第155話 幻影城第二階層


 第2階層へと転移すると、そこは石造りの迷路型フロアとなっていた。

 一見何の変哲もないフロアだが、ネルフィーがそんな普通なダンジョンを作成するとは思えない。

 

《おーい、ネルフィーかバルバル居るか? 今2階層を見に来たんだが、ちょっとフロアの説明頼みたい》


《阿吽さん、すぐ行きます! 絶対にそこから動かないでくださいね!》


《わたしもすぐに向かう》


 バルバルの様子から察するに、今俺がいる入口の部屋から先は何かが仕掛けられているのだろう。階層管轄者がネルフィーであることを考えれば、恐らくトラップの類なのだろうな。

 支配者権限を使えば何がどこに仕掛けられているかは全てわかるが、それでは楽しくない。どうせなら何も知らない状態で驚かせてもらいたいというものだ。


「おまたせしました。阿吽さんのことですので、どうせ支配者権限を使っていないのでしょ?」


「お、バルバルよく分かったな!」


「そりゃあこれだけ阿吽さんと一緒に居たら嫌でも分かりますって……」


「そうか? 理解してくれて嬉しいぞ!」


「正直、このフロアはかなりヤバいです。支配者権限を使わないならネルフィーさんが来るまで動かないでくださいね! 絶対ですよ!」


 そこまで言われると逆に動きたくなってしまうが、今回はバルバルの言う事を聞いた方が良さそうだ。注意深く観察してみると、通路の奥からヤバそうな雰囲気がビシビシ伝わってくる。

 そうして数分バルバルと会話をしていると、背後にネルフィーが転移してくるのが分かった。


「すまない、待たせた」


「いや、そんな待ってねぇよ。んじゃこのフロアを案内してくれ」


「わかった。一旦フロアすべての罠は発動しないように設定しておく。歩きながら説明しよう」


「おう。頼むわ」


 そうして説明を聞きながらフロアを歩いていくと、様々な種類の罠が設置されていた。その中には探索者をおちょくるような軽い罠も多く設置されている。

 例えば、今目の前にある坂道。ここでは前方から巨大な岩が転がってくる罠が仕掛けられているのだが、転がってくる大岩自体は脆い。レベル30程度の前衛職であれば簡単に砕けるだろう。しかし、見た目に騙され逃げるように逆走しようとすれば大岩がトラップの起動スイッチを押しまくり、今まで回避した罠を問答無用で発動させる。しかもそれらは全て致死性のものではなく状態異常を付与する弓矢であったり、スライムが敷き詰められた落とし穴だったり、大きな音が出るだけというものだったり、スタート位置に戻される転移罠だったり……。完全に探索者を小馬鹿にしている類のものだ。


 ただ、これが侮れない。罠の設置コストを抑えつつ本命の罠に誘導するだけでなく、探索者に精神的なストレスや苛立ちを与え、注意力を削ぐ役割も担っている。かといって、この数の罠を全て解除するのは実質的に不可能。


「これは……ヤバいな……」


「ですよね! この罠の設置は全てネルフィーさんが行ったんですが、絶妙な配置に惚れ惚れします。もう一種の芸術ですよ!!」


「ダークエルフはこういうのも得意なのか?」


「森の中では集落の周囲に仕掛けたりすることは多々あったな。あとは、探索者として配置されていて嫌な罠の類を配置してみた感じだ」


「ネルフィーが嫌がる罠となると相当手慣れた斥候が居なければこのエリアの突破は難しいだろうな……。そういえば、まだ魔物は見かけないんだが、これから召喚予定か?」


「ここまでの前半エリアには魔物は配置しない。ただ、ここからの後半エリアとボスエリアには召喚する予定だ」


「……後半エリア?」


「あぁ、ここまでのような軽症で済む罠ではなく、致命傷を与える罠を増やし魔物も配置する予定だ」


「ちなみにどんな魔物を考えてるんだ?」


「道中の魔物はバルバルに任せてある。私の設置した罠に親和性のある魔物を選んでくれるようだ」


「ほぉ? 何か良い魔物は見つけたか?」


「まだ選んでいる最中ですが、今のところ考えているのはミミック系とかレイス系ですね」


 ミミックはこのトラップフロアと非常に相性はいいだろう。憔悴している相手の心をさらに折りにいけるという点でも優秀だ。レイス系は魔法攻撃に弱いものの、所属しているダンジョンであれば壁をすり抜ける事ができ、侵入者の不意を突ける。


「うん、悪くない組み合わせだな。ただ、もう少し魔物の種類を増やすのと、Aランクくらいの魔物も配置してほしいかな」


「そうですよね。わかりました、もうちょっと考えてみます」


「おう、時間はあるからゆっくり考えてくれ。あとは、ボスフロアか。何か候補はあるのか?」


「ボスはアラクネを召喚する予定だ。それと、Aランク以上で罠を張るスパイダー系の魔物を数体配置しようと考えている」


 アラクネはSランク上位の魔物であり、上半身が人型、下半身が蜘蛛型という特殊な見た目をしている。その性格は狡猾こうかつ獰猛残虐どうもうざんぎゃく、高い知性も兼ね備えている厄介な魔物だ。

 魔法や蜘蛛糸、爪や牙など単体で近・中・超距離の攻撃を網羅しているだけでなく、その牙は毒の状態異常を与えてくる。さらに他の蜘蛛型の魔物が張った罠すらも利用する特性もある。それを加味してのAランクスパイダー系を合わせようと考えたんだろう。

 そう考えると、とことんトラップにこだわったフロアにする予定なんだな……。


「うん、良いコンセプトだな。道中で心身ともに憔悴させてからのボスのアラクネは、それだけでかなり凶悪なフロアになり得る。しかもその道中の罠はネルフィー、魔物はバルバル監修となると完成が楽しみだ!」


「あぁ、トラップの設置は色々な組み合わせを試してみるつもりだし完成には時間がかかりそうだが、必ず最高難易度のトラップフロアを作り上げてみせる」


「私も色々調べながら頑張りますね! というか、ダンジョン制作ってこんなに楽しいものだったんですね! ハマりそうですよ」


「そうだな。私も初めてダンジョンを作っているが、楽しいと感じているよ。それに攻略する際の視点も磨かれる」


「だろ? だからみんなにもダンジョン制作を手伝ってもらいたかったんだよ。それに、俺やコアたちだけではアイデアも偏りそうだし、今後プレンヌヴェルトダンジョンの増築でも色々アドバイスが欲しいんだ」


「是非手伝わせてください! っと……でも、まずはこのフロアを完成させてからですね!」


「あぁ。ダンジョンポイントを節約しながら色々設置してくれているみたいだが、足りなくなったら言ってくれ。追々にはなるが、支給するよ」


「わかった。その時は遠慮なく相談させてもらう」


 よし。このフロアも大丈夫そうだな!

 というか、みんな予想以上にダンジョン制作が上手い。それぞれの個性や長所が良い塩梅にコンセプトに活かされている。

 これは幻影城の3階層であるシンク達のフロアも楽しみだな!

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