第140話 光陰


~ルナ皇女視点~


 現在、わたくしは阿吽さんのパーティー【黒の霹靂】の一人ネルフィーさんと共に緊急脱出路を帝城へと向かい逆走しています。今頃帝都会議場ではスフィン7ヶ国協議会が開催されている頃でしょう。

 この脱出路は用途通り帝城から脱出するのであれば、三又に分かれた分岐路を全て直進、二手に分かれているところを全て右ルートの選択をすれば出口に辿り着くことができますが、出口からの逆行となると、そうはいきません。皇族以外の侵入を防ぐために、道順は迷路のようになっており一度迷うと二度と出る事もできなくなってしまいます。

 さらに、脱出路の存在自体を知っているのも皇族のみ。つまり、わたくしを除き皇帝である父のみのはずです。しかし……


「ネルフィーさん、この通路も安全とは言えません。皇帝が魔族に洗脳されている今、魔族もこの通路については知っていると考えた方がいいでしょう」


「そのようだな。前方5mから20m先までに罠が7つ仕掛けられている。すぐに解除してくるから少しここで待っていてくれ」


 もうすぐ帝城へ辿り着けるというところで罠が仕掛けられていたようです。

 わたくしが帝都を抜け出した時にもこの脱出路を使いましたが、その時は罠なんか設置されていませんでした。ということは、やはり魔族にもこの脱出路の存在は知られてしまっているようです。

 それにしても、ネルフィーさんはさすが阿吽さんのパーティーメンバーなだけはありますね。この暗がりの中で20m先の罠まで正確に見抜けるとは……。


 阿吽さんの異常さは、アルト王国へ到着してから何度も目の当たりにしてきました。イブルディア帝国陸軍との戦争での活躍、あの・・ノーフェイスと対峙した時の余裕、そしてダンジョンマスターという特異的な能力……。このような言い方は不適切かもしれませんが、正しく“化物”であると感じました。

 いえ、阿吽さんだけではありません。魔導飛空戦艇を単独で5隻も沈めた竜人族のドレイクさんや、阿吽さんと共にたった二人で戦場を蹂躙したシンクさん。それに、その二人を鎮めたキヌさんも間違いなく強者。ただ、これまでネルフィーさんはその実力を見ていませんでした。

 ですが、2人で行動していると『実力を隠していた』という表現が適切であると感じます。この方もまた、彼らと肩を並べる事ができる相当な傑物けつぶつなのでしょう……。


「待たせたな。この先感知できる範囲は罠がなさそうだ。また見つけ次第同様に解除していくから、私の後ろを歩いてくれ」


「えぇ。よろしくお願いいたします」

 

 ここまで来れば帝城はもうすぐ。この先は分かれ道もなくひたすら道なりに進んで行くだけです。すると、珍しくネルフィーさんから話しかけられました。


「ルナ殿下は……この計画を実行するのに障害となる帝国兵が現れた場合、そいつ等を殺す覚悟はあるか?」


「……そうですね。できれば殺したくないというのが本音です。しかし、計画の遂行が第一優先事項。その邪魔をしてくるとなれば、致し方がないことだと割り切っております」


「そうか、なら安心した」


 なぜ今その様なことを……? と考えていると、その理由はすぐにわかりました。


「7人か……。そろそろ出てきたらどうだ? さっきからバレバレだぞ?」


 ネルフィーさんの言葉に反応し、7人の黒ずくめの者たちが姿を現しました。

 前方から3人、後方から4人。わたくしは全く気付けませんでした……。途中から尾行されていたようです。おそらくは罠の設置してあった地点。というか、この装いは……、


「帝国の暗殺部隊……」


「やはりか。それなりに上手く隠れていたからな」


 人数的にはかなり不利。わたくしも戦うことはできますが、どう上手く立ち回ってもこの者たちを2人足止めするのが精一杯。この状況をどうにか打開しなければ、計画どころか私たちの命がありません。

 ネルフィーさんであれば、5人を相手にしても何とか立ち回ってくれるはず……。そう信じて腰に装備した短剣を手に取ろうとして、ネルフィーさんに止められました。


「もう勝負は付いた」


「え……?」


 その言葉に困惑していると、周囲を囲んでいた暗殺部隊の全員が地面や床、天井から突然生えた植物の蔦に両手足を絡めとられ身動きを封じられました。先ほどの言葉から察するにネルフィーさんの魔法でしょう。ですが、一瞬でこんな的確に魔法を発現させられるとは思っていませんでした。


「さて、先に進もうか」


「でも、このままではいずれ拘束を解かれてしまいます! 万全を期すならこの場で全員を殺しておくべきです!」


「それなら大丈夫だ。もう、全員殺したから」


 え……? 

 えぇぇぇぇぇぇ!!??


 いつ攻撃したか分からなかったどころの話ではありません。あの樹属性魔法は四肢を拘束するようなものであって命を奪えるようなものではなかった。それに、ネルフィーさんはずっとわたくしの隣に居ました……。ですが、ネルフィーさんが虚言を言っているようにも見えません。

 蔦から解放された7人の暗殺部隊員を見ると全員が床に伏せ、胸や首から出血しておりピクリとも動きません。


 しかも相手は帝国の暗殺部隊。当然相当に訓練された者たちです。冒険者のランクにするならばAやSランクに到達する猛者たち……。それが一瞬で、しかも7人同時に、断末魔をあげる事も許されず、その生を終わらされている。

 こんなの……、こんなことができるのって…………


 わたくしの知りうる限りでは、1人しか――――


「……ノー、フェイス……」


「ん? 何か言ったか?」


「いえ! なんでもありません……。先を急ぎましょう」


 先程まで頼もしく感じられたネルフィーさんが、急に恐ろしく感じます。

 味方でさえも恐怖心を掻き立てられるほどの圧倒的な力が、この細い身体に内包されている……。


 一瞬頭に過ぎった変な考察を無理やり抑え込み、今はその華奢な背中を追いかけます。色々と考えさせられることが多くありますが、この場では計画を遂行する事が先決。


 そう……皇帝を、私の父を殺す事が私に課せられた任務であり、この国を救う唯一の手段なのです。

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