第149話 父と母


~魔大陸 某所~


――イブルディア帝国がアルト王国へ侵攻を開始している頃、ゾアは“鬼目衆”の拠点に帰還していた。


「只今スフィン大陸から帰還しました」


「ご苦労。任務は無事完遂できたか?」


「はい、問題なくグランパルズは始末してきましたよ」


「よくやった。さすがに“魔人化”なんて研究を許すわけにはいかないからな……」


 ここ魔大陸でゾアと対面しているこの男は紛れもなく人族。魔族が圧倒的多数を占めるこの地に於いて人族は相当に希少な存在だ。


 黒髪黒目のこの男……名を『百目鬼どうめき 朱点しゅてん』という。

 阿吽の父にして【武神】百目鬼 大獄の息子であり、大獄との親子喧嘩で武京国にある島を一つ消滅させた後、この魔大陸で“鬼目衆”を立ち上げ、頭領として30年近くサタナスと対立している人物だ。


「そういえば、頭領にひとつご報告があります」


「何だ? そんなニヤけた顔して珍しい……」


「ご子息がアルト王国の序列戦で優勝しましたよ」


「へぇ……。あいつは元気そうにしてたか?」


「それはもう。まだまだ粗削りですが、戦っている姿はまるで大獄様のようでした。ただ……種族が鬼人族になっていたのには驚きましたけどね」


「はぁ!? 何がどうなったら種族が鬼人族になるんだ? やっぱクソ親父に阿吽を任せたのは間違ってたか……。あと、それかぐや・・・には言わない方が……」


「あら? 何を私に言わない方がいいのですか?」


「かぐや……いつから居たんだ?」


「今来たばかりですよ。それよりも、何の話です?」


 突如、朱点の横に現れた妖艶な女性。名を『百目鬼 かぐや』といい、朱点の妻にして阿吽の母である。

 腰のあたりまで長く伸ばした黒髪は艶やかで、整った容姿に和装が映えるその姿はまるで人形のよう。年齢は定かではないが、阿吽の実年齢が28歳を超えている事を考えると察して余りある。だが、その容姿や雰囲気からはどうやっても年齢相応には見る事ができない。


「阿吽坊ちゃんの話ですよ、奥方」


「まぁまぁ! 阿吽くんの事ですの!? さぞカッコいい男性になっているのでしょうねぇ! 詳しくお話を伺っても?」


「俺も詳しく聞きたい。阿吽を親父に預けたのは、あいつがまだ2歳の頃だったからな。どんな成長をしたのか聞かせてくれ」


「そう言われましても遠目から見ていただけですから……。あ、そういえば阿吽坊ちゃんの仲間という2人の女性と少々戦ってみましたが、なかなか見どころがありましたよ。それに2人とも容姿端麗で見惚れるほどの美女でしたね」


「あらあら! 阿吽ちゃんも隅に置けないですねぇ」


「って、おい……魔族のお前が人族と戦闘なんかしたら勘違いさせるだろうが」


「大丈夫です。一切傷は負わせないよう手加減しましたから。それに、序列戦で優勝するほど目立つようになってしまっては、サタナスの奴等に目を付けられる可能性もあります。強くなってもらわねば、あなた方お二人も気が休まらないでしょ?」


「それもそうだが……」


「良いではないですか? 男性は強い方がカッコいいのです!」


「かぐやはブレないな……」


「というか、私に聞かせられないというのは?」


 ゾアがチラッと目配せすると、朱点は渋々頷く。そこまで聞かれていてはもう隠せないと悟ったのだろう。


「坊ちゃんを鑑定してみたのですが、種族が【羅刹天】というものでした。容姿の特徴から察するに、十中八九“鬼人族”でしょうね。人間が鬼人になったという話は聞いたことが無いので何とも言えませんが……」


「私、ちょっと急用ができました。今からスフィン大陸に行って参りますね」


「ちょ、ちょっと待て! 現状かぐやに抜けられたら、こっちがかなりヤバくなる!」


「あらあら……、それを何とかするのが頭領であるあなたの役割でしょ? それに、お義父さまに阿吽くんを任せる時に約束しましたよね? 何かあったらどんな状況でもスフィン大陸に行かせていただくって」


「チッ……だから聞かせたくなかったんだ……。ってか、アイツは序列戦で優勝するほど元気なんだぞ? まだ何かあったって決まったわけじゃないだろ」


「本来であれば、何かあってからでは遅いのです!」


 こうなってしまっては朱点でもかぐやを止める事はなかなか容易ではない。普段は夫を立てる妻のようだが、一度決めたら突っ走る性格であるようだ。そう考えると夫婦間の力関係は妻に若干軍配が上がる。


「わかった、じゃあこうしよう。ゾアならそんなに時間をかけなくてもスフィン大陸に行くことができる。だが、今すぐに向かわせるわけにもいかない。こっちの戦況が落ち着いたら再びスフィン大陸へと行き、阿吽と会って話をしてきてもらう。その内容次第でお前も行けばいい」


 かぐやがうつむき、しばし熟考した後に顔を上げる。

 今まで押し殺してきた感情……“何を差し置いても息子のところへと向かいたい”という気持ちは溢れ出て止まらないが、自分が魔大陸から抜ける事で出るであろう仲間の被害を考えていた。

 かぐやの性格上、この折衷案せっちゅうあんも聞き入れられないかと朱点は考えていたが、今回はそうならなかった。

 それ程までに現状の魔大陸は切迫した状況下にあるのだ。


「……もうひとつ約束してください。3年でできる限り状況を打開します。なので、今からちょうど3年後にスフィン大陸へと向かう許可をください」


 意外にもかぐやの口から出た言葉は建設的なものだった。


「わかった。約束する。ただ俺も、大人になった阿吽に会ってみたいんだ。……だが、アイツは多分俺達の事を覚えてはいないだろう。それに、阿吽がこの魔大陸で産まれた事も親父から知らされていないはずだ。だから、ゾアからひとつ提案をしてもらう。その内容は――――」


 ゾアが阿吽と出会う時……、どのような提案をされ、阿吽がどんな選択をするのか。それが分かるのは今から1年後の事である。

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