第139話 任務の遂行
~ブラキルズ視点~
「ハァ、ハァ……。ギリギリだったが、なんとか逃げ切れたな……」
ここは帝城にある隠し部屋。
“阿吽”と呼ばれていた鬼人族の男との戦闘で、片翼と片腕を失うという深手を負ってしまったが、会話で油断させ時間を稼ぐことで中距離転移の魔法を発動する事ができ、なんとか逃げ切る事ができた。
おそらくヤツはまだまだ全力を出してなどいないのだろう。その証拠に、半分遊んでいるかのような表情を終始崩さなかっただけでなく、俺を殺す事よりも情報を聞き出す事を優先した。そのお陰で転移する隙をつけたのだが、逃げ切る事ができた今、心に余裕が生まれた事で余計に阿吽という存在が恐ろしいと感じている。
事実、俺は安堵しているにも関わらず、残った左手の震えが止まらない……。
「っく……。痛てぇなぁ。アストルエじゃねぇんだから欠損した腕は戻らねぇってのによぉ」
半ば自分を落ち着かせるように、自分に言い聞かせるように、悪態をつく。
俺やアストルエ、グランパルズは、魔族の中での単純な武力は中の中……。人族と比べればもちろん相当強い部類に入るのだが、こと魔族の中でとなると本当に平均的な強さだ。
サタナスという組織の中で俺達3名がスフィン大陸での任務を任されたのは、それぞれが特殊な能力や知識を持っていたからだ。
アストルエは【超回復】というスキルを持っており、頭と身体の半分が無事なら、一瞬で自己の肉体を完全回復できるというぶっ壊れ級の能力だ。もしアストルエを殺そうとするならば、身体の70%以上を瞬時に破壊しなければならず、戦闘能力に大きな差がない限りタイマンでは殺されることはない。
それにもかかわらず念話が繋がらないとなると、阿吽の他にも俺達を圧倒するような強者が最低でももう1人は居たことになり、アストルエはもうこの世に居ないという事実の裏付けにもなってしまう。
状況的に見ると、それがあの獣人の小娘だというのは確実なのだろうが、如何せん信じがたい……。
数か月前にゾアによって殺されたグランパルズは研究者だった。
ヤツのスキルは【抽出】と【配合】。人族を魔人化させることができるような天才だったが、その数少ない成功例の水面下には何百もの人族の死体が折り重なっている。さすがに失敗例はグロすぎて俺でも不快に感じるほどだったが、本人はそれを見ながら飯を食えるようなイカれた野郎だった。
この魔人化技術に関しては不完全ではあるが一定の成果は出せていると言っていた。ただ、この研究成果がどこにあるのかは仲間である俺達ですら知らない。
今思えば、定期的に本部へと連絡はしていたため、放っておいたのがいけなかった。研究資料の在処を教える事無く殺されたため、どれだけ探しても見つからなかったのだ。資料があれば、この身体を再生できる手掛かりになったかもしれないのに。
そして俺の能力は【転移】と【精神操作】。転移に関しては【座標指定】というスキルと闇属性魔法を組み合わせて応用したものだ。大陸間や国を跨ぐような長距離の転移は魔導具や協力者が居なければ大きなリスクを伴うが、周囲5km程度の中距離転移くらいであれば数分の準備時間の後に任意の場所へ転移が行える。
精神操作に関しては条件が厳しく、同時に操る事ができる上限もある。戦闘中に使用するには扱いが難しいものだが、対象との実力差が離れていれば問題は無い。具体的には、Sランク下位の魔物程度であれば操る事ができる。
この2つの能力があったためスフィン大陸と魔大陸の移動を行うことや、帝国を裏から操作する事ができていたのだ。
計画は順調だった。つい数時間前までは……。
長い時間をかけて周到に準備してきた計画だったはずなのに、それが一夜にして破綻した。
「クソッ! 阿吽達さえ居なければ、計画は滞りなく完遂できていたはずなのに!」
だが、まだだ……。俺が生きてさえいればこの計画はまだ立て直すことができるはず。それにあと5年ある。スフィン大陸全土を混乱に陥れる事ができなくても、1国くらいならなんとでもなるはずだ。
俺の能力であれば、それができる!
この部屋は俺とアストルエ、グランパルズと洗脳している一部の人間しか存在を知らない。しばらくはここで傷を癒し、サタナスの上層部へ情報を伝えるために魔大陸に戻ることを優先しよう。
――コツッ、コツッ……
不意に、俺以外は誰も居ないはずの室内で靴音が聞こえた。
「……っ! 誰だ!?」
「別に誰だって良いだろ? どうせお前は死ぬんだ。そんなことをお前が知る必要はない」
暗がりの部屋に
「お前は……ノーフェイスっ!」
「ほぉ? 魔族でもその異名は知っていたんだな」
――なぜこの部屋を知っている?
――なぜ俺がここに戻ってくることが分かった?
――なぜこんなタイミングで……いや、
違う。そんな事よりも今考えなければならないのは、何とかしてこの危機を脱する方法だ。精神操作は効かないだろう。数年間で集めた情報では、コイツの戦闘力は個人でSSランクの魔物にも匹敵する。
となると、阿吽の時と同じように会話で時間を作って転移で逃げるしかない。だが、コイツが興味を示す話題が見つからない。
「ま、待て! お前の望みはなんだ!?」
「俺の望み? ……そうだな。それはお前の
ダメだ。コイツ、全然会話が嚙み合わない。それでも時間を稼がねば……。
「なぜだ! なぜ俺を狙う! 俺がお前に何かしたか!?」
「俺を利用しただろう? その対価を払ってもらわなきゃならない」
「ちょっと待ってくれ! 何のことか……」
「うるさい……もう死ね」
目の前に居たはずのノーフェイスの姿がフッと消えたかと思えば……耳元で囁かれた、凍えるような声。
「いつのまに……ガヒュ」
避ける事も防ぐこともできなかった。
そもそも、いつ斬られたのかさえも分からなかった。
それでも地面を這いつくばるような視界と、頭をなくした肉体の首から噴出する血飛沫から己の現状を嫌でも理解させられる。
その現状を作り上げたこの男。
死ぬ間際に自身の
「狂っテ……ヤがる……」
「そんなことは、何十年も前に自覚している」
吐き捨てるように言葉を発したノーフェイスは、「用が済んだ」とばかりに俺から興味を失い、自身の影に潜っていく。ヤツもまた闇属性の魔法を扱うことができたようだ。
隠し部屋に取り残された俺の命は持って数分……。しかもこんな状況では、もはやできる事など限られている。
どこで計画が狂ってしまったんだ?
俺達の知らない所で何が起きていた?
思っていた以上に人族は魔族に対抗しうる武力を持った奴がいる。この情報を何とかして報告せねば……。
せめて、俺をこんな状況に追いやったヤツの名前だけでも……。
長距離転移に必要な魔力は切り離された己の胴体を使えば
それに、どうせ何もしなくても数十秒後に俺は死ぬ。リスクなんか考える必要はない。転移させるのは、この頭のみでいい……。
最後の力を振り絞りスキルを発動すると視界が黒く暗転した。
――もう何も見えない。おそらく
キーンと響く耳鳴りが止まず、周囲の音が聞こえているかも不確かだ。
だが、誰かが俺の名前を呼んでいる声がうっすらと聞こえる気がする。
今ここがどこなのか、無事にサタナスの拠点へ転移できたのかも分からない。
それでも、一言だけ。
命の灯が消えるその前に、最後に一言だけ発しなければならない。
我々の脅威たり得る男の名を……。
「……あ゛……うん……」
潰れた喉で必死にその三文字を言い終えると、俺の意識は深い闇の中へと堕ちていき……プツリと途絶えた。
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