第132話 襲撃


 『スフィン7ヶ国』と呼ばれる国々は、その名の通りスフィン大陸に存在する7つの国を総称したものだ。

 それぞれが掲げる主義主張や政治体制は多種多様。そうなれば、長い歴史の中で戦争も数多く起こる。しかし長きにわたる動乱の時代に疲弊し、多くの国が国力を落とした80年程前、“互いに牽制しつつも協力すべきだ”という理念からこの協議会が発足したらしい。


 各国の大きな特徴としては、多民族国家でありながらも人間族が王制を敷いているアルト王国。

 飛空艇などの魔導具技術力が高く、大陸最大級の迷宮『ウィスロダンジョン』を有するイブルディア帝国。

 他国からの文化が入ってくることを嫌い、独自の文化を守り育ててきた武京国。

 遥か昔に獣人達が集い、国を興したという歴史がある獣人国ガルン。

 長い歴史の中で一度も他国と戦争をしたことがなく、常に中立的な立ち位置を崩さないエルフ国シャルラット。

 国土の大半を砂漠に覆われ、他国との間に大きな山脈があるため武京とは違う形で孤立しているものの、魔晶石などの資源が潤沢であり、この7カ国中最も資産を有している資源国オルディーラ。

 女神ルミスを信仰する『ルミス信教』という教団が国家運営をも行っているエルファルド神聖国。


 と、ここまでの内容は協議会の開催前にルザルクがみんなを集めて説明していた。

 ちなみにアルト王国やイブルディア帝国は多くの小国が吸収合併されてできた国だそうだ。


 こんな多種多様な価値観が集まる協議会を取り仕切るルザルクは本当に凄いと思う。俺には到底無理だな……。ストレスでハゲそうだわ。


 午前10時にルザルクの開会宣言と共に始まったスフィン7ヶ国協議会は、イブルディア帝国のアルト王国侵攻についての議題からスタート。これに関しては皇帝からアルト王国へ送られた書状もあり、帝国軍が敗北を認め終戦の協定、各種条約の締結となった。


 特筆すべき内容は、賠償の具体的内容や捕虜開放の条件の他に“以降10年間の他国侵攻禁止”などである。もしこれが破られた場合は侵攻した国以外の6カ国が連合軍を組み、逆侵攻が行われる。この10年という期間の意図は図りかねるが、ルザルクの考えとしては皇帝の暗殺後にルナ皇女を女帝として据えた際、情勢が不安定な帝国を他国から守る目的もあってのことだろう。要するに「10年間は帝国にも侵攻するなよ」ということだ。

 そして、各国の首脳陣同士の即時連絡手段がないという問題は、ルザルクの制作した通信型魔導具が配られることで解決された。そこまで用意していたのには本当に感心する。


 捕虜の取り扱いについては、王都アルラインの復興が完了するまでの期間はこれを継続、復興し次第順次解放される流れとなった。また、今回の侵攻で被った損害や食料問題も帝国側から賠償金という形で支払われること、各国からの食糧援助などが行われることも決定した。

 ここまでは完全にルザルク無双である。


 まぁ、これだけ王国有利の条約が締結した理由は、イブルディアという他国から見ても強大な戦力を有する国に一方的に戦争を仕掛けられたにもかかわらず、人的被害を軽微に抑えて勝利を勝ち取ったという報告に各国が動揺していたことや、本来この場で討論すべきイブルディア皇帝の欠席が大きいのだろう。代理出席をした参謀は大した抵抗もできず、結果ルザルクに全て押し切られる形となっていた。


 その後、通例通り各国クランの序列1位から3位までが発表され、アルト王国も【星覇】が序列1位となったことがルザルクから報告された。

 このクランの序列を決める方法は国ごとに違いはあるのだが、全ての国がクランに序列をつけているらしい。

 ちなみに、各国の序列1位クランはこんな感じだ。


・アルト王国:星覇

・イブルディア帝国:カルヴァドス

・獣人国ガルン:レオロア

・エルフ国シャルラット:シルフィード

・オルディーラ国:アスラ・サト

・武京国:四季彩しきさい

・エルファルド神聖国:イグレシア


 俺としてはそれぞれの序列1位とはいずれ手合わせしたいなーとか考えているが、今回の協議会の様子を見ているとそれは難しいのかもしれない。


 そして現在、本日最後の議題である貿易路の拡大について議論が進んでおり、チラッと窓の外を見ると、新月の薄暗闇の中に照明用魔導具の光が輝いている。

 そろそろ何かしらが起きてもおかしくはない時間帯だ。


 ルザルクが協議会の開催期間を2日間にした理由は、最も危険な時間を限定するためだ。すなわち協議会初日の夜、襲撃を行う立場からすれば姿を隠して移動しやすく、協議会で一箇所に要人が集まっている時間をえて狙わせる・・・ため……。


 そんなことを考えていると屋外から聞こえる地響きと同時にドレイクからの念話が入ってきた。


≪兄貴! 突然街中に魔物が現れたっす!≫


≪特徴は分かるか?≫


≪頭が二つある巨大な犬型の魔物っすね!≫


 オルトロス!? Sランクじゃねぇか! 間違いなく何か仕掛けてくるとは思っていたが、Sランクの魔物をけしかけてくるとは思わなかった。ってか街ごと破壊するつもりか?

 だが、シンクとドレイクを遊撃班にしておいてよかった。


≪Sランクの魔物だが、そいつなら二人で余裕だろ》


≪いや、兄貴……街の北、西、南の3か所同時にその魔物が現れたんっすよ……≫


≪マジか……とりあえず、二人は北と西の対応をしてくれ。南はこっちで何とかする≫


≪了解っす!≫


 ……できればこの部屋の防衛戦力を薄くはしたくない。

 だが、Sランクの魔物を単独で撃破できるのは俺かキヌ、禅くらいだろう。

 さっきから大きな音が聞こえてきているし、一刻も早く対応しなければならないが、混乱を避けるためにも説明は必要だな……。


「ルザルク、緊急事態だ」


「何があった?」


「オルトロスというSランクの魔獣が3体同時にこの街に現れた。シンクとドレイクが2箇所の対応しているが、南側の魔獣は対応できていない」


「十中八九、魔族の仕業だね。どうするべきか……」


すると武京国の将軍が立ち上がり、側近とともにルザルクに近付いてきた。


「手が必要か? 南の魔物を倒せばいいのだろう?」


「……よろしいのですか? この後の事を考えると、この場を手薄にはできませんが……」


「余の事ならば案ずる必要はない。白秋びゃくしゅういけるか?」


「ご命令とあらば」


「10分で片付けて戻って来い」


「御意」


 “白秋”と呼ばれる男は無表情のまま返事をすると、静かに会議室から出ていった。

 本当に大丈夫なのか? と一瞬考えたが、二人の会話から察すると将軍はあの側近よりも強いのだろう。


 俺の表情を見ていた将軍は、その疑問に答えるかのように語り出す。


「白秋は『四季彩』と呼ばれる“武京国序列1位”のクランメンバーの一人だ。もしSランク下位の魔物ごときに負けるような事があれば、余が直々に鍛え直してやるわ」


「四季彩……ですか?」


「将軍直属である4人の護衛の総称だ。四季……つまり春夏秋冬の名を冠する4人の猛者が普段は余の護衛についている。まぁ今回は1人しか連れてきていないがな」


「将軍様はその護衛達よりも強いということですね?」


「まぁな。武京最強……とは口が裂けても言えぬが、それなりの実力は持っておる。武京という国で頭を張るというのは、そういうことだ」


 すごいな……。武力だけでなく、知性や強烈なカリスマ性を持ち合わせてこそ“将軍”という地位に就けるということなのだろう。それでも武京最強を名乗れない……どれだけ武京国はレベルが高いんだ?

 ……本当にワクワクさせてくれる!

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