第122話 大きな変化


 みんなが沈黙の遺跡から帰ってきたという連絡を受け、フォレノワールダンジョンのコアルームへと迷宮間転移で移動すると、そこにはアルス、シンク、ドレイク、ネルフィーの4人が居た。


「みんなおかえり! ……あれ? キヌは?」


「それが……」


 キヌの事を尋ねると、少し焦ったような、困惑したような、シンクらしからぬ反応が返ってきた。

 同様にドレイクやネルフィーも言葉に困っている様子が表情から読み取れる。


「……キヌはどうしたんだ?」


 再び同じ質問を繰り返す。シンクの反応を見るに、沈黙の遺跡で何かがあったのは分かる。

 俺の心の中は不安と焦燥でぐちゃぐちゃになっていくが、こんな時ほどなるべく冷静に落ち着いて聞くべきだ。もし良くないことがあったのだとしても、それは俺の責任だ……コイツ等を責めるのはお門違いだろう。


「アークキメラとの戦闘は、苦戦いたしましたが無事撃破する事ができました。

ですがその直後、キヌ様の進化が始まりまして……それから3時間ほど目を覚ましません……」


「今、キヌはどこにいる?」


「阿吽様とキヌ様の寝室でございます」


 その言葉を聞いた俺は、返事をすることも忘れすぐに寝室へと向かった。

 そもそも進化に関しては、何度か俺自身も経験はしているがハッキリとした事は分かってはいないのだ。

 起こりうる最悪の事態を憂惧ゆうぐすると居ても立ってもいられない。

 焦る気持ちを無理やり抑えつつ、できるだけ静かに寝室のドアを開ける。

 そして、キヌが寝ているであろうベッドへ向かいゆっくりと歩いて行くが……、そこにキヌの姿はない。


「……キヌ? 起きたのか?」


 寝ているキヌを想像していただけに、その姿が見えない事で不安感と安心感が入り交じり、より頭が混乱する。


「ん。阿吽、こっち」


 すると、ベッドとは反対側から普段通りのキヌの声が聞こえた。

 その声で完全に安心したからだろう……振り返った俺は、息を飲むことしかできなかった。


「阿吽、進化……した」


 俺の目に飛び込んできたのは……、まさに女神。

 透き通るような金髪が窓から吹き込む柔らかな風に揺れ、優しそうな双眸そうぼうが俺に向けられている。

 並び立つと胸程までしかなかったはずの身長は明らかに伸びており、今近くに行けば鼻頭くらいまではありそうだ。

 そして子供用の装備を着ているせいか、その女性的な体形もはっきりと分かってしまう。

 胸の双丘や臀部はふくらみを増し、へそ回りのくびれが妖艶さを醸し出す。それは、“女子”と呼ばれる小さく幼さが残った身体ではなく、人間の年齢にすると18から20歳くらい。“女性”と表現するのが適切な体躯であった。


「キヌ……だよな?」


「ん。あんまり見られると……少し恥ずかしい」


「ちょ……ごめ……」


「……阿吽、私変じゃないかなぁ? 気持ち悪く……ないかなぁ?」


 気が付くと、俺はキヌを抱きしめていた。

 心なしか声が震えている気がしたからだ。


「気持ち悪いわけねぇだろ。見惚れるほど綺麗だぞ。それに、どんな姿でもキヌはキヌだ」


「……ありがと」


 ふと我に返ると、急に恥ずかしさが俺の頭を支配する。

 無意識でやってしまったことだったが、俺から抱きしめるような事は多分初めてだ。


「んじゃ、アルスに新しい装備貰ってくるよ!」


 咄嗟に誤魔化して離れようとしたが、キヌは俺の背中に手を回し、それを阻止した。


「もうちょっと……このまま」


「……おう」


 頭の上にある両の耳はピョコピョコと小刻みに動き、俺の首筋を優しくくすぐる。モフモフの尻尾はゆらゆらと左右に揺れていた。

 こんな至近距離だからか、キヌから香る花のような甘い匂いに頭がクラクラしてくる。


 やっぱキヌは最高だ……この世の“可愛い”を全て体現したような存在じゃねぇか。

 しかも今のキヌは可愛いだけじゃない、美しさも兼ね備えている。

 それは容姿や雰囲気だけに限った事じゃない。なんというか、もうキヌという存在全てが愛おしい。


 たぶん、『実は女神だ』と言われても俺は一切疑わないだろう。むしろ誰よりも信じ、崇め、奉り、その素晴らしさを布教する。うん、キヌを女神とする宗教を立ち上げても良いかもしれない……いや、それは絶対ダメだ! キヌを独り占め出来なくなる!

 いかん、思考がおかしな方向へ突き進んでいっているな……戻ってくるんだ俺っ!


 あ、シンク達にもキヌが起きたことを伝えなきゃな。でも、もう少し……あー、なんだこの中毒性!


「ん……ありがと。落ち着いた。そろそろ、みんなのところ行かなきゃ」


「あぁ……そうだな」


「また、夜にギュってして?」


「……ッ! お、おうっ! んじゃ、とりあえずアルスに言ってこの部屋に来てもらうから、今の体形に合う装備を選んでおいてくれ」


 ちょっと今の不意打ちはズルい……。絶対ドキッとしたのが顔に出ちゃってたな。


「それならシンクとネルフィーも呼んで。一緒に選びたい」


「分かった。着替え終わるまで俺とドレイクは外で待ってるよ」


 キヌから離れ、寝室から出るとシンク達が心配そうな顔で座っていた。

 なんか、ちょっと罪悪感だな……。


「阿吽様! キ、キヌ様はどうでしたか? あの、ステータスとか……」


 あー、そうか。俺しか他人のステータスを見れないんだ。状態異常とかが無いか心配しているんだろう。というかキヌのステータス確認するの忘れてたな……。

 後で全員のステータスをまとめて確認しよう。


「大丈夫、キヌは起きたよ。体調も問題なさそうだ。

 まぁ、ちょっと別の意味で驚くかもしれねぇけど……アルス、シンク、ネルフィーは寝室に入ってくれ。キヌの新しい装備を見繕って欲しい」


「装備……でございますか? わかりました。寝室に入らせていただきます」


 シンクは不思議そうにしているが、俺からの指示を優先してくれるようだ。アルスとネルフィーも頷き、シンクに追従して寝室へと入っていく。ドレイクには俺から説明しておかなきゃな。

 ドアの向こうから「キヌさまぁぁぁ!?」とか「どうしたのだ!?」とか叫び声が聞こえてくるが、それが正しい反応だろう。


「あの、兄貴……キヌねぇさんはどうだったんっすか?」


「進化して……身体が成長してた」


「……兄貴も進化で成長しましたよね? そんな驚くほど成長したんっすか?」


「言葉では説明できないくらい、驚いた……」


「それで、女性陣だけで何を?」


「まぁその、なんだ……服のサイズが合わなくなっててさ。わかるだろ?」


「あ……そういう事っすか! すんませんっす!」


「いや、謝る必要ねぇよ。着替えたら呼んでくれるから、そこで思う存分驚いてくれ」


「了解っす!」



 それから30分ほど経った後、シンクが俺とドレイクを呼びに来た。新しい装備が決まり、着替えも済んだようだ。

 寝室に戻ると、新しい装備に身を包んだキヌが鏡を見ているところだった。


「キヌねぇさん、なんか神秘的って言うか……めっちゃマブいっすね……」


「……だな。改めて見ても驚きが隠せねぇわ」


 それに新装備もめちゃくちゃ似合ってる。先に防具だけでも鑑定してみるか。


≪浴衣ドレス(華):防御力18。和の国のとある職人が手掛けた中期の作品。魔法によるダメージを一部軽減する効果を持つ。自動修復機能有≫


 レアリティーは赤で、単純に防具としてめちゃくちゃ優秀。その上、見惚れるほど美麗な和装だ。これはキヌのために作られた物だと言っても過言ではない。


「阿吽、どう……?」


「めちゃくちゃ似合ってる。心の底から綺麗だと思うぞ」


「ありがと……みんなが選んでくれて、私も凄く気に入った」


「おう、良かったな! そういえば、身体動かしにくくないか? 急に大きくなると違和感とかありそうだけど」


「んー、ちょっと違和感はある。けど、多分すぐに慣れる」


「そっか、なら良かった。出発前に少し身体動かして調整しといてくれ」


「ん。わかった」


 ドレイクを見るとまだ口をパクパクさせ驚いており、なぜかその横でシンクがドヤ顔をしている。

 露骨に「私たちが選びました!」って顔だな……だが、確かにいい仕事だ。シンクたちに向けて親指を立て、その優れた働きぶりに敬意を表しておこう!

 

 よし、みんな落ち着いてきたし、全員のステータスの確認をするとしようかな。

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