第185話 狂人と奇才


――時は、少し遡る。

 王城の地下牢にて、フェルナンドはその最下層のフロアに足を踏み入れていた。

 ここに収監されているのは他のフロアとは一線を画すほどの大罪を犯した者たちだが、その最奥にはさらに厳重な警備が成された特別エリアが存在する。


「ブライド、聞こえているか?」


「使い捨て……用済み……駒……。使い捨て……用済み……駒……」


「まだ私の言葉が理解できるか?」


「あぅぁぁああ……用済みぃぃぃ!!」


「……当てが外れたか」


 元デイトナのクランマスターである豪炎のブライドは、先の序列戦で阿吽に心をへし折られ、その後の度重なる拷問と自白剤などの強制服用により人格が崩壊していた。その姿に全盛期の面影はなく、口から涎を垂らし、虚ろな目は焦点があっていない。言うなれば、ただ限られた単語を永遠と話し続けるだけの人形のようなもの。


「星覇の阿吽・・に一度敗れただけで、ここまで落ちぶれるとはな」


「あ? アウ……、あうン? アウン!! あぁぁ! アヴンンン!!! あがぁぁあぁあ!!!!」


「ほぅ……感情は残っていたか。であれば、まだ使えるな」


「コロす! 殺す! アウン!! ゴロスゥゥ!!!」


「器としては最高だが、【魔人化】という禁忌に触れるスキルを発動してもヤツには及ばなかったからな……。仕方がない、強制的に底上げしてやるしかないか」


 冷静に見えて、その実フェルナンドは焦っていた。

 それは、【黒の霹靂】5名がこの王都へ向かってきているという情報を最後に、プレンヌヴェルトに送った3500名もの自軍兵との連絡が突然音信不通となったためだ。

 最悪の状況を考えるとするならば、自身の知り得なかった強大なナニかが動いているということになる。しかもそれは、高い確率で【星覇】にくみする者……言わば敵だということは黒の霹靂の行動からも推察できる。プレンヌヴェルトに攻撃を仕掛けたならば、奴等は必ずプレンヌヴェルトへと引き返すと踏んでいた。だが、結果はそうはならなかった。むしろ、たったの1秒たりとも時間稼ぎができなかったわけである。


 ともなれば、この王都で時間稼ぎをするしかない。だが、あの規格外の武力に対し、自軍で拮抗するほどの戦力が居るかと聞かれれば、首を横に振らざるを得ない。

 であれば、“作るしかない”のだ。あの規格外の戦力に匹敵するほどの武力を持ったを。


「コイツを牢から出し、用意したアレらの武器防具を全て装備させろ」


「し……しかし、お言葉ですが殿下……この男はもう誰かが制御できるほどの自我を保ててはいません……」


「制御? する必要があるのか? 必要なのは【黒の霹靂】を止められる戦力だ。これだけの敵意を持っているのならば、逆に制御なんぞ必要はない。……それとも、お前等が止めてくれるのか? あの【雷帝】を」


「い、いえ……。それは無理でございます」


「ならば指示に従え。ここからの戦いは、そんな生半可なものではないことくらい解るであろう?」


「承知……いたしました」


 親衛が4人がかりでブライドを羽交い絞めにして牢の外へと移動させているのを横目で見つつ、フェルナンドもきびすを返そうとすると、不意に不気味な笑い声が耳に入ってきた。


「クフフフ……フェルナンド殿下は無能と聞いていたのですが、どうやらそうではなかったようですねぇ」


「貴様は……【血濡れ】か。……そうか、お前もこのエリアに居たのだったな」


「目的は、足止めですか?」


「先ほどの会話、聞こえていたのであろう? 最低でも足止めができる駒を探していた」


「それくらいならば、私もお手伝いできますよ?」


「お前は誰かの下に付くような男には見えんな。何が目的だ?」


「クフフ……私は知りたいのですよ。2000年前の人魔大戦、闇に葬られた歴史の真実を」


「ふむ。それで? 私に要求する物はなんだ?」


「いえいえ、要求なんて……。ここから出してくだされば、ただそれだけで良いのです。さすがにもうここの景色は見飽きましたからねぇ」


「……話が旨すぎるな」


「正直に話しますが、私はこの反乱クーデター……別にどちらが勝とうがどうでも良いのですよ。私の求めていたのは“混乱”。それはすでに殿下が成し遂げてくれました。ここから私が行うのは、その恩返しだとでも思ってください。それに、私ほどの駒はそうそう居ませんよ?」


 その言葉にフェルナンドは顎に手を当て、しばらく思案する。

 フェルナンドも血濡れのジョセフの事は知っていた。10年前の情報ではあるが、その武力も王国屈指とも言われていた程。正直、喉から手が出るほどに欲しい人材だ。ただ、これまでの交渉が予想よりも簡単に話が進み過ぎており、逆に困惑してしまってもいる。

 それに、10年間も牢に入れられている男がなぜクーデターの情報を知っているのか、その言葉の違和感がジョセフの不気味さや異質さをより強調していた。


 しかし、落ち着いて考えてみれば、そのリスクとリターンは十分に賭けても良い案件。それにあれだけ狂乱しているブライドを野に放ってしまったフェルナンドとしては、もう恐れるものは何もなかった。


「良いだろう。お前の提案に乗ってやる。ただし、二つ条件を足させてもらおう。【黒の霹靂】の誰かを10分間足止めすること。それと、この条件で私と奴隷契約を結ぶこと。条件が達成されれば自動的に奴隷契約は解除されるようにしておいてやろう」


「クフフフ……、それで構いませんよ。それにしても、やはりあなたは無能などではない。 “奇才”と呼ばれるのがふさわしいほどの逸材です」


「フッ、褒めても条件は崩さぬぞ?」


「数分くらいはオマケしてくれるかと期待したのですがねぇ」


 互いに微笑みながらもフェルナンドはジョセフの左胸に手を当て【奴隷化】の魔法を発動させる。


 王族であるフェルナンドがこのような魔法を習得することは当然禁止されていた。【鑑定】などで調べられ、明るみに出てしまえば、個人の信用だけでなく王族全体の信用が地に落ちてしまうためだ。

 故に習得したのも、この数カ月の準備期間中。誰にも知られることなく短期間で【奴隷化】の習得ができてしまったのも、地頭の良さに加えこれらのスキルに関する造詣ぞうけいが深かったからであろう。


 こうして二人の狂人が野に放たれることになるのだが……、これがどう転ぶのかは、天のみぞ知るところである。

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