第210話 承認欲求


~フェルナンド視点~


 あのとき私は、玉座の間でメアという女にルザルクの殺害を阻止され、覚悟を決めて爆弾の起爆スイッチを押した。

 死んでも構わないと思っていたし、死ぬことすらも計算に入れて策を練っていた。


 ……しかし、私は目を覚ましてしまった。

 そして瞼を開けた時、まだ覚醒しきっていない脳に飛び込んできた情報が、ただでさえ混乱している頭をさらに混乱させる。


 ここは初めて見る部屋だが、洗練された調度品がセンス良く配置されている。それは王城と比べても遜色がないどころか、王城よりも整然かつ泰然とした雰囲気があり王族である私でさえ圧倒されるレベルだ。

 さらに横目に映る窓からは月光が差し込み、幻想的であるとさえ感じてしまう。


 そんな状況の中、聞こえてきた声は私にとって考えうる最悪なものだった。


「よぉ、目覚めはどうだ?」


「……? っ! ら、雷帝!? 炎姫と破壊帝、メアという女まで……それに、ここはどこだ?」


「めちゃくちゃ混乱してるな。まぁ、ひとつずつ説明してやるよ。ここは幻影城と呼ばれるダンジョンの最深部、俺達【星覇】の拠点だ。クーデターは既に鎮圧し、反乱兵もほぼ全員捕縛した」


「貴様、何を言っている……」


「まぁすぐには受け入れられんわな。とりあえずお前が今すぐ理解しなきゃいけないのは、クーデターはもう鎮圧され、お前は国賊扱いって事だ。そこまで分かればこの先自分がどうなるか、想像はできるだろ?」


「くっ……。だが、貴様の言っている事が全て正しいとは限らん! それにここが幻影城などと、そんな世迷言を誰が信じるか!」


 苦し紛れに出た言葉であることは自分でも分かっていた。

 雷帝が言っている事はすべて真実であり、この先の私の運命は“死”しかないのだろう……。ただ、それでも良かった。死んで楽になれるなら、それも良い。

 それに、私よりもルザルクの方が王に相応しかった。ただ、それだけのことなのだ。

 自分の持ちうる力を全て出し切った結果なのだから甘んじて受け入れることもできる。それに私が首謀した行為の結果に生じた罪は、己で責任を取り罰せられるべきだろう。


 だが、そこから口を開いた【炎姫】の異名をもつキヌという獣人は、私に死ぬことすら赦してはくれなかった。死ぬことを“逃げ”だと揶揄されてしまうと、どうしてもその選択肢を取る事ができなくなる。自分のことながらプライドだけが一人前に高い、難儀な性格だ。幼少期から培われてきた思考パターンは根深く、“呪い”とも言いかえる事ができる程に私の思考を縛っている。

 さらに、炎姫はその私の感情や思考過程まで読み取った上でそういうセリフを言っているようにも感じた。優しいように見えて、なかなかに厳しい奴だ。


 ただそれも仕方がないかと受け入れられるのは、私自身がすでに敗北を認めてしまっている証明にもなっている。

 と、ここまで状況整理と自己分析をして、ふと思ったことがある。


(……雷帝は、どれほどの男なのだろうか)


 幻影城という意味不明なレベルの人外魔境であるダンジョンを支配し、【星覇】というこの国のトップレベルの実力者を束ねる長。ここに居る炎姫キヌや破壊帝ドレイクだけでなく、Sランクの魔獣すらも霞むほどのオーラを纏ったヤオウと呼ばれる魔物もこの男に絶対の服従と信頼を寄せているように見える。

 『カリスマ』という言葉では到底説明がつかないような求心力をどのようにして得たのか。それは私が長年苦心してきた部分だった。


(……知りたい)


 そう考えていると雷帝が口を開いた。


「フェルナンド、お前はこれからどうしたい?」


 この期に及んで私に無限の選択肢を与えるこの言葉、……試されているのか?


「どう、とは雑に質問してきたな。それを伝えるにはまだ思考がまとまらん。逆に私からいくつか質問をさせてくれ」


「構わねぇよ?」


「今回の革命クーデター、お前ら【星覇】が出張ってきた目的は何だ? この国ではクランが戦争や内乱に参加しなければならない規定はない。金も、地位も、名誉も既にお前等は持ち合わせているだろう?」


「うん? そんなんルザルクダチが困ってそうだったからに決まってるだろ。別に何かの見返りを求めて動いたわけじゃねぇよ」


「……それは、無償で死地に赴いているのと変わらないではないか。そんなもの説明になっていない」


「いやいや、普通にそんなもんだろ? 自分が大切に思っているヤツが困ってたら、何とかしてやりたいって気持ちになるのは当たり前のことだ。逆に、何かの対価を求めてる時点でそいつの事をそれほど大切に思ってないってことにならねぇか?」


「それは……それにしたって規模が違うだろ。子供同士の喧嘩の仲裁とは訳が違うのだぞ!」


「いや、変わらねぇよ。結果的に俺たちが動いて何とかなる範疇の事だったけど、何とかならないレベルでも俺達は動いていた。大事なのは結果だけじゃない」


 この男、訳が分からん……。

 確かにクーデターを計画した段階で【黒の霹靂】が出張ってくるのは予想していた。だが、それが本当にこんな理由だとは……。

 ただのお人好しのバカなのか? それとも私が見えていない世界が見えているのか?

 自分自身の理解が及ばないことが、逆に目の前に居る阿吽という男の存在を大きく感じさせる……。


「兄貴は底抜けに優しいっすからねー」


「ん。阿吽は仲間の事を大切に思ってるし、絶対に仲間を裏切らない。だからこそみんなも阿吽を信頼しているし、どんなところにも付いていこうって思える」


 破壊帝と炎姫の補足も入る事で、雷帝が周囲からどのように見られているのかの補完はある程度できた。

 要するに、動機としては短絡的に感情のまま動いたが、その対応自体は私の策を全て撥ね返してくるだけの綿密さと視野の広さを兼ね備えていた。ということ。

 極端な二面性があり無茶苦茶とも言える言動だが……それでも行動原理に筋は通っており、周囲からの信頼につながっている。それが雷帝の魅力とカリスマ性の正体、と言ったところだろうか……。

 私にとっては意味不明で理解不能ではあることに変わりはないのだが。それに、雷帝と同じ行動ができる人物は世界に何人も居ないだろう。少なくとも私には絶対に真似できない。


「ハハッ……、こんなお人好しのおせっかいな男が雷帝とはな……。まぁこれだけの戦力差があったのなら、負けても仕方なかったと割り切れるか」


「別にお人好しでもおせっかいでもねぇよ。ダチが困ってたから手助けしてやったってだけの話だろ? それに、簡単に解決できたわけじゃないぞ。お前の打った数々の策は間違いなく俺達の命を脅かすものだった。お前の軍師としての才は世界でもトップクラスだよ」


「褒められているのか責められているのか……。フッ、まぁ誉め言葉だと受け取っておこう」


 不思議な事に、今の雷帝の言葉で今までの努力が報われた気分になっているのを自覚している。

 今思えば、私が国王の座に就きたかったのもクーデターを起こしたのも、誰かに認められたいという気持ちからだったのかもしれない。天才と呼ばれるルザルクを弟に持ち、誰からも……自分でさえも己とルザルクを比較していた。それが承認欲求をこじらせてしまっていたのだろうが……、まさか敵である雷帝から能力を認められるなんて思ってもみなかった。


「んで? 改めて聞くが……、お前はこれからどうしたい?」


「私は完全に敗北した。これ以上の言い訳や抵抗は無意味だろう。その上で死ぬことが許されないのであれば、罪に見合った罰を受けよう。だだ……、その前に一つやり残したことがある」


「なんだ?」


「禁書庫から書物をいくつか持ち出している。それを元あった位置に戻し、適切に禁書庫の扉を施錠したい」


「……どういうことだ?」


「足止め程度には使えるかと交渉材料として持ち出したのだがな……。今となっては自由に禁書庫に出入りできるようになった貴様との交渉材料としても力不足だ。それならば、元あった位置に戻し適切に保管しなければならない。これは、陛下から禁書庫の管理を任されていた私の……王族としての最後の仕事だ」


「んー……まぁいいんだけどさ。ただ、それをさせるにはお前は信用が無さすぎる。いくつか条件を付ける必要があるな」


「条件は甘んじて受けよう。なんなら奴隷紋で私を縛っても構わない」


「わかった。それも含めてお前の処分を考えておく。それまではこの部屋で待機だ」


 そう言うと私を残して【星覇】の全員が突如として姿を消した。

 未だに夢なのか現実なのかの区別を完全にはできていなかったが、その事実はこの場所が幻影城ダンジョンであり雷帝がダンジョンマスターであるという言葉を裏付けるかのようだった。


 取り残されて一人になった空間で冷静に思考してみると、クーデターの首謀者である私が生かされているのはかなり不自然な状況だ。その原因を考えてみると、恐らくルザルクが雷帝に頼み込んだのだろうということは容易に推測できる。


 本当に甘い弟だ……。情に流されやすく利害だけで物事を考える事ができない。“天才”と持てはやされるルザルクだが、これから国王としてこの国の先頭に立つにはあまりにも重大過ぎる欠点……。


「まったく、王族にとって優しさという情は過ぎれば欠点となるというのに……。それでも、その優しさにこの国が救われたのもまた事実か」


 不意に出た独り言と無意識に微笑んでいた己の表情に少し驚きつつ、この感情が何なのか深い考察へと入って行く。

 私に残された時間はそれほどないのだろうが、それ以外に考える事ももうない。

 たまには意味のない問答を自分にしてみるというのも良いのかもしれないな。

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