第127話 相反する二つの自分
~キヌ視点~
――私は、変わった。
それは、身体の変化というだけじゃない。
むしろ身体じゃなくて、心の部分が大きい……。
阿吽と出会った頃の私は、一言で言えば“小さくて弱い”。それはすごく嫌いな部分のはずだったのに、最近はどこかそんな自分に甘えていたんだって気付いた。
というのも、最近自覚しちゃったことがある……。
私は、ずっと“阿吽を独り占めしていたかった”んだ。
小さくて、弱いままなら阿吽は私を見ていてくれる。私を優先してくれる。私を……世界の中心にしてくれる。
だから、強くなりたいと漠然と考えながらも、心の奥の方……根幹部分では私は“変わりたくない”って思っていた。
口では「強くなるんだ」、「最強になる」って言ってたけど、本心は「弱いままでもいい」って思っていたのかもしれない。
阿吽が隣に居てくれれば。阿吽が私の事を見てくれてさえいれば。
何も変わらなければ、阿吽は今みたいに一緒に眠ってくれるし、ずっと大切にしてくれる。
気持ち悪いよね……嘘ついて、近くに居続けようとしてたなんて。
だから、かな……そんな思考や感情を直視すればするほど、自分がすごく醜いものに思えて、その気持ちがどんどん大きくなっていって……
沈黙の遺跡に挑みだした頃からは、どこかモヤモヤした心の整理がつかなくなった。
なのに、そういう時ほど途中で思考することから逃げた。
醜い感情と向き合えば向き合うほど、自分の事が嫌いになっていったから。
でも、ふとした時に
『あなたは弱い、あなたは汚い、あなたは醜い』って。
聞きたくなかった、見たくなかった、考えたくなかった、信じたくなかった。
なんでだろう、いつからこうなっちゃったんだろう……。
プレンヌヴェルトダンジョンで人化してすぐは“私が一番じゃなくていい”って自信を持って言えたはずなのに……。阿吽と一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、色んな感情が抑えられなくなっていっちゃった。
『好き』という感情……言葉にすると同じ二文字なのに、その中身がどんどん変化していってたんだ。
最初の“好き”は、雪狐の家族に対して向けていた感情と同じもの。
そこから尊敬や憧れに変わっていって。
スタンピードや序列戦の時に、『相棒』って言われて心が躍る気持ちにもなった。
阿吽の背中を守りたい、並び立ちたい、頼られたい。
でも、それだけじゃ満足できない……。
星覇のみんなのことは、もちろん好き。大好き。
ずーっと仲良くしていたい。笑い合っていたい。自分を犠牲にしてでも守りたいほどに大切な仲間。
でも阿吽だけは、私の中で“特別な好き”。
どうしても阿吽の一番になりたい。特別になりたい。
そんな気持ちが抑えられなくなっていたから、亜人種に進化して身体が成長したのかもしれない。
思い焦がれた姿に……。
なのに、いざ進化した姿を初めて鏡で見た瞬間、私という存在が壊れそうになった。
いろんな感情が私の中に渦巻いて、吐きそうなくらい気持ち悪かった。
私自身を形作る核のようなものが上書きされてしまった気分だった。
……でも阿吽は、私を抱きしめて言ってくれた。「キヌはキヌだ」って。
今、こうやって過去の事のように考えられるのは、あの時阿吽が私のすべてを包み込んでくれたから。
身体が大きくなっても、精神が変化しても、どんなに醜くなったとしても……阿吽は“私という存在”を認めてくれる。大切にしてくれる。世界の中心にしてくれる。
そんな心地良い安心感が、壊れそうになった核を繋ぎとめて強固なものにしてくれた。
阿吽の隣に居たいという気持ちも、強欲で醜い部分も、仲間の事が大好きなのも、可愛いものや甘い食べ物が好きなのも、朝なかなか起きられないのも……全てが私。
そんな私を阿吽はぜーんぶまとめて包み込んでくれる。
それさえ分かれば、もう私は大丈夫。
私は、変わった。
『あなたは弱い、あなたは汚い、あなたは醜い……』
だからなんだ!
『あなたは変わっちゃった』
当り前だよ。生きてるんだから!
これからも変わっていくんだ!
『あなたはもっと醜くなる。強欲だから』
それでも良い。阿吽はそんな私も抱きしめてくれる!
それに、それだけが私じゃない。……あなただってそんな私の一部でしょ?
『やっと……認めてくれたね』
……ごめんね。今まで見ないふりしてて。
これから一緒に楽しもう。自分の変化を、自分の成長を、自分の進化を。
『ん。楽しみにしてる』
もしかしたら、この声は聞こえなくなるかもしれない。
でも、心の中にそんな私がいるのは忘れない。
私は、変わった。
そしてこれからも変わり続ける。
今度は、自分の事も大好きになれるように――
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