第211話 愚兄賢弟

 

~アルト王城禁書庫・フェルナンド視点~


 あれから3日後、私は禁書庫への入室を許可された。

 処罰に関してはまだ保留となってはいるが、雷帝たちと話した翌日にルザルクとも面会し、その場に炎姫が同席することで私の心情を読み取っていたようだった。直接話した時にも感じたが、炎姫はどうやら他者の考えている事を断片的にだが読み取る事ができるスキルを持っているらしい。


 そのお陰で、私に反抗の意思や敵意が無い・・事を証言してくれたのだから、それを証明する手段を持ち合わせていなかった私にとってもありがたいことだった。

 その後、私の持っていた禁書をルザルクに預けた上で、身体検査とマジックバッグの没収をされる形とはなったが、それも至極当然の対応と言えるだろう。


 むしろルザルクと私が二人きりで禁書庫へと向かうことになったのには、対応が甘すぎるとさえ感じているのだが、玉座の間で対峙した時同様にメアという女が影に潜んでいる可能性や、ルザルクも【星覇】のメンバーの様に転移ができる可能性もある事を考えると、敢えて私を泳がせて性根を見ているという事も考えられなくはない。

 そんなことをしなくても、私はもう何かをする意志など微塵もないのだが……。

 むしろ、過去の自分が犯したあやまちの尻拭いをするために禁書庫へと向かいたいだけなのだ。


「兄さん、次で持ち出した禁書は最後?」


「あぁ。これで最後だ」


「それにしても……この書庫、めちゃくちゃしっかり管理されてるね。兄さんって案外マメだったんだ」


「私がここの管理者を任されたのは、まだ15の時だった。陛下なりの私への信頼の形だと受け取り、ここだけは絶えず綺麗にしておいた。ここにある書物の内容も8割程度は把握している」


「こ、ここの本のほとんどを……?」


「禁書指定されている書物に関しては、どこまで内容が正確なものかは判別できんがな」


 この禁書庫にある書物は魔術、スキル、歴史、文学、政治学、心理学、宗教学、魔道具学、迷宮ダンジョン学など様々な分野の書物がある。ここの管理者として書物の中身を把握するのは当然の責務。

 専門的な部分となると記載されている内容が本当の事なのかを判別できる程私は博識ではないが、その過程で得られた知識は、今回の革命の準備期間を限りなく短縮できた一つの要因なのは間違いない。


「まぁそれも不要な知識となったわけだが……、ルザルクには禁書のリストくらい渡してやってもいい。今後は代わりの管理者が必要となるだろうしな」


「うん……、そうだね」


 久しぶりの兄弟の会話。普通に話したのはもう10年以上も前の話だ。どこかぎこちなさがあるのは仕方がない事だろう。

 何かを私に伝えようとしているのは表情から何となく伝わるが、それを口に出せない雰囲気がルザルクから伝わってくる。


「あのさ、兄さん……」


 私が手にしていた最後の書物を棚にしまい込んだ時、背後に居るルザルクがその口火を切ろうとした。


 だが、振り向いた私の目に飛び込んできたのは、ルザルクの更に後方の床が泥状・・に変形し、見覚えのある顔がその中から出てくるところだった。


 不自然に貼り付いたような笑顔は道化ピエロのようであり、その無機質さが不気味な雰囲気を更に強調させている。

 それは紛れもない狂人、【血濡れ】のジョセフ。超が付くほどの危険人物だが、私がその鎖を解いてしまった男だ。


 ゆっくりと進む世界の中で、床からせり上がってくるジョセフの身体。その上半身が出てきた時、両手には数本のナイフが握られていた。

 これらが意味することは、理解し難い現実と容易に想像がつく未来。

 点と点とが、線で繋がり…………、


――私の身体は自然と動いていた。


 投擲されたナイフとルザルクとの間に己の身体を滑り込ませると、胸部にドスッっという衝撃が三度走り、数秒遅れて焼けるような痛みが全身を駆け巡った。

 よろめき倒れそうになる足に何とか力を入れて踏ん張り、その身体でジョセフとルザルクとの射線を切る。

 そして、叫んだ。


「逃げろ! ルザルク!!」


「え……え、兄さん?」


「転移の魔導具を使え! すぐにここから離れろ!!」


 思いつくまま口から出てきた言葉は、自分でも驚くような内容。

 私がいま守っているのは、つい数日前まで殺そうとしていたはずの弟……。

 憎くて仕方がなかった、比べられるのが死ぬほど嫌だった、認めさせてやりたいと本気で願った。それが数日でこれほどまでに心境が変化するものなのだろうか。

 その答えは、自らの行動が示していた。


「クフフフ……、フェルナンド王子はこちら側の人間だと思っていたのですがねぇ。当てが外れてしまいましたか」


「なっ! お前はっ!!」


「王族の御二人に認知していただけているなんて、私も結構有名なのですねぇ」


「ルザルク、そんなことは良いから早く逃げろっ!」


「でもっ! それじゃあ兄さんが……」


「早く応援を呼んで来いと、言ってる。私も、こんな所で死にたいわけじゃ……ない」


「クフフフ……頑張りますねぇ。私の作った毒は苦しいでしょうに」


「この、場にコイツを何とかできる戦力はない。良いから、早く応援を……呼んで来い!」


「わ、わかった! 絶対にすぐに戻ってくるから!」


 そういうとルザルクの身体がフッと消える。

 ルザルクが転移に準ずる手段を持っているかどうかは賭けだったが、私の予想が当たっていて良かった……。

 それにしても、血濡れはこの様子を何をするでもなく傍観していた。実力からすると追撃する事は容易だったはずだ。


「お前の目的は……なん、だ」


「それは以前にお伝えしたでしょう? 私は秘匿された歴史に興味があるのです。それと、ここにある1冊の禁書を持ってくるようにと、ある方・・・から頼まれていますからねぇ。10年以上も待たせてしまっていますが……、まぁあの方は長命種なのでそれくらいの時間は問題とならないでしょう」


「だから、ルザルクをわざと逃がしたのか……」


「彼は別に殺しても構わなかったですよ? 目的の本をゆっくり探すのに邪魔者は居ない方が良いってだけですから」


「この、タイミングで出てきた理由は、禁書庫の開錠を見計らって……か」


「さすがフェルナンド殿下! ご明察です! さすがに私でもこの禁書庫には開錠されているタイミングでないと侵入できませんでしたからねぇ。それに……本当は貴方を仲間に引き抜くところまで今回の計画には入っているのですが……、まさかルザルク殿下を庇うなんて、思ってもみませんでしたよ」


「フッ……、私も焼きが回ったな」


私たち・・・の仲間となるなら、助けて差し上げますが……どうします?」


 血濡れの言っている事は嘘かまことか……、それを判別する手立てを私は持ち合わせてはいない。

 だが、別にその真偽は今の私にとってはどちらでも構わない。

 質問に対する答えなんて、とっくに出ているからだ。


「そう……だな。せっかくの誘いだが、やめて、おこう」


「……理由をお聞きしても?」


「最期くらい、自分の思い描く理想の男になっても良いだろう?」


「……答えになってませんよ? 私たちは本当に貴方の能力を評価して仲間に誘っているのです。貴方ほどの知識と軍才を持ち、目的のために他を切り捨てる覚悟がある方はそうそう居ませんからね。早くしないと毒が回って本当に死んでしまいますよ?」


「それはありがたい、言葉だな……。だが返答は変わらん。ただ、そうだな……お前の言っているあの方という人物が誰なのかは、気になる」


「それは、お得意の時間稼ぎですか?」


「どう受け取ってくれても構わん。どうせ、私はここで死ぬ。棺桶が禁書庫というのも、悪くはないしな」


「お気持ちは変わらないようですね、残念です」


「それで、“あの方”という人物は、教えてはくれないのか?」


「クフフフ……、死にゆく貴方には無縁の情報ですからね。それに、私もそんなにお喋りしている時間は無いのですよ。この数多あまたある本の中から目的の物を探さねばならないのですから」


「そうか。それならば、仕方が無いな」


 確かに死にゆく私が知ったところで何の価値もない情報だ。それに、少しでも足止めをしようとしたのもバレてしまっていては、どうしようもない。


 そっと私の首筋に添えられるナイフの冷たさを感じる。


――私は、ずっと誰かに認められたかった。幼い頃より抱いていた王になるという目的も、承認欲求を満たすための手段でしかなかったのかもしれない。

 それが今回の戦いで負けた後、敵であった雷帝に言われた一言でそれが得られてしまい、尖りきった牙を抜かれたのだ。

 表裏なく、ただまっすぐに思っている事をぶつけていく雷帝だからこそ、あの言葉は私の心に刺さったのだろう。目の前に居る血濡れにも似たような事を言われているにもかかわらず、あの時の満足感を今は全く得られていない。


 今更ではあるが……クーデターなど考えず、ルザルクや雷帝と共に人生が歩めたならば……、そう考えてしまうと少し寂しいという感情も芽生えてくる。


「最期に、言いたい事はありますか?」


賢弟ルザルク、後は頼んだ」


 言葉を言い終えた瞬間、添えられていたナイフが首筋を撫で、吹き出した血飛沫が床を赤く染める。

 そして…………、


――ドガァァァァーーーーン!!!


 私が禁書庫に仕掛けていた三つ・・目の小型爆弾が起爆した。

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