第87話 帝国軍魔導飛空戦艇部隊

~イブルディア帝国 エゴン大将視点~


 私はその日、ボットロックの魔導飛空戦艇の格納庫で1隻の魔導飛空戦艇に乗船し感慨に浸っていた。

 本日、この美しい飛空戦艇が、大空を飛び敵地を蹂躙するのだ。


「エゴン大将閣下、飛空戦艇8隻出撃準備できております!」


「ふむ。わかった。動力源に魔力を流せ。作戦通り定刻に発進する」


 ついに、この日がやってきた。帝国魔導飛空戦艇部隊が空を支配する日が……。


 イブルディア皇帝陛下は、5年前に英断を下された。軍部の拡大、そして魔導飛空艇に戦艦としての改造を施すという素晴らしい決断を。

 この美しい飛空戦艇が、大空を翔け敵地を蹂躙するこの日を私はずっと待ち望んでいた。

 感無量だ……。


 帝国には、遥か昔から軍部があり、軍は戦争をするための組織である。

 しかし、現皇帝陛下が即位された際に軍部は縮小されていき、この世界の平和を模索する道を進むこととなった。

 私はその時、絶望したのだ。もう戦争は起きないのか……私の地位や名声は、何もせぬまま終わりを迎えてしまうのではないだろうかと。


 しかし、思い直していただけたのだ。これも私が常々上申していた成果であろう。

 それもあって4年前には中将から大将に任官され、魔導飛空戦艇部隊の責任者も拝命する事ができた。

 

「エゴン大将閣下、定刻でございます! 発進のご命令を!」


 予定通りであれば、たった今アルト王国に宣戦布告が成されたタイミングだろう。私は音声拡張型魔導具を手に取り、発進の命令を下す。


「うむ! 皆の者、この歴史的な日を諸君らと共に祝うことができ、嬉しく思う! さぁ、アルト王国のトカゲどもを皆殺しにするのだっ! 全軍発進っ!!」


 我ながら素晴らしい号令であったな! これで士気も上がるであろう!


 格納庫の天井部分が開いていき、巨大な船体が徐々に浮き上がっていくこの感覚、テスト飛行でも味わったが、何度体験しても良いものだ。

 この魔導飛空戦艇の魔導防御壁と装甲を貫ける魔法などこの世に存在せず、上空という絶対的優位な位置から敵を蹂躙する未来を思い描くと自然と笑みがこぼれてしまう。


 竜人族どもは宣戦布告をされた事も知らないはずだ。もし、即時通達されたとしても、この奇襲に対応する時間などありはしない!

 あとはゆっくりと空の旅を楽しみつつ、竜人族の里に目掛けて主砲を打ち込めばそれで終い。


 こんな楽な任務で自分の株が上がるというのは、まさに最高な一日だ。

 到着予定は約6時間後……しばらくは雲の上の旅を楽しむとしよう。



◇  ◇  ◇  ◇



 ボットロックを飛び立ってから3時間と少し経った頃、突如として通信が入り、船内が慌ただしくなってきた。


「大将閣下! 前方よりドラゴンの群れが向かってきております! 陣形をとっている所を見ますと、竜人族ではないかと!!」


「なんだと!? なぜ竜人族がこのような場所におるのだ!」


 おかしい! なぜ竜人族がここにおるのだ? 里から滅多に出る事のない種族と聞いている。


(まさか……情報が漏れていた……)


 いや、それは考えにくい。この作戦は、直前まで帝国軍の上層部しか知らないはず。それに帝国を売るという行為に何のメリットもあろうはずがない。

 この戦争は、一方的にアルト王国を蹂躙し、イブルディア帝国の国土を拡大するためだけのもの。『急撃』や『侵攻』と言い換えても良い。

 アルト王国の魔導具技術も近年上がってきているという話は聞いておるが、この飛空戦艇を開発するほどの技術力は無いはず。

 

 ……待てよ、確か数週間前からルナ皇女殿下が行方知れずとなっていると情報が入っていた。まさかルナ皇女殿下が情報を……?


 違うな。それも考え過ぎだろう。ルナ皇女殿下も戦争に反対を示してなどいなかった。それに皇帝陛下に逆らえるはずがない。

 どうせ護衛の二人と、いつもの冒険者ごっこをしているのだろう。ダンジョンに潜っている時は2カ月連絡が取れないことも過去にあった。


 では、どこから情報が……たまたま竜人族が居合わせたと考えるにはあまりにも不自然……。


「大将閣下! ご命令を!」


「そ、そうだな! 第五戦艇、主砲用意! トカゲどもに力の差を見せつけてやれ!」


「はっ! 第五戦艇主砲用意!!」


「第五戦艇、主砲準備完了いたしました!」


「撃てぇぇ!!」


 私の号令と共に放たれる光の柱。何と素晴らしい威力! これではひとたまりもあるまい!

 ……ん? それにしては敵の数があまり減っておらん気がする。

 数匹のドラゴンが墜落してはいるが、運よく逃れたか?


 だが、この主砲はエネルギーの消耗が激しい。それに、もし主砲を避けられるだけのスピードがあるとするのであれば、ここは引き寄せてから魔導士部隊の魔法攻撃で数を減らす方が得策か。


「一旦引き寄せて魔導士部隊の魔法攻撃を行う! この防御壁を突破することなどできぬのだ! 総員配置に着けぇ!」


 予想外の事が続いているが、何の問題もない!

 魔導防御壁を突破できる火力などそうそう出せるものではない!

 それに近付きさえすれば一方的に……ぬお!?


「ドラゴンブレスの波状攻撃です! 第四、第五戦艇の動力に破損が見られます!! 第四、第五戦艇不時着いたします!」


「防御壁を突破するほどの波状攻撃だと!? クソっ! もう良い! 第一から第三戦艇主砲用意だ! 一気にカタを付けるぞ!」


 私が命令を出した次の瞬間、上空から一筋の光線が第三戦艇を貫いた。

 そして、そのまま第三戦艇は地面へと墜落していき、爆発音とともに黒煙が視界を覆った。


「なんだ!? 何があった! どうして上空から主砲のような攻撃が来るのだ!」


「わかりません! もうすぐ視界が開けますので、上空の映像を映します!」


 上空の映像に映ったのは1体の黒いドラゴン、太陽の光を浴び所々が模様のように青く輝いて見える。


(う、美しい……なんと荘厳そうごんな……)


「ドラゴンです!! 敵の中で一番強力な個体であると推測されます! エゴン大将閣下、ご指示を!」


 部下の声で我に返った時には、既に遅かったようだ。

 映像に映る黒竜は口腔内に禍々しいほどのエネルギーをため込むと、私の乗っている第一戦艇だけでなく第二戦艇をも射程に捉えた広範囲のブレスを発射した。

 その直後、映像がヒビ割れ、窓から見える視界すべてが凍り付く。


(無理だ……あんなバケモノに勝てるわけがない)


 竜人族というのはこれほどまでに強力な部族だったのか。

 空の覇者は、我々イブルディア帝国魔導飛空戦艇部隊であると信じて疑わなかったが、たった1体のドラゴンがそのうちの3隻を一瞬で破壊してみせた……


(あぁ、皇帝陛下……御期待に添えられず申し訳ありません……)


「墜落します! 衝撃に備えてください!」


 大混乱の船内に音声拡張型魔道具から部下の声が響き渡った数秒後、大きな衝撃とともに私の意識はそこで途絶えた。

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