第209話 死の選択


 フェルナンドを捕縛してから数日が経過した。

 あれから俺とキヌとドレイクの3人は、気絶しているフェルナンドを縛り上げ、竜化したドレイクに乗ってフォレノワールの幻影城に帰ってきていた。

 念のためかなり高度を上げて飛んでもらったため、俺達がこの幻影城に降り立った事は誰にも見られてはいないだろう。


 さて、ここからどうするかだが……まずはフェルナンドを起こす必要がある。

 爆弾の起爆スイッチを押したフェルナンドはメアの魔法で眠らされていた。SSランクの魔物である【虚夢】に進化したメアは、精神攻撃系魔法も得意となった。耐性がないフェルナンドは何をされたか理解もできないまま昏睡させられていることだろう。というか数日ピクリとも動かないフェルナンドを見ていると少々不安にもなってくる程だ。


「メア、フェルナンドを起こしてくれ」


「わかり、ました……」


 そう言うとメアはフェルナンドの額にチョンと人差し指を当てる。

 すると、それまで微動だにしなかったフェルナンドの目元が動き出し、ゆっくりと目を開いていく。


「う、ん……ここは……? 私は……何がどうなっている?」


 ゆっくりと周囲を確認するフェルナンドだが、その表情からは強い混乱が見て取れる。


「よぉ、目覚めはどうだ?」


「……? っ! ら、雷帝!? 炎姫と破壊帝、メアという女まで……それに、ここはどこだ?」


「めちゃくちゃ混乱してるな。まぁ、ひとつずつ説明してやるよ。ここは幻影城と呼ばれるダンジョンの最深部、俺達【星覇】の拠点だ。クーデターは既に鎮圧し、反乱兵もほぼ全員捕縛した」


「貴様、何を言っている……」


「まぁすぐには受け入れられんよな。とりあえずお前の目論んだクーデターはもう鎮圧され、お前は国賊扱い。そこまで分かればこの先自分がどうなるか、想像はできるだろ?」


「くっ……。だが、貴様の言っている事が全て正しいとは限らん! それにここが幻影城などと、そんな世迷言誰が信じるか!」


「しゃーねーなぁ」


 とりあえずフェルナンドに自身が置かれている状況を正しく認識してもらわないと話が先に進まない。ただ、ここが幻影城だと理解させるだけならヤオウをこの場に呼び寄せるだけで事足りる。

 ヤオウの圧倒的な存在感は相手に本能レベルでその個体の危険度を叩きつけてくる。これが味方であれば頼もしいだけなのだが、敵からするとたまったものではないだろう。

 念話でヤオウを呼ぶと、ものの数秒で俺の隣に迷宮内転移をしてきた。


「呼んだか? 主よ」


「あぁ、この前プレンヌヴェルトに3500人の反乱兵が攻めてきただろ? それを主導したヤツの顔をお前にも見せてやろうと思ってな」


「ほぉ? あのウジ虫共の親玉か……」


 そういうとヤオウの雰囲気が一気に変わる。フェルナンドに向けられるのは怒気を超えた殺気に近いものだ。

 

「主に歯向かおうなどという愚か者、この場で我が殺しても構わんだろう?」


「待て待て、それはこれから決める事だ。ってかフェルナンド、これで理解できたか?」


「一瞬で……高位の魔物を転移させられるなど……そんな馬鹿な……」


 ヤオウの放ったプレッシャーとセリフはブラフだ。本気で殺そうなどとはヤオウも思ってはいないし、気絶しないように殺気を調整している。


「俺はこの幻影城を統べる者、所謂いわゆる“ダンジョンマスター”ってやつだ。そしてこのダンジョンには当然数多くの魔物が生息している。そして、そいつら全員が俺の指揮下にある」


「ここから逃げる事など叶わぬという事か……。ならば私を生きたままここに連れてきた理由は何だ」


「お前と話をしたかったんだよ。今回のクーデターは俺達もかなり苦労させられたからな。それに俺はルザルクからお前の処分を一任されてる」


「今更話す事など何もない! それに死ぬのが怖いわけではない! 殺すなら殺せばいいさ!」


 意固地になってんな……。プライドが高いフェルナンドのことだ、本音を話さず死ぬつもりなんだろう。

 でもそれは、ルザルクが一番回避したい未来。


「んー、どうしたもんかなぁ……」


 すると、今まで黙って聞いていたキヌが口を開いた。


「阿吽、私が変わっても良い?」


「おう。任せた」


 俺が了承するとキヌはフェルナンドの前まで歩いていく。そして落ち着いた口調で話しかけた。


「フェルナンド王子、この状況で死ぬのは簡単。でも、本当にそれでいいの?」


「……なに?」


「あなたの本当にやりたかったこと、成したかったことって一体何? 今回のクーデター、私はに落ちない事がたくさんある」


「それは、私が国王になることでこの国をより強い国に……」


「それは詭弁。本音じゃない」


「わ、私の何が分かるというのだ!」


「なんとなく、分かる。10年以上自分の能力を隠して愚者を演じて耐え忍んできたのに、目的を達成する直前で全部ひっくり返された。そんなの、許容できるはずないよね」


「くっ……」


「だから、試してみたかったんじゃない? 自分の磨いてきた能力を……。それをぶつける相手も、理由もあるんだし。それに、死んだように生きていくのが耐えられなかったんでしょ?」


「な、なぜ私の考えている事がそこまで……」


「ここにいる星覇メンバーの中にはね、辛い過去を持ってる子もいる。でも、そんな中で自分のできる事、得意な事を精一杯頑張って生きてる。簡単に死ぬって言うのは、生きることから逃げるのと何ら変わらない」


「だが……俺はもう罪人。許されない事もした。その罪を償うにはもう死ぬしか……」


「その考え方が“逃げだ”って言ってる。自分の我侭わがままで起こしたことを償う責任はもちろんある。でも、死んで許されるなんて甘いことは、私達が許さない」


「だが、どうすれば……」


 さすがキヌだ、めちゃくちゃフェルナンドに言葉がぶっ刺さってるな。

 キヌは人の心を読み取る能力に長けている。考えている事を読み取られ、ソレをある程度共感された上で否定されたことで、プライドの高いフェルナンドはもう“死ぬ”という選択肢を取る事ができなくなっている。だが、それ以外の方法を考えていなかったため、狼狽うろたえているのだろう。


 さて、ここからフェルナンドがどう出るか……それ次第で俺達が取るべき選択肢が変わってくる。

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