第80話 『魔法』という概念

「すげぇ所だな。これ氷の中が空洞になってるのか?」


「みたいっすね。親父はこの中に“氷竜がいる”って言ってたっすけど……」


 俺達がいる周辺は不思議と吹雪は止んでおり、キラキラと輝く氷壁がドーム状に張ってある。

 氷壁の周囲を歩いて観察していると、ついさっきまで誰も居なかった場所に突然真っ白な髭をたくわえた老人が姿を現した。


(なっ!? 俺の気配察知にかからなかった!)


 困惑していると、その老人がこちらに向かって近づいてきた。

 敵意は……ダメだ、読み取れん……。


「フォッフォッフォ。おぬしらは、この場所がどういう所か知っていて来たのかのぉ?」


 俺がどう答えるべきか悩んでいると、ドレイクが一歩前へ出た。


「うっす! 氷竜の試練を受けに来たっす! 俺は竜人族のドレイクと言うっす!」


「ほぉ? ……ぬ? おぬしら、もしかして魔物も混じっておるか?」


 なぜ分かった……まさか、鑑定持ち?

 であるなら、正直に答えるしかなさそうだな。


「その通りだ……この中の3人は、元々魔物だ」


「ふむ。それは珍しいのぉ……まぁよい。4種族以上ちゃんと居るようじゃしのぉ。

 ほれ、ドレイク通って良いぞ」


 そう言うと一瞬でドレイクに近付き、何かの魔法をかけた。

 その一連の動作が……全く見えなかった。

 それに、魔法の発動も無詠唱だと!?

 ……この爺さん一人で、俺達全員よりも強い。


「……なぁ爺さん、あんた何者だ?」


「儂はクエレブレという。一応、竜人族じゃよ」


 その名前にドレイクが反応した。


「ク、クエレブレ様!? 人魔大戦の英雄じゃないっすか! 御伽噺おとぎばなしじゃなかったんっすね!」


「フォッフォッフォ、よう知っとるではないか。儂は2000年以上生きておる。

 それよりドレイクよ……おぬしは、さっさと氷壁の中へ行くがよい」


 そう言ってドレイクの背後に移動し、背中をトンッと軽く押すと、ドレイクは氷壁の中へスルッと入ってしまった。

 ドレイクが全く反応できていなかった。それ程までに、この老人は俺達よりも高みに居るという事か……

 もし、この老人に敵意があったなら、今の間に誰かが殺されていた可能性まである。

 そう思うと、雪山にも関わらず額に汗が伝ってきた。


「さて、おぬしらもここで待っているだけでは退屈じゃろ?

 力の使い方が分かっておらぬ者もおるようじゃし……色々と助言でもしてやろうかの」


「ちょっと待ってくれ……ドレイクはどれくらいで出てくるんだ?

 俺達は時間があるわけではないんだ……」


「それはドレイク次第じゃよ? 数日かもしれんし、数年かもしれぬ、もしかしたら数十年かかるやもしれぬな……」


「マジかよ……実は戦争が起きそうなんだ。俺達だけでも先に竜人族の里へ帰っておく必要が……」


「阿吽……ドレイクなら大丈夫。それに……私たちはまだまだ弱い。魔族と戦うには力が必要」


 キヌやシンクは、魔族の強さを目の当たりにしたのもあって危機感が俺よりも強いんだろう。

 魔族は想像以上に強敵って事か……。

 それに、こんな強者に師事できる機会はそうそうない。


 落ち着いて考えてみると、俺は魔物になってから初めて自分の力が及ばない者と相対し、慎重になり過ぎていたかもしれん。

 キヌの言う通りドレイクを信じよう。


「ルザルクから連絡が来たら、俺達だけで向かう事も考えてはおかなきゃだが……3週間くらいは時間があるはずだ。

 こんなチャンスは二度と無いかもしれんし、ギリギリまで俺達も鍛えてもらうとするか!」


「ふむ。お嬢ちゃんは自分の力量が分かっておるようじゃな。

 それに、他の3人も目つきも変わったのぉ……これは扱き甲斐がありそうじゃ」


 それから俺達4人はドレイクが氷竜の試練を受けている間、俺達もクエレブレの特訓を受けるという事となり、クエレブレに自己紹介と自分の戦闘スタイルについて説明を行った。




「なるほどのぉ……。儂がこの山に住むようになってから、色々な事が変わっておるのじゃな。

 おぬしらに対して感じておった違和感も、何となく分かったわい」


「違和感? 戦闘方法についてか?」


「いや、魔法やスキルについてじゃ。

 ……儂の知っとる魔法は、おぬしらの使うものと根本的な所が違う。まずは、そこから説明するとしようかのぉ。

 そもそもじゃ、魔法というものは、おぬしらの考えているものよりも自由なのじゃ。

 もっと言えば、“自分で作り出すもの”なのじゃよ」


「魔法を……作り出す?」


「たとえば、今キヌが使っているのは【フレイムランス】や【フレイムウォール】という固有の魔法のようじゃが……極論を言えば、このスキルを覚えていない者でも火属性の適性と魔力さえあれば使える」


「え? それじゃあスキルの意味は……」


「それは、魔法の発動を簡略化するためじゃろうな。

 魔法を覚えたばかりの者でも、スキル名を唱えれば発動するのじゃから、使いやすくはなっているのじゃろ。

 しかし、自由度は数を増やすとかその程度じゃないかの? さらに戦闘中、相手に何をするのか悟られるのは致命的じゃな」


「ん。数は増やせるし密度は濃くできるけど、形を変えたり、大きさを変えたりはできない」


「じゃろうな。それは、ほとんど魔法を自動で発動しているからじゃ。

 儂の場合は、一から全部自分で作成と調整をしておる。魔力と知力が足りてさえおれば、イメージした魔法が使えるぞ?」


「クエレブレが特別だとしても……長い年月を経て魔法は退化していたって事か」


「おぬしらには、まず儂の使う魔法の理論から叩き込んでやろうかのぉ」


 それから2日間は、クエレブレに魔法構築に関する指導を受け、その後に4人それぞれの課題を出された。


 キヌはその後の1週間で基礎をマスターし、次の段階に入っている。

 しかし、俺の場合はコントロールが難しく、雷魔法でイメージするものを作り続けたのだが、これがなかなか上手くいかない。3週間が経過した頃、ようやくイメージ通りの形を作り上げる事ができるようになったくらいだ。

 シンクとネルフィーも俺と同じく3週間をかけてようやく基礎をクリアしていた。

 これはクエレブレに言わせれば相当早い方で、キヌに関しては『天賦の才があるレベル』だと言っていた。


 そして、俺達が各々の課題を取り組みだした翌日、いきなりドーム状の氷壁が砕け、ドレイクが姿を現した。


「フォッフォッフォ。ドレイクは期待以上の逸材だったようじゃのぉ」


 そう言うと、クエレブレは心底嬉しそうな笑顔を見せた。


(やっぱりそうだったか……)


 何となく気が付いてはいたが、このクエレブレこそが“氷竜”だったようだ。

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