第133話 魔族襲来


 街中での戦闘音はこの部屋にもハッキリと聞こえてきている。

 そのため会場内は騒然としだしているが、この状況はある程度想定していたことだ。


 ルザルクは全員の注意を集めるため、席から立ち上がり声を上げる。決して余裕は崩さず、声は張り上げないようにしながらも、全員にしっかりと聞こえる声量で。


「皆様、落ち着いてください。今回の協議会はこのような事態も想定して、安全に対応できるだけの戦力は用意してあります」


「ほ、本当に大丈夫なのかね!? Sランクの魔物と聞こえたが……」


「大丈夫でございます。既に単騎でSランクの魔物を討伐できる者たちが対応に向かいました」


「この部屋は安全なのか!?」


「残念ながらそうとは言い切れません。ですが、この部屋の中が現状一番安全性は高いと言えます。何が起きてもこの部屋から出ないようにお願いいたします」


「何が起きているのだ!? ルザルク王子や神楽将軍は我々の知らぬ情報を持っているのではないか!?」


「そうですね。確定情報ではなかったのでお話いたしませんでしたが……イブルディア帝国は数年前から魔族に乗っ取られている可能性があります」


「なっ……魔族だと!?」


「えぇ。しかし、それは確実な情報ではなかったため、皆様を混乱させないように伏せておりました」


「そんな……」


 予想はしていたが、やはり多少の混乱は避けられなかったようだ。数人ではあるが疑問や不安をルザルクにぶつけている。

 だが、この部屋から出ようとしている者が居ないのは良い意味で予想外だった。バラバラに動かれてしまえば全員を守り切る事は不可能となる。

 ルザルクや将軍を含む数名が不安を見せていないことで、他の者も情けないところを見せる事ができないというプライドなのだろうが、今はそれが幸いしている。

 しかし、それは意識を一番の不確定要素から逸らしているに過ぎない。しかもその不確定要素は、俺が予想する限り、ほぼ確定的な未来……


「でも……ここに魔族が来る可能性もあるんじゃ……」


 誰かがそう呟いたのとほぼ同時、俺の探知スキルが強大な魔力を検知する。

 次の瞬間、円卓の上に2つの黒いシルエットが現れた。


「あら……私たちの噂をしてくださっていたのかしら?」


「アストルエ、あんまり遊ぶなよ? さっさとゴミ共を始末してしまおう」


「もぅ、少しくらい遊んだっていいじゃない……つまらない男は嫌われるわよ?」


 浅黒い肌と真っ赤な目、背中から生える蝙蝠こうもりのような黒い羽、そして額から伸びる角は、その2人を魔族であると決定づけるに申し分ない特徴だった。

 その見た目や雰囲気は、ただでさえ混乱しているこの場に居る者たちに更なる衝撃を与えている。


≪禅、この場の護衛を任せていいか? 俺とキヌの二人で魔族を外に連れ出して対処する≫


≪わかりました。ご武運を≫


 念話で禅、キヌ、ルザルクと作戦を共有すると、さっそくキヌが動いた。


「オバさん……誰?」


「あ゛ぁ!? 誰に向かって言ってるんだい、小娘!」


「口調……変わってるよ? 自覚あるんじゃないの?」


 キヌの挑発がクリティカルヒットしているようだ……。んじゃ、俺も援護射撃と行こうか。


「キヌ、それは世のオバさん達に対して失礼だ。こいつらは裏でコソコソ動くことしかできない害虫だぞ?」


「ん、そうだった。自分たちだけじゃ何もできないから、帝国に寄生してる弱虫だったね」


「このゴミ共が! 矮小な人族の分際で我らに向かって害虫だと!?」


 あー、こいつらチョロいわ。

 煽りに対する耐性がなさすぎて顔真っ赤にしてやがる。

 このまま挑発してればタイマンに持っていけそうだな。問題はどれくらい強いかだが……、鑑定が何かで阻害されているから、そればっかりは戦ってみないと分からないな。


≪キヌ、あの魔族の女を頼んでいいか? 俺は男の方をやる≫


≪ん。じゃあ外に誘導する。殺しちゃっても、良いんだよね?≫


≪そうだな。いろいろ聞きたい事もあるけど、まずは無効化するか討伐するのが最優先だ≫


≪わかった。阿吽も気を付けてね≫


 念話で意思疎通をして次の行動に移る。ここでの戦闘は周囲を巻き込むため、キヌが上手く誘導をしてくれるようだ。


「メスの害虫さん。さっきからプルプルしてるけど産卵でもするの? 汚れるから、ここではやめてね?」


「あなた本当にムカつくわ! 簡単には死なせないから覚悟する事ね!」


「すぐ駆除してあげる。外に出よっか」


「いいわ……口車に乗ってあげる。ブラキルズ、邪魔しないでね」


 そう言うと女の魔族は窓ガラスを魔法で吹き飛ばし、外へと向かって飛んで行った。その後ろをキヌが追って出ていく。

 さすがキヌだな。ちょっと強引だったが上手く誘い出せた。

 だが、男の方はまだ動かない。こっちももう少し挑発すれば乗ってきそうだな。


「チッ……目的を忘れやがって……」


「おい、お前の相手は俺がしてやんよ。まさか喧嘩売られて“逃げる”なんてことしねぇよなぁ?」


「……誰が逃げるだと?」


「お前だよ。え? 魔族は文脈も分からねぇほどバカなの?」


「亜人ごときが……いいだろう。人族と魔族でどれいくらい戦闘力の違いがあるか、見せてやる」


「んじゃ、お前も表出ろや。人質取ってしか喧嘩できねぇわけじゃねぇんだろ?」


「……まぁ、死に場所くらいは選ばせてやろう」


 拍子抜けするほどのチョロさだな……。

 最終手段として物理的に外に吹き飛ばす事も考えていたけど、そんなことするまでもなかったわ。


 さて、いよいよ楽しい喧嘩の時間だ。

 これまで散々コソコソと嫌がらせしてくれたツケ、まとめて払ってもらうぞ!

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