第194話 ブライドとの再戦⑥


 さて、闇属性魔法のお披露目といこうか。

 俺が現状で使える闇属性魔法は大きく分けて2種類だ。

 ひとつは【影移動】やそれを応用した【常闇門】。そしてもうひとつは【重力操作】。どちらもめちゃくちゃコントロールが難しい魔法だったが、使いこなす事ができてからは戦闘の幅は大きく広がった。


 今回は出し惜しみ無しだ。今の俺にできる全てで、一気に仕留めきってやる。


「【過重力領域】」


「なにっ! 身体が重く……。いや、これは範囲魔法か!」


「ご明察だ! 落ちろ、コウモリ野郎!!」


 この【過重力領域】は当然俺もその影響を受けるが、上手くコントロールすることができれば常に俺の有利な状況を作り出す事ができる。

 過重力の落下に合わせて跳び上がり、ブライドの腹部に膝蹴りをぶち込み、【空駆け】で宙を蹴り身体を縦に一回転させる。そして、そのままの勢いで背中へと踵落としをするとブライドは地面へと叩きつけられたがすぐに立ち上がり魔剣オルグヌスを構えた。


「ガハッ! クソ……ここまで力の差が……」


「おいおい、まだ死ぬんじゃねぇぞ? こっからが本番だ!」


 着地と同時に【常闇門】をブライドの周囲に4つ同時展開して抜刀の構えを取り、魔力を白鵺丸へと流しつつ全身の力をできる限り脱力させる。

 この時点でMPは相当使っちまっているが、そんなもん関係ない。最大ダメージ、叩きだしてやる!


「【雷動】」


 右足を踏み込むのとほぼ同時に白鵺丸を抜刀。

 その切っ先からは確かに肉を斬り裂いた感覚が伝わり、遅れて鮮血が舞う。さらに、ブライドを通り過ぎた先にある【常闇門】のひとつへと入ると、別の【常闇門】へ瞬時に移動するだけでなく、俺の移動の方向は再びブライドへと向かうベクトルに変化する。そのまま再び斬りつけながらまた常闇門へと入り、別の常闇門から出てブライドを斬りつける。

 時間にしてたったの数秒。しかし、互いの3重バフによって薄く引き伸ばされた二人の時間は、その何十倍にも感じる。さらに【雷動】を発動したとなれば、俺の移動速度は音をも置き去りにするレベル。

 そんな超高速で動き続けている今、集中を途切れさせたらミスっちまうのは俺の方だが……。


(今はブライドを切り刻むことだけを考えろ! 枯渇しそうなスタミナはテンションで補え!)


「オラオラオラァ!!! 耐久力が足りねぇんじゃねぇか!? ガードしねぇとすぐにHP全損しちまうぞ!!」


 ブライドを超速で四方から斬り続け、倒れる事すら許さない。

 俺のスタミナが持つ限界ギリギリまで切り刻んでやる。


「ガッ……グッ……か、【火球】!」


――ドガゴーーーーーーーン!!!


「なっ!? マジかコイツ……ダメージ覚悟で自爆して抜け出しやがった」


「ッハァ、ハァ、ハァ……まだだ、まだ終わらせないっ!」


 爆散してしまうリスクと、現状の脱却を天秤にかけて即座に自爆を選択するのは並大抵の精神力でできるような芸当じゃない。それに、その選択をしたという事はまだ戦う意思は途切れちゃいないんだろう。

 しかも、死と背中合わせの状況でもブライドは俺を殺す事だけを考えている。


「お前、最高だな。それでこそ俺がかつて・・・ライバルと認めた男だわ」


「……っ、何の、話だ!」


「あー、そっか。テンション上がり過ぎて口が滑っちまったわ」


「答えろ! ……貴様は、何者だ!?」


「んー、まぁいっか。……なぁブライド、俺の名前に聞き覚えはないか?」


「阿吽だろ! もう嫌になる程叫んださ。だが、貴様と会ったのは序列戦が初めてのはずだ!」


「まぁ、そう思うわな。もう14年くらい前の話だし。顔も身体も別人レベルどころか種族すら変わっちまってるしな」


「14年、前……? 阿吽、あうん……アウン……。っ!! 貴様……」


「やっと気づいたか?」


「貴様との会話で不自然な点があったのは、そういうことだったのか。……だが、アウンはマーダスに殺させたはず……」


「やっぱりあの件はお前が噛んでたのか。どうせそんな事だろうとは思ってたけど……、やっぱ改めて聞くとムカつくな」


「チッ、マーダス達はしくじっていたのか。」


「いや、そんな事ねぇよ。俺はあの時、確実に一回死んだ」


「……どういう――クソっ、HPがもう……」


「だろうな。そろそろおしゃべりはこの辺にしておこうか」


「……そうだな。俺は次の一撃に残っている魔力を全て使う。だが先に死ぬのはお前の方だ、アウン!!」


「やってみろよ! 真正面からぶった切ってやる!」


 ブライドの右手の魔剣オルグヌスが赤く光る。そして、その魔剣を纏うように巨大なフレイムソードが形成されていく。その大きさは3mを優に超えるほど巨大だ。本当に全魔力をこの一撃に込めるようだな。なら、俺も全力を持って相手しよう。


 俺は自然と白鵺丸を納刀し魔力を通しつつ鯉口を切り、抜刀の構えをとった。

 鞘の中で爆発しそうなほどのエネルギーが白鵺丸に流れているのを両の手で感じつつ、それでも心は穏やかに。ひとつ大きく深呼吸をし、ブライドの一挙手一投足をしっかりと観察する。



――次の一撃で、今までの因縁に決着が付く。

 大上段に構えたブライドと、抜刀の構えを取った俺。

 互いが互いを明確に殺そうとしつつも、この戦闘の終わりを名残惜しんでいるかのような不思議な時間が流れる。それは呼吸すら忘れるほどの静かな時間だった。


 口火を切ったのはブライドだった。

 大上段の構えから大きく一歩を踏み出し、魔剣オルグヌスを俺へと力強く振り下ろす。

 迫りくる膨大な熱量。それだけで肌がチリチリと焼けるように感じる。これをまともに食らえば、俺もタダでは済まないのだろう。だが、全く焦りはなかった。先手を取られたこの段階からでも、俺の抜刀はブライドよりも先に相手に刃が届く。


 そして数瞬後、二人の距離とタイミングが俺の理想と合致した。


――シュパァーーン!


 真一文字に抜き払った白鵺丸は、振り下ろされた魔剣オルグヌスの剣身を半分に切断し、ブライドの胸部を深々と斬りつける。


「ぐぶっ……」


 小さく唸るような声とともに、天を仰ぐように倒れるブライドの身体。その胸部からは血飛沫が吹き上がり、半分に切られた魔剣オルグヌスの刃先が数m先の地面に突き刺さると、黒色の靄が曇天へと向かって立ちのぼり消えていった。


 俺は白鵺丸を血振りし鞘へと納刀すると、忘れていた呼吸を思い出したかのように再び大きく深呼吸をする。

 今思えば……、ガキの頃の負けず嫌いな俺は、ブライドというライバルが居たからこそ、強くなりたいと心の底から思えていた。星覇の仲間と出会えたのも、俺が本当の意味で変わる事ができたのも、あの時一度死んで魔物となったお陰とも言える。

 もちろん、ブライドは自分の野望を叶えるために許されない事を数多くしてきた。その報いはあって当然だし、たとえ死んだとしても決して世間から許されることはないだろう。


 ……ただ俺は、“俺個人”としては、ブライドを許そう。

 それが、14年前に道を違えた旧友ライバルとしての、俺のケジメの付け方だ。

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