第183話 トリック


~マイケル視点~


 ジョセフの腹部に矢が刺さった数秒後、矢の飛んできた方向を見るとそこに立っていたのはネルフィーさんでした。


「ネ、ネルフィーさんが……ふたりいる……」


 困惑している頭を必死に動かして状況把握をしようとしていると、倒れてジョセフにナイフを突きつけられていた方のネルフィーさんの身体がスッと消え、そこには数本の木の枝が残されていました。


「クフフフ……やられました。そんな奥の手を持っていたなんて……」


 深々と刺さった矢を引き抜き、腹部から大量の出血をしているジョセフは、元々青白い顔を更に白くさせているのは気のせいじゃないでしょう。

 一体この攻防の中で何が起きたのか……今のところ全く分からないですが、もう一度思い返して考えてみます。


 投げナイフで私が死にかけたところをネルフィーさんに助けられた直後、暗がりから出てきたのが血濡れのジョセフ。そこから二人が戦闘になって、いつの間にかネルフィーさんが2人に……。ダメですね、見た情報だけではわかりません。

 あっ、ただ【相対音感】と【音声識別】のスキルを常時発動していたせいか、違和感があった場面はありました。


 この通路の構造上、声が反響し分かりづらかったですが、確か魔法を発動したタイミング……特に【ブランチプリズン】を発動した後あたりからネルフィーさんの声が別の位置から聞こえていた気がします。それに、SSランク冒険者であり、【光陰】の異名を持つネルフィーさんが不意を突かれたとはいえ簡単に両足を捕縛されるようなミスを犯すでしょうか……。

 それはジョセフも同じことを考えていたようです。


「やはり私の腕が鈍っているのは認めざるを得ませんね。ですが、もし全盛期であったとしても先ほどのトリックの謎は見破れなかったでしょう。一体何をしたんです?」


「自らの手の内をみすみす晒すと思うか?」


「それは条件次第でしょうね。あなた方の目的は私を殺す事ではなく、情報を得ることなのでしょう? しかし、私は自分の命に頓着しているわけではありません。別に今すぐ自害したって構わないほどですよ」


「……ほぅ? それで、交換条件のつもりか? 別にお前からじゃなく他の者から情報を得ればいいのだが?」


「クフフフ……そうでしょうね。ですが、あなた方には“時間がない”のですよ? ……おっと、ここから先は有料になります」


 この命の危険があるという場面でもジョセフの声からは恐れや不安の感情が読み取れない。自分の命を含めて決定的な情報を交換条件の材料としているのは本気なのでしょう。

 それに、時間がない? それはどういう意味でしょうか……決まった時間に国王を殺害することになっているのか、もしくは……。


 ネルフィーさんとジョセフはお互い視線を離しません。こういう場面は言葉での対話以上に目や表情がモノを言います。

 しばらく睨み合いが続き、私の方がいつまで続くのかと不安になり始めていましたが、ネルフィーさんが「フゥ……」と一息ついたのをきっかけに張りつめていた空気が一気に弛緩しました。


「わかった。お前が知りたいのは、捕縛したはずの私がなぜ後ろに瞬間移動していたのか、という点か?」


「そうですね。それを教えて頂けるのであれば私の持っている特大の情報をお話ししましょう。ただし、先に話すのは貴方からです」


「……まぁ、いいだろう。お前の目を見る限り、約束は守るのだろうからな」


「クフフ……もちろんです。私は自身が認めた相手には弱いのですよ」


「お前も恐らく見当は付いているだろうが……、私が行ったのは【分身】と【隠密】のスキルと樹属性の魔法を掛け合わせて本体の位置を誤認させた。それだけだ」


「やはりその手のスキルでしたか。しかし、【分身】なんてスキルは初めて聞きました。それに、いつすり替わったのですか?」


「ブランチプリズンを発動させ、お前の視界を一時的に遮断した時だ」


「なるほど。あれは捕縛のためではなく視界を一時的に奪うため。そしてその隙に【分身】と【隠密】を発動し、気配を消して背後に移動したと……そういうことですか……」


 あの一連の攻防にそれだけのスキルと魔法を仕込んでいたとは……さすがネルフィーさんです。

 それにこれだけのヒントで相手が何を目的として魔法を放ったのか、どういう行動をしていたのかを理解したジョセフもまた戦闘や暗殺に関してはトップクラスの実力なのでしょう。

 答えが分かった上で私なりの解釈を付け足すとするならば、ネルフィーさんが戦闘の最中に会話を仕掛けたのも、ジョセフの後方に居る本体の位置を気取られないようにするため……でしょうね。


 表舞台では決して語られることのないこの戦い……。こんな高レベルの攻防を間近で見る事ができた私は、殺されかけたとはいえむしろ幸運なのかもしれません。


「さて……、次はお前が情報を開示する番だぞ、ジョセフ」


「分かっておりますとも。私からお伝えできる情報は2つです。まずは国王の安否と所在からですね」


 ジョセフが開示したのは特大な情報。この情報だけでも値千金と言えるレベルのものでした。恐らくそれを知っているのはフェルナンド派の中でも極少数でしょう。


「……続けろ」


「国王は現在地下牢に幽閉されています。というか私が元々居た独房に居ますね。眠らされているのか意識はありませんでしたが、目立った怪我も無かったのを見る限り、おそらく今のところは命に別状はないでしょう」


「ふむ。では、もう一つの情報は?」


 ネルフィーさんの質問に対し、ニヤリと顔を歪ませてジョセフが伝えた内容は、想像を絶するものでした。


「クフフ……。それはですね、闘技場に超強力な爆弾・・が仕掛けられているという事です」

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