第77話 イブルディア帝国第一皇女
ルザルクと連絡を取った翌日の夜、俺達は約束の時間少し前に『黄金の葡萄亭206号室』へと来ていた。
30分程待っていると、ルザルクとレジェンダ、そして冒険者の格好をした見慣れぬ女性が部屋へと入ってきた。
「すまない、待たせたな」
「それほど待ってない。それより、そっちの女性は?」
17歳くらいだろうか。切れ長の目に縦巻きの金髪、化粧もしっかりとされている。
さすがに、これで冒険者って事はないだろう。
「ルザルク殿下から聞いてはおりましたが……本当に殿下に対してそのような喋り方なのですね」
「ルザルクには敬語も敬称も不要と言われている」
ルザルクを見ると苦笑いを浮かべている。こっちから名乗れってか?
第二王子のルザルクが気を遣う相手ねぇ……。
「俺達は、Sランク冒険者パーティー【黒の霹靂】だ」
「わたくしは、イブルディア帝国第一皇女、ルナ・イブルディアでございます」
え? 今何って言った?
イブルディア帝国第一皇女!?
「マジか。さすがに予想しなかったぞ」
「最初は僕もびっくりしたよ。急な来訪だったしね……
ただ、ルナ皇女殿下からの情報が本当なら、これからとんでもない事になりそうなんだ……」
「まずその情報から教えてくれ。じゃないと話が先に進まん」
「そうだね。じゃあ大枠は僕から説明するよ。
ちょっと衝撃的なんだけど……近々イブルディア帝国が、この国に向けて侵攻を開始する可能性が高い。しかも2か所同時侵攻だ」
「はぁ!? 冷戦って聞いてたが、そこまで切迫した状況だったのか!?」
「いや、そんな事はなかったはずだ。そもそも5年前に冷戦状態となったのだって、突然で一方的だったんだ。
内情を調べようとした諜報員は、ことごとく始末されているし、状況を正確に掴めなかったというのもあるけどね」
「それで、そんな状況なのに第一皇女様が敵国に来るってのは、どんな理由だよ」
「それは、戦争を止めたいからでございます!
……5年前から今日まで、イブルディア帝国の中枢で起きていた事を全てお話しします。
ですので……わたくしの言葉を、まずは信じてもらいたいのです!」
真剣な眼差しだな。それにキヌを見ると軽く頷いている。
一応は信用してもよさそうだ。
「分かった。話してくれ」
「はい。まず、わたくしの父であるイブルディア皇帝は……魔族に洗脳されております」
「マジかよ……ここでも魔族か……」
「そしてその魔族は、わたくしにも洗脳の精神魔法をかけましたが、母の形見であるアミュレットの効果でわたくしはそれを免れることができました。
ただ、それを知られてはならないと……今日まで洗脳されているような演技をし続け、アルト王国へと来る機会を窺っていたのです……」
「凄いな、そんな状況でよくここまで来られたな……」
「それは……このバニッシュマントを使ったのでございます。効果時間は短いですが、魔力を通すと一定時間は気配を消し透明になれる帝国の
また、できるだけ人気の無い国境を超える必要があり、レイヴン峡谷を越えてきたのですが、その時に、わだ……わだぐじを……この国に送り届けるために……た、大切な二人の、命がっ……」
ルナ皇女は、話しながら血が滲むほど唇を噛みしめ、大粒の涙を流している。
必死に伝えようとしてくれているその姿は、ここまでの旅が決して楽なものではなかったことを如実に物語っていた。
「すまない。辛いことを思い出させた……少し休憩するか?」
するとルナ皇女は腕で涙を拭き取り、一呼吸深く息を吐くと話を続けた。
「いえ……みっともないところをお見せして、申し訳ございませんでした……。
帝国の中枢には、わたくしがこの国に入った事をまだ知られてはいないでしょう。姿をくらましている事で多少混乱しているとは思われますが、侵攻を止められることはないと思います……。
わたくしは、この戦争の被害を最小限に食い止める事で、わたくしに最後まで付き合ってくれた2人が、必死に生きた証としたいのです!」
俺は、この女性をナメていたようだ。
こんなにも強い意志で、自分の命を捨ててでも、敵国であるアルト王国の人命を守ろうとし、戦争の被害を抑えようとしている。
それに、これが演技とはいくらなんでも思えない。
「ルナ皇女殿下の気持ちは受け取った。
それで、具体的にはどれくらいの規模の侵攻なんだ? あと魔族の目的は?」
「侵攻の時期はおよそ1か月後。
侵攻規模は5000程度の兵ですので、国境での小競り合い程度ではないかと考えます。
しかし、真の目標は『竜人族の里』への攻撃です。魔族の目的も竜人族の滅亡かと」
「ちょ、ちょっと待って欲しいっす! なんで竜人族の里なんっすか!?
それにあそこは山岳地帯っす。地理的に考えても、簡単に侵攻できる場所でも距離でもないはずっすよ!」
竜人族の里への攻撃か……
ドレイクが
追放されたとはいえ故郷が滅びる可能性があるんだ。
それにドレイクの言っている事は正しい。
帝国からの距離も遠く、目的地が山岳地帯への侵攻。
さらに、個体として強力な竜人族を滅亡させるだけの兵を進ませるというのは、リスクも兵糧も割に合わない。
「皇帝が洗脳される以前より、我が国では飛空艇という空を飛ぶ巨大な船を造船しておりました。
元々は各国の貿易を充実させ、よりこのスフィン大陸が発展するように、と。
しかし、皇帝が魔族に洗脳されてからは、その目的が大きく変わりました。『空を支配する』ことに……
そして、大陸の発展の為に造られていた飛空艇には、大砲や巨大な攻撃用魔導具を装着し、戦艇としての改造を施されていきました。
現在、イブルディア帝国にある魔導飛空戦艇の数は、“ボットロック”という都市に10隻。
その全てに約150名の兵が乗船可能です」
「飛空戦艇……そんなものを造っていたのか。ちなみに攻撃用魔導具の破壊力は?」
「主砲の一撃で……この街の20%が壊滅いたします」
「そ、そんな……」
場が静まり返る……
その沈黙を破ったのはルザルクだった。
「ルナ第一皇女は、文字通り命がけでこの情報を持ってきてくれた。
だが、残念ながら少なからず血は流れる事になるだろう。そして、一度始まった戦争を止める手段は、皇帝もしくは主導している魔族の死亡か……この国の滅亡のどちらかだ。
……正直なところ、現在の我が国に帝国の魔導飛空戦艇と真っ向から張り合える手段はない。
そこでSランクパーティー【黒の霹靂】に指名依頼だ。依頼内容は竜人族の避難誘導もしくは戦争への協力依頼と、可能であれば巨大戦艇の破壊、そして皇帝を操る魔族の抹殺。まずは竜人族の避難からお願いしたい」
「随分と難易度の高い依頼だが……できる限りの努力はする。この国の存亡がかかっていそうだしな……。
まずは、今すぐ竜人族の里に向かうとしようか」
「よろしく頼む。それと、阿吽に渡しておくものがあるんだ」
そう言って小型の魔導具を渡してきた。
「これは、私と直接連絡が取れる通信型の魔導具だ。急遽作成したから、今はこれともう一台しかない。何かあったら連絡をしてくれ」
小型通信魔導具? これルザルクが作ったのか!?
ってことは闘技場やプレンヌヴェルトにある魔導具を開発したのも……
「ルザルクは魔導具師でもあったのか?」
「子供のころから機械を触るのが好きでね。趣味で色々作っていたらいつの間にか、って感じだ」
「有能すぎんだろ……いや、そんなことを言っている時間はなかったな。急ぐからドラゴンで飛んで行くことも許可してくれ」
「あぁ。そこのドレイク君が竜人なのだろう? 許可するから急いでくれ」
さすがにバレてたみたいだな。まぁその方が今後色々と都合が良い。
俺達5人は街を出ると、【竜化】したドレイクの背に乗り、竜人族の里を目指して移動を開始した。
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