第182話 血濡れのジョセフ
~ネルフィー視点~
「マイケル、悪いが下がっていてくれ。コイツは誰かを護りながら戦えるような相手ではなさそうだ」
「わ、わかりました。足手まといにならないように隠れています」
後ろに下がるマイケルと、それを口惜しそうに見つめるジョセフ。だが、私が見ている中でマイケルへの攻撃は決定的な隙になると考えたのだろう。動くことはなくその背を目で追うだけに留まっていた。
ただ、ジョセフの息は徐々に荒くなっていき、目が血走ってきている。
「早くっ! 早く始めましょう!! もう我慢の限界なんですよっ!」
「狂い堕ちたタイプか……」
私たちのような斥候には大きく分けて2つのタイプがある。
一つはマイケルのような特殊なスキルを持っており、情報収集能力に
もう一つは陰に潜み、常に優位な立ち位置をキープしつつ暗殺や武力行使によって無理やり情報を吐かせるタイプだ。
私も後者に含まれるが、このジョセフという男もそうなのだろう。そしてこのタイプは前者よりもより深く情報を得られやすい代わりに足が付きやすく、さらに精神が歪みやすいという危険性もある。
なぜならば、常に自らの力を確認し研鑽しておかなければ次に殺されるのは自分かもしれないという不安感に捕らわれてしまいがちだからだ。そうして暗殺や殺人を繰り返すうち、『そうしなければならない』という強迫観念に支配されてしまう。
また、目標を殺す事で自らの力が確認できた時、安心感と幸福感を得られてしまうヤツも一定数は存在する。『狂い堕ちる』とはそういうことだ。
私の場合、【星覇】という安心できる場所が存在し、私の力を認めて必要としてくれる仲間が居る事で精神的に安心感を得られ、仲間のために自分の技能を使いたいという気持ちが強くなり精神の安定が図れているが、一歩間違えば私もそうなっていたという可能性も否定できない。
チラッと後方を確認すると、マイケルは安全圏に離れつつこちらはしっかりと見える位置に移動していた。これだけ離れていれば大丈夫だろう。そう考えすぐにジョセフへと視線を戻すも、そこにジョセフの姿は無かった。
「しまった!」と思った時には横からナイフが飛んできており、それを回避しつつ周囲を探知スキルで確認すると上方からナイフを逆手に持ったジョセフが斬りかかってくるところだった。
それをマジックバッグからパラライズダガーを取り出し、なんとか受け止める。
「やりますねぇ。昔ならば、今の攻撃でSランクの冒険者も殺す事ができていたのですが」
「こんな
「クフフ……それは楽しみですね。貴女を殺せば極上の
先程の一連の攻撃で分かった。コイツは一瞬目を離しただけで一方的に攻撃をされるだけのアドバンテージを渡してしまうほどの強者だ。
それに、こういう手合いは私が一番得意としている弓を使い辛い。そうなるとダガーでの近接戦闘となってしまうが……相手は投げナイフでの中距離戦闘と近接戦闘を得意としている。恐らく何十本もその服にナイフを忍ばせているのだろう。
であれば、近距離で不利な戦いをし続けるより、弓での攻撃が有効な位置まで無理やり距離を離す必要がある。ただ、それには相応の準備が必要だ。
となると……
「【ウッドスパイク】」
ジョセフの四方から樹属性魔法で攻撃。
不意を突いた攻撃とはなったが、ジョセフはこれを難なく回避しただけでなくナイフを投げてくるほどの余裕を見せている。やはり相当に戦い慣れているな……。だが、その慢心にこそ付け入る隙が生まれてくる。
「【ブランチプリズン】」
ウッドスパイクからの二段構え。生やした樹から高速で枝が成長しジョセフの周囲を囲みだす。これに一瞬面食らったような表情を浮かべ、木の枝で完全に身体が覆われたジョセフだったが、両手に持ったナイフで枝を切り刻むと、悠々と細木の牢獄から抜け出してきた。
「なかなか洗練された魔法です。やはり相当な
「フッ、お前もな。ただ分からないな……。お前のような猛者が、10年前誰に敗れて捕まったというのかが……」
「クフフフ。私は誰かに敗れたわけではありませんよ? この国で殺したいと思えるほどの者が外に居なくなったので自ら牢に入ったのです。ただ、あの頃は殺し過ぎて少し感覚がおかしくなっていたのは自覚していますがね」
「ん? なぜわざわざ捕まる必要があったんだ?」
「牢の中なら相応の強者も居るかと思いましてね。……ですが失敗でした。美味しそうな者はそれほど多くは無かったのですから」
「頭はあまり良くないのだな」
「……それも自覚していますっ!」
会話の最中でもノーモーションでナイフが飛んでくる。ただ、攻撃の瞬間にこそ隙も生まれる。それを見逃す私では……
「くっ、何!?」
飛んでくるナイフを避けようとした矢先、両足を何かに掴まれる感覚がした。
足元を見ると茶色い泥のような手が両足首を掴んでいる。ジョセフが無詠唱での魔法をも習得していた事に驚愕しつつ、咄嗟に上半身を捻り倒れ込みながら何とかナイフを避ける。
しかし起き上がろうとする私の首元には、既にナイフが突きつけられていた。
「クフフ……。チェックメイト、ですね」
「お前がな。血濡れのジョセフ……」
次の瞬間、ヒュっという風切り音とともに暗がりからエンチャントされた矢が飛来し、ジョセフの腹部に深々と突き刺さったのだった。
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