第213話 劇薬

 

 ~アルト王国 某所~


 そこは、月明りがわずかに届く薄暗い空間。

 夜行性の魔物の遠吠えが微かに聞こえるその場所に、二つの月影が並んでいた。


 一人は【血濡れ】と呼ばれるアルト王国の狂人、そしてもう一人は落涙と狂喜の仮面を着けたイブルディア帝国の怪人【顔無しノーフェイス】。

 決して和やかとは言えない雰囲気を纏いつつ、それでも敵対の意思は互いに無い。


「それで? 10年以上も待たされたわけだが、例の物は手に入れたんだろうな?」


「クフフフ……もちろんですよ。貴方の探していた禁書はこちらでしょう?」


「失敗したかと思ったのだが……心配は無用だったようだな」


「私は嘘吐きですからねぇ、騙すことは得意分野ですよ。ただ、あの爆弾には驚かされましたが……」


 フェルナンドの仕掛けた爆弾によって王城の禁書は書棚や机などが軒並み破損し、中に保管されていた書物もほとんどが焼失した。これによりジョセフの思惑は潰えたと思われたが、実のところジョセフがルザルクやフェルナンドの前に姿を現したのは、目的の書籍を回収し終えた後だった。


 また、ジョセフ自身もその爆発に巻き込まれたかに思われたのだが、スキルや魔法を駆使し咄嗟に禁書庫からの脱出を成し遂げていた。もっとも、少なくないダメージは負ってしまったのだが。


 では、わざわざ危険を冒してあの場にジョセフが現れた理由は何なのか、それは嘘偽りなくフェルナンドを仲間に引き入れる為だった。

 ジョセフが言っていたようにフェルナンド程の知識を有し、利害を明確に区別して必要以外を切り捨てる決断を即座にできる者はそうそう居るものではない。


「それにしても、フェルナンド王子を仲間に引き入れられなかったのは痛手ですねぇ。貴方の野望にも彼は必要だったのでしょう?」


「それなりに欲しい駒ではあった。だが、代わりが利かないというわけではない」


「そうですか。クフフッ、貴方の困る顔を少しは見られるかと期待したのですが」


「己の失敗ミスを他の理由に転換するのはやめろ。それとも、フェルナンドに出し抜かれた負け惜しみか?」


「そうかもしれませんね。まさかフェルナンド王子に一杯食わされるとは思ってもみませんでしたので……」


「計画が少し遅れる事になるが……まぁ仕方がない」


「それで……次はどこへ?」


「砂漠国オルディーラだ」


「ほぅ。オルディーラということは、あの二人と?」


「あぁ。今回手に入れた禁書を解読する必要があるからな」


「クフフフ、なるほど。ではここからは私も同行させていただきましょう。オルディーラは考古学者や歴史学者が多いですからね。私も行ってみたいと思っていたのですよ」


 禁書の中には稀に“裏文字”と呼ばれる技術で内容が隠蔽されているものが存在する。今回ノーフェイスが求めたものもこれに該当するものと踏んでいるのだが、裏文字を正確に解読できる者は世界の中でも一握りの専門家だ。

 ただ、ジョセフとノーフェイスの会話からは専門的知識を有した者が既に仲間に居る、もしくはその当てがあることが推察される。


「まぁ、良いだろう。足手まといになったら置いていくがな」


「……まさか、危険地帯と呼ばれるナクヴァ山脈を抜けてオルディーラに直行するおつもりですか? 少々リハビリも兼ねて身体を動かさないといけないとは思っていたところですが……、さすがにギガンテックセンティピードは厳しいですよ?」


「アレは倒せないわけではないが、色々と面倒くさいからな。縄張りテリトリーは避けていくのが賢明だろう」


「クフフッ、単騎で倒せるというだけでも十分規格外だと思いますがねぇ」


 プレンヌヴェルトダンジョン35階層のボスにも採用されているギガンテックセンティピードは、その巨体に見合った攻撃力と防御力、さらに麻痺の状態異常攻撃まで持ち合わせている厄介な魔物だ。さらに縄張りテリトリー内に侵入してきた敵を容赦なく追い回す特性も持ち合わせている。

 テリトリーにさえ入らなければ襲われることは無いのだが、その境目に見分けがつくはずもない。加えて、ナクヴァ山脈にはそんなギガンテックセンティピードが複数体・・・生息している。そんな危険を冒してまでナクヴァ山脈を横断しようとするのは、自殺志願者か圧倒的強者のどちらかだろう。


 ただ、この場に居るのは隠密や斥候に長けた【顔無しノーフェイス】と【血濡れジョセフ】であり、さほど問題ないルートだとノーフェイスは考えている。

 もしくは、『自分に付いてこられない弱者など要らない』と暗に言っているだけなのかもしれないが……。


「本当に自分の事しか考えていない人ですよ。だからこそ私の興味を引いて離さないのですがねぇ」


 唯の一滴ずつの危険物……。それが混ざり合うことで、この世界にとっての劇薬ともなり得るこの二人。

 更なる危険物が混ざり合い、強い化学反応を引き起こすのもそれほど遠くない未来なのかもしれない――



――――――――――――――――――――――――――――――――――

第9章『王都クーデター編』本編完結!

閑話を挟んで第10章『巨大迷宮都市ウィスロ編』へと続きます♪


それに伴い、改変等を行う関係で来週の投稿はお休みさせていただき、次話の投稿は4/19(金)を予定しております!

今後もダンシングしながらテンション爆上げで執筆いたしますので、応援よろしくお願いいたします★

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