第45話 阿吽の過去


~14年前 王都アルライン~


「ちょっとアウン! さっきの戦闘、前に出過ぎよ!」


「うっせぇな。別にいいだろ、討伐できたんだし!」


 冒険者ギルドの一角で、俺達新人冒険者パーティーはクエスト報告をしていた。


 その日は、Dランクに上がって初めての討伐クエストを受けていたんだ。

 幼いころから爺ちゃんに剣術の指南を受けていた俺は、他の新人冒険者よりも強く、冒険者になってすぐは傲慢になっていた。まぁ所謂いわゆる“クソガキ”だな。


 ただ、そんな俺と互角に勝負が出来る同年代の男がいた。

 炎のような赤い髪、子供にしては大きな体躯、いつも無表情で無口な男、ブライド。


 俺とブライド、魔術師のエリア、癒術師のダリアス、弓術士のメロリアの5人で組んでいたパーティーが【嵐の雲脚】だ。


 ちなみに俺以外の4人は全員貴族の子供だ。その4人も幼いころからそれぞれ戦闘術を学んでおり【嵐の雲脚】はアルラインでも期待のホープと噂されていた

 そんな俺達だが、Dランクのクエストでは苦戦するような敵もおらず、一人でも討伐可能な魔物ばかりであったため、連携に関してはお世辞にも上手いとは言えなかった。


「早くランク上がらねぇかな。雑魚ばっかり倒しててもつまらねぇぞ」


「……それに関しちゃあ同感だ」


 珍しくブライドが返答した時、冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれた。


「みんな! この街の近くでダンジョンが発見されたぞ! 街の北東だ!」


 その言葉に冒険者ギルド内部が沸き立つ。

 ダンジョンはどのランクでも潜る事が出来る。自己責任ではあるのだが、レアなアイテムが見つかりやすく、さらに発見された最初ほど希少性が高いアイテムが出やすいと噂もあったからだ。

 当然【嵐の雲脚】もダンジョンに潜る事になり、ろくな準備もせず全員が走り出したため、ギルドに居た誰よりも先にダンジョンに辿り着いた。


 ダンジョン自体は単純な構造であり、魔物自体もDランク程度だ。

 どのパーティーよりも早く攻略できている高揚感も相まって、パーティー全員が残りMPや矢の管理が出来ていないのに気付いたのは5階層まで到達した時だった。


 5階層の通路を進むと、扉を開けるとボス部屋だった。Bランク下位の魔物【ナーガ】。

 蛇の身体に4本の手が生えている中型の魔物なのだが、コイツの厄介なところはその狡猾こうかつさだ。

 序盤は善戦していたものの、後衛のMPや矢が切れると徐々に形勢は逆転していく。さらに、身体で出口を塞ぎ逃げられないようにされた。

 俺は体力が半分ほど減ってはいたが、まだ戦えると思っていた。

 ……しかし、そう思っていたのは俺だけだったようだ。


突然ブライドは後ろから俺の後頭部を殴ると、おとりにるすように俺を蹴り倒した。そしてナーガが俺に気を取られている隙に、4人は素早く逃げ出した。

 初めから、ピンチになったらそうしようと示し合わせていたように……。


 その後ボス部屋に一人取り残された俺だったが、爺ちゃんの指導でいつでも回復ポーションは大量に持ち歩いていた。

 その大量のポーションを使い、何とかナーガを倒した俺は、命からがら転移魔法陣に触れ、ダンジョンから脱出することが出来た。


 だが、俺が王都に戻ると既に手は回されていた……

 『貴族の子供達がパーティーメンバーを見捨てた』という事実は貴族にとって不都合極まりなかったのだろう。


 逆に俺がみんなを攻撃し、『獲得したアイテムを独占しようと企んだ』という事にされていたようだ。

 そんなことを知るはずもない俺は街に入った途端、貴族たちに連行されたのだ。

 そして言われた……。


「今回の件は無かった事にしてやる。今すぐ王都から出ていき、二度と戻ってくるな」


 俺の言う事は誰も信じてくれず、結局王都から出るしかなかった。

 ……しかし、俺は怒りが収まらなかったんだ。


 いつもケンカはしていたが、信頼していた仲間に……唯一ライバルだと思っていたブライドに裏切られた事は、飲み込むことができるレベルを超えていた。


 アルラインを出てからは、近くの森に潜んだ。ブライドに復讐するために。

 俺は、ブライドが時々一人で夜に森の方へ出ていくのを知っていたからだ。


 1か月後、チャンスは巡ってきた。

 ブライドが一人で森に来たのだ。……しかし、そこで見てしまった。


 ブライドが魔族と密会しているのを……。


 それを見た瞬間、俺は慌てて逃げだした。怒りなんかすぐに吹き飛んでいた。

 とにかく考えていた事は「ヤバい、逃げなければ!」ただそれだけだった。


 魔族の姿や、その恐ろしさは幼い時から聞かされていた。

 2000年前の『人魔大戦』。今では御伽話おとぎばなしになっており、信じている人も少なくなっているが、人間と魔族は戦争をしていた。

 その戦争の最後は地形を変えるほどの魔法のぶつかり合いにより決着が付いたとされ、現在人間や獣人、エルフなどの亜人が住んでいるこの『スフィン大陸』の他に、『魔大陸』と呼ばれる魔族が住んでいる大陸があるとも言われている。しかし地図や文献にソレはなく、あくまで昔話や伝説の類として継承されている話だった。


 俺は逃げた。形振なりふり構わず、とにかく遠くへ。

 そして辺境都市と呼ばれるレクリアに辿り着き、冒険者として生きていくことになる。何も知らないフリをして……。



◇  ◇  ◇  ◇



「そういう訳なんだ。なぜブライドが魔族と密会していたのか、それは分からないが、とにかくブライドはヤバい。でも一度死んで魔物になったときに決めたんだ。『もう逃げない、誰よりも強くなって好きに生きてやる』ってな」


 話し終えるとキヌが俺を強く抱きしめてくれた。


「阿吽……つらかった……」


「ありがとうな、キヌ。でももう大丈夫だ。今の俺にはお前たちがいる。もう独りじゃない」


「兄貴にそんな事をしただけじゃなく、誘拐まで……俺マジで許せないっす」


「ブライドは5年前にはSランクになっている。それに炎の魔剣を持っているって話だ。必ず序列戦にも参加してくる。

 そこで、ヤツを完膚なきまでに叩き潰す。それに加えて序列1位になれば、俺たちの発言力も上がり、亜人たちの誘拐の事も正しく罰せられるはずだ。

 だが、国がそれをしないって言うなら、いっそのこと俺が国ごと叩き潰してやる」


「阿吽、私たち亜人のためにそこまでしてくれるなんて……感謝の念に堪えない」


「お前らはもう俺の仲間であり、家族だ。家族を苦しめた奴らを、俺が野放しにするなんてことは絶対にしない。お前らも【星覇】の誰かが苦しんでいたら放っておかないだろ? それにネルフィー、お前が必死に動いたから今の結果があるんだぞ。『ありがとう』って一言で十分だ」


 話が一段落ついた俺達は、すぐにミラルダへ向かって走った。


 明朝【黒の霹靂】5人は、誰にも見つかることなくミラルダの街に入り、それぞれが普段を装い宿屋のベッドに入った。


 さて、俺は奴隷商に向かうとするか。


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