第222話 迷宮離脱石
~迷宮都市ウィスロ 孤児院~
「ただいまー!」
トカゲの獣人であるキュルラリオは日課である深夜帯のダンジョン探索を終え、
これから全員そろって少し遅めの朝食。それがこの孤児院の日常である。
「キュル兄だ! おかえりー!!」
「あぁー!! まーた尻尾切れちゃってるじゃん! だっせぇなー!」
「こらっ! そういう人を傷付けるような事は言わないって言っているでしょ!?」
「だってよぉ!」
「ねぇねぇー! おなかすいたー、早くごはんたべよーよ!」
「ははっ、遅くなっちゃってごめんね。すぐ朝食にしよう」
ウィスロに限らず大きな街には大抵”孤児院”という施設が存在する。その運営は国自体が行っている場合やその街の貴族などが支援をしている事が大半だが、ウィスロに関しては冒険者ギルドが運営の為の費用を支援していた。というのも、この孤児院で生活しているのはそのほとんどがダンジョンで親を失った子供達だからである。
ウィスロにある4つのダンジョンは、他と違い適正レベル以上のダンジョンには挑むことができないシステムとなっている。だが、それでも危険な場所に変わりはなく、不慮の事故は少なからず起きる。ダンジョンに潜る事で生計を立てている冒険者が多い以上、その二次的な被害者となる子供達も相応にして存在してしまうわけだ。
ただ、冒険者ギルドの支援はあくまでも経済的な援助のみに限定されており、実際の生活に関わる事は孤児院の年長者か施設を出た後の者がボランティアとして一緒に生活して支援することで、日々の暮らしを安定させていた。このキュルラリオもそのうちの一人だ。
「キュル兄は弱いのに何でダンジョンに行くのさ! もっと別の仕事やった方が良いんじゃねぇの?」
「うーん。そうかもしれないけど、僕が毎日ダンジョンに行くのには、深ーい理由があるんだよ」
「そんな事言って、どうせ大した理由じゃねぇだろ!? それに……その、危ねぇし……」
「ミゲウは僕の事を心配して言ってくれてるんだね!」
「ちっ、ちげーし! それにキュル兄は
「まぁそうなんだけどね。……きっとミゲウも大きくなったら分かるよ」
「ずりぃなぁ……、キュル兄はすぐそうやって逃げるんだもん」
ウィスロダンジョンでは初級~中級で『迷宮離脱石』というアイテムがドロップする。これは迷宮内部から入口に転移するためのものであり、ダンジョンから帰還する際に用いられるだけでなく、緊急脱出用のアイテムとしても利用される。
この迷宮離脱石が広く普及していることでダンジョン内での事故死は他のダンジョンに比べて非常に低くなっている反面、慢心が生まれギリギリまで攻略を続行してしまうのもまた事実である。
ギルドでは迷宮離脱石に関する説明や使用方法を入場申請時に必ず行っており、迷宮離脱石の納品クエストも常時出されている。
もちろんその納品クエストだけで生計を立てるのは難しいが、ダンジョン攻略初心者のための経済的救済となっている側面もあった。
「俺は大人になったらシエル兄とかハイル兄みたいに最上級ダンジョンの最前線で魔物ブッ倒してやるんだ!」
「いや、あの二人は特別というか……。なんせ今や序列2位クラン、【テキラナ】のトップだからね」
「なんだよ! 俺には無理って言いてぇのかー?」
「そうじゃないけど……、あの二人も何度も死にそうになってボロボロで帰ってきたりしてたのをミゲウも見てたでしょ? そんな危険な目には合って欲しくないというか……」
「そんな事言いながら、キュル兄もダンジョン潜ってるじゃないか! もういい!」
走り去るミゲウの背中を追いながら、キュルラリオは「仕方ないよね」と小さく零す。
キュルラリオは、誰に何と言われようが迷宮離脱石の収集や納品を辞めるようなことはしない。それは確固たる決意のもと続けている活動であるためだ。
迷宮離脱石。それはこのウィスロに於いて冒険者たちを安全にダンジョン外へと移動させる“命綱”のようなものだ。
現在、その需要と供給は絶妙なバランスを取っていると言えるが、キュルラリオはこの供給のバランスは過剰であるくらいが丁度よいと考えていた。
もし迷宮離脱石の供給が不足してしまえば当然その価格は高騰し、冒険者の中でも弱いものや貧しいものから割を食う。そうなればこれがドロップする初級や中級の塔に潜る冒険者が必然的に減少し、さらに供給は不足してしまう。この負の連鎖が続けば、いずれは迷宮離脱石を持たずにダンジョンへ潜る者も出てくるだろう。それが命綱を付けずに高所作業を行うような行為に等しい行為であったとしても……。
そうなってしまえば、小さなミスで命を落とす者も増え、結果として一緒に生活している孤児のような存在も増加してしまう。
キュルラリオはそんな不幸を少しでも減らしたいと考えていた。
だが、そんなキュルラリオの気持ちとは裏腹に、ここからウィスロではこの『迷宮離脱石』を巡ったクラン同士の大きな争いが勃発する事になる。
その火種は、既に小さくも確実に煙を上げているのだった。
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