている残り3体のオーク達に振り向き標的を定める。


「撃破ルートはメイジからのソードマンだな」


 そう決めると、瞬時にオークメイジの側面に回り込み、後ろ回し蹴りで頭部を粉砕する。

 次の1歩でソードマンに肉薄し額を鷲掴む。そのまま壁までソードマンを掴みながら駆け抜け、後頭部を壁に強打させた。ズルリと倒れ込み絶命したソードマンを横目で確認しつつ、オークガードに向き直る。


「さて、ラストか。思ってたよりアッサリと終わっちまったな」


 すでにオークガードは戦意を失っていた。

 身体が強張っているのか、尻もちを搗くと手に持っていた盾と槍を手放し震えだした。

 俺はゆっくりと近付きながら話しかける。オークガードが言葉を理解しているかも分からないが、鬼人となってから初めての戦闘で、テンションが上がっていたからだろう。


「向かってこいよ。俺はお前らの仲間を殺したんだぞ? 俺はこいつらを食うんだぞ?」


『ブムォォ……』


「なぁ? お前悔しくないのか? オークに誇りはないのかよ? 来いよ、男だろ」


『グモ? グブモォ……』


「……はぁ、もういいや……冷めちまったわ。そのまま一生逃げながら震えてろよ、豚野郎」


『フゴッ、グゥ……』


 さすがに戦意を失った状態の敵を殺す気にはなれなかった。

 人間の名残なのだろうか……いや、違うな。人間であるなら魔物は戦意を失っていても殺すだろう。

 震えているだけの敵を見て、何故か怒りと失望感と虚しさが込み上げてきている。

 気付くと人間の時には言ったこともないような罵倒を、魔物相手にしている始末だ。自分が魔物になったからだろうか、少し気持ちが不安定だ。


「ま、切り替えるか。あそこに見えてるのは多分ボス部屋の扉だろうしな。集中しよう」


 気持ちを切り替えると震えているオークガードから視線を離し、巨大な扉に向かって歩いていった。


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