第70話 英雄登場

~ルザルク第二王子視点~


「レジェンダ、【星覇】はまだ来ていないのか? あと10分で式典が始まるんだぞ」


「申し訳ございません。10日前に殿下と謁見した後、【星覇】全員の行方が全く掴めなくなりました。現在どこで何をしているかも……分かりません」


「そうか……。まさか来ないなんてことは、ないとは思うが……」


 序列戦が終わってからの10日間は僕も激務だった。ブライドの罪状整理に亜人の誘拐に関わっていた貴族や奴隷商の洗い出しと捕縛。さらには悪行に関わっていた貴族への断罪を国王陛下へ進言。その後は各貴族への対応と、抜けた国政の役職者の新たな配置。

 これにより長兄であるフェルナンド第一王子の権力は完全に失墜し、僕の派閥が国政を担うまでに変貌した。しかしまだまだ対応は途中だ。


 他に決定したことと言えば、元【デイトナ】に在籍していた5名の終身刑とブライド、ダリアス、メロリア、エリアの家である4貴族の取り潰し。奴隷商や冒険者達には懲役刑と罰金、裏金を得ていた貴族に対しては2段階降格と役職解任、それに多額の罰金。

 もちろん方々からの反対意見が多数出たが、ブライドの凶行と序列1位である【星覇】からの情報提供というのが大きく、力業で全てを押し通した。闘技場でマイクを握ったことで、民意が僕の味方をしてくれているのも大きい。


 阿吽達には本当に感謝をしている。僕が数年をかけても成し遂げることができなかったことを1週間足らずで実現可能な段階まで押し上げてくれただけでなく、国王陛下と僕の命までも救ってくれていたのだ。

 ブライドは精神が壊れておりその真意を探ることができていないが、【嵐の雲脚】に在籍しているダリアス、メロリア、エリアからは事情聴取ができている。決勝戦の中堅戦で魔族が特殊結界を破壊し突入、主賓席で観戦している国王陛下や僕を亡き者にしようとしていた計画……。

 そうなればもう序列1位という肩書もいらなくなる。今後は冒険者を辞め、国政を動かすことを優先的に行い、ひいては第一王子を操ることまで可能であったと。この計画は実に8年もの歳月をかけて周到に準備されてきていたようだ。

 ただ、ブライドがいつから魔族と繋がっていたかは分かってはいない。闘技場に魔族が現れなかった理由も、魔族がブライドと繋がっていた理由も本人しか知らないようだ。


 だが、魔族の狙いは想像がつく。おそらく……人間や亜人族が住んでいるこのスフィン大陸の滅亡だろう。

 2000年前の人魔大戦では、魔族はこの豊かな大地を略奪しようとしていたというのが王家に伝わる話にある。さらに大戦以降、魔大陸という非常に危険な魔物が住むという土地に追いやられたという話も……

 今までは、すでに魔族は絶滅したという見解の学者が大多数を占めていたが、実際に魔族が居るとなれば2000年の間に強大な力を持つ種族へと変貌していることだろう。これに関しての対応は国家間で協議し協力体制を仰がなければならない。

 半年後の『スフィン7カ国協議会』……今年は荒れそうだ。

 そして、その協議会で新たなアルト王国クランの序列1位が誕生したという話も出るはずだ。この記念式典はそういう意味でも大事な行事なのに……


(阿吽達は今どこで何をやっているんだ!!)


「殿下、そろそろお時間でございます。国民が待っております」


「……分かった。なんとか話を繋ごう。【星覇】が到着し次第、すぐに来るように伝えてくれ。優勝褒賞の授与も今年は僕が任されているんだ。頼んだよ、レジェンダ」


「わかりました」


 僕はテラスへと足を踏み出した。広場や闘技場など、街の至る所で魔導具による映像が流されており、民衆は皆が英雄の登場を心待ちにしている。


(阿吽、これは貸し一つだぞ……)


『国民の諸君、私はアルト王国第二王子ルザルク・アルトだ。今この国は、大変革の時にある!

 皆も知っていると思うが、此度のクラン対抗武闘大会において、昨年までの序列1位クラン【デイトナ】が魔族と繋がっていたということが判明した。

 さらに決勝戦においてブライド・イシュロワが【魔人化】というスキルで魔族のような姿に変貌し、観衆に大きな恐怖を与えた……。

 しかし! それに対する大将の阿吽は、魔人化したブライドを見事撃破! 副将キヌと中堅シンクは魔族の出現に逸早く気付き、試合を棄権し命を懸けてこの街を……この国を守ってくれた! このクランを英雄と言わず、誰を英雄と呼ぼうか!』


 アルラインの街中から大きな歓声が上がる。

 実際に決勝戦を見ていた観客達は、決勝戦での阿吽の勇姿を、奇跡を、その高いカリスマ性を目の当たりにし、この10日間で人伝にその噂が広がっていった。


 今のアルラインは10日前とは違う。「亜人だ、獣人だ」とさげすむ者は、大衆から軽蔑の目を向けられるようになったほどだ。

 この光景を、阿吽はどこかから見ているのだろうか。

 どこまでも青く晴れ渡る、この空の……


 ……ん?


 何かがこの王城目掛けて飛んできている……。

 なんだ? 凄いスピードだ……。

 あ、あれは! く、黒い……ドラゴンだと!?


 その姿は既にハッキリと分かる距離まで来ている。しかし民衆は大きな歓声を上げ、映像にくぎ付けだ。そのため、城壁周辺の兵士くらいしかドラゴンに気が付いていない。


(避難を呼びかけるべきか……いや、もう遅い。いまから誘導をかけたところで混乱は必至だ)


 悩んでいるうちにもドラゴンは街の上空へ差し掛かり、なおも一直線に王城へ向かってきている。あそこまで近づくと、さすがに誰もが気が付いているだろう。極度の混乱になっていないのは、そのほとんどが唖然としているからか……。


 思考の海から立ち返った時には、ドラゴンは王城の一番高い尖塔に着地するところだった。そして、そのドラゴンが突如消えたかと思えば、5人の人影が現れた。

 だが、太陽が尖塔の真後ろに位置しており、眩しくてその姿がハッキリと捉えられない。


(あれは…………)


 直後、飛行型の映像送信用魔導具がその姿を捕えた。風になびく和装姿の5人。その姿は幻想的で美麗びれい……

 尖塔に立つそのたたずまいは、神話に出てくる英雄の如き雰囲気を醸し出している。


(フッ……まったく派手な登場だよ……。だが、タイミングとしては最高だ!)


『その英雄クランの名は……【星覇】!』



 魔導具のスクリーンには、太陽の光を背に堂々たる風格で立っている5人の姿が映し出されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る