第121話 ヤオウのお仕置き講座


≪ヤオウ、聞こえるか?≫


≪おぉ、主か! 久しいな! 何用だ?≫


≪実はちょっと懲らしめてほしい冒険者パーティーが居るんだ。

 そいつらは、このダンジョンを使って強盗や殺人を行っている疑惑がある。現場を押さえたらそっちに転移罠を使って送るから、軽くトラウマを植え付けてやってくれ≫


≪ほぉ? それは楽しそうだな! 任せてくれ。主の期待に応えてみせよう≫


≪あ、くれぐれも殺すなよ? バルバルに引き渡さなきゃいけないから≫


≪フハハハッ! 分かっておるよ。“お仕置き”というヤツであろう?≫


≪うーん、まぁそんなところだな。んじゃ、頼んだぞー≫


 ちゃんと言い含めておいたし殺す事はないだろうが、あの感じだとやり過ぎないか少しだけ心配だな……


「ヤオウのヤツ、結構ノリノリじゃねぇか……。まったく、良い性格してるぜ。

 まぁ、退屈していたのもあるんだろうし、ちょうど良かったのかもな」

 

「阿吽、8階層の冒険者に動きがあったでござるよ。ここからはどうするでござるか?」


「よしよし、それなら2つほど罠を追加してーっと……これで良いな。細かい微調整は手動でやるかー!」


「……凄く悪い顔してるでござるよ?」


「なんかイタズラしてるみたいで楽しくなってきた」


「ヤオウのこと言えないでござるな……。阿吽も良い性格しているでござる」


「悪いことをしたらお仕置きは必要だろ?」


 んじゃ映像の方を見ていくとしますか!

 映し出されているのは、2人の女性冒険者が何かから逃げているところであり、その先は【紅の噴煙】のメンバーが待ち構えている十字路だ。女性のうちの1人は太ももにナイフが刺さっており、誰かに襲撃されたことが伺える。

 その後ろからは【紅の噴煙】のシーフがナイフを投げつけながら追いかけていた。


「ギャッハッハ、おいおい待てよぉ! もっと遊ぼうぜぇ?」


「何よアンタ! 急に襲ってきて!」


 これは相当手慣れているな。ナイフを投げるタイミングや方向で、絶妙に女性冒険者達が逃げる先を誘導している。

 そして【紅の噴煙】はシーフ以外の3人も誘導に加わり、簡単に通路の行き止まりへと2人を追い詰めた。


「残念! こっちは行き止まりでしたぁ!」


「おまえら、有り金と装備品全部出せよ。中身次第では見逃してやるかもしれねぇぜ?」


「そんなの信じられるわけないでしょ! どうせ全部奪われて殺されるに決まってるわ!」


「ハッ、よく分かってるじゃねぇか。でもよぉ、綺麗な体で死にたいよなぁ?」


「くっ……」


「わ、私の事は好きにしていいわ! でも妹だけは見逃して!」


「何言っているのよ、お姉ちゃん!」


「お前らの茶番なんかどうだって良いんだよ。早くマジックバッグから金目の物全部出せや!!」


 足を怪我している姉の方の冒険者が戦士の男に蹴り飛ばされ、壁まで転がっていく。それを見て、すぐに姉の元へと駆け寄る妹……。この二人はお互いの事を本当に大切にしているんだな。

 大丈夫、お前ら二人は助かるよ。

 妹が姉を庇うように覆いかぶさると床からカチッという音が鳴り、女性冒険者二人の足元に滑り台状の落とし穴が空いた。


「きゃっ! うわわわぁぁ……」


「お、落とし穴ぁぁぁぁ!?」


 女性冒険者2人を飲み込むと、落とし穴の入口が自動的に閉じられる。

 あの先は2階層の入口近くに出口を設定してある。しばらく滑っていくことにはなるが、まぁ問題は無い。怪我をするにしても捻挫とか打撲とかその程度だろう。

 それに、街へと続く出口の先にはバルバルが待機しているという、どうやっても助かる方にしか転ばない設定だ。


 一方【紅の噴煙】の4人は、追い詰めていた女性冒険者達が突然消えるという予想外の出来事に驚く以外の事はできず、自分たちの足元に突如出現した転移魔法陣にも気が付いていない。

 そして、魔法陣が青白く光った次の瞬間、8階層から4人の姿が消えた。


「はぁぁぁ!?」


「んなっ……! 何が起こってるんだ!?」


「急に転移させられたぞ!?」


「ここのダンジョンには罠が無いんじゃなかったのかよ!!」


 まぁ驚くのも無理はない。

 現在映像に映っているのは30階層。大きな木々が生い茂る森林と、その入り口部分である平原や岩壁のある自然豊かなフロアであり、8階層の通路型フロアとは全く違った景色だ。

 そこでキョロキョロと周囲を見渡している4人の小汚いおっさん達。会話を聞いていると転移罠にかかった事は把握している様子である。


 通常この階層には、入口となっている扉近くに帰還用の転移魔法陣を設置してあるが、今回に限ってはそれも撤去してある。この4人が無事に帰還できるとすればヤオウを倒した時のみ。

 だが、この森林エリアというフィールドでヤオウに勝つのは至難の業だろう。

 つまり、この4人は転移された時点でほぼ詰んでいるのだ。


『ゴアァァァァ!!!』


 突如巨大な雄叫びが木霊し、それと同時に4人はビクッっと身体を震わせる。

 その視線の先には、月の光に照らされた巨大な猿型の魔物が、巨大な岩壁の上で両手を振り上げその存在感を示していた。


 そして、その雄叫びに呼応するように『玃猿かくえん』という小柄な猿型の魔物が、大量に森から溢れ出てくる。

 この玃猿はDランクの魔物ではあるが、これだけ大量に出現すればAランクパーティーであってもそんなに簡単に処理できるようなものではない。しかもヤオウの咆哮でビビりまくっていた【紅の噴煙】がその状況を適切に対応できるはずもなく……


「なんなんだよ、これぇ!」


「おいおいおい、どうなってるんだよ! ここはどこなんだ!」


「罠は無いって言ってたのはどいつだよぉぉ!」


「ちょっ、あの数の魔物は無理だぞ!!」

 

 それはもう見るに堪えない状態だ。

 そのうちの1人が玃猿たちにもみくちゃにされ、血まみれになり気絶したところをかつがれ連れ去られていく。

 まぁあの血のような液体は、握り潰した果実を塗りたくっているだけなんだけど……


 玃猿たちは真っ赤な液体で両手と口元を濡らし、妙にフルーティーな香りを漂わせながら可愛らしい笑顔で残った冒険者達をジッと見つめている。

 だが、冷静な判断ができないヤツらから見れば、さぞかし凄惨せいさんおぞましい光景に見えているのだろう。残された3人は武器を構える事もできず、肘や膝をガクガクと震わせている。


「何だ……あの魔物はよぉぉぉ! 俺達を食おうってのか!?」


「うわぁぁぁ!! たた、助けてくれ!!」


「嫌だ! 嫌だ! 嫌だぁぁ!!」


 ヤオウ達のお仕置きはまだまだ終わらない。いつの間にか岩壁から移動していたヤオウが冒険者たちの背後へと静かに回り込み、両手を叩いて“バチィィン!”と大きな音を鳴らすと、その音に驚いた3人は散り散りに森の中へと逃げ込んでいく。

 ……こうなってしまえば、もう助かる見込みはない。


 数分後には玃猿たちに上手く誘導された冒険者達が、森の中に仕掛けられた罠に引っかかり身動きが全く取れない状態にされていた。

 ある者は落とし穴に落とされた後、上から砂や泥、でっかい虫などを投げ込まれ、またある者はつた雁字搦がんじがらめにされたまま木に吊るされ石を投げつけられる。その下では恐怖や不安を煽るかのように真っ赤なナニか果物を美味そうに頬張る玃猿たち……


 そこからは全員が気絶するまで恐怖を煽られ続け、気絶したそばから水をぶっかけて叩き起こされ、また気絶するまで様々な方法で恐怖を植え付けられる。

 これが2時間ほどみっちり続き、完全に心を折られ魂の抜けた【紅の噴煙】の4人は、気絶したまま転移魔法陣にて再び8階層の十字路まで飛ばされた。



 その後、被害にあった姉妹の冒険者は無事バルバルに保護され、【紅の噴煙】の4人はバルバルの派遣した冒険者達に8階層で確保された。

 これから余罪などを調べ上げられ、それに合わせた罰を与えられる事だろう。予想としてはうん十年単位の強制労働に就くことになるのではないだろうか……。

 


 翌日、ヤオウや玃猿たちを労い、プレンヌヴェルトダンジョンの30階層でフルーツの盛り合わせを食べていると、シンクから帰還したという念話が入ってきた。


 この時の俺は、予想だにしていなかった。

 キヌにあんな変化が起きているなんて……。

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