第142話 皇帝暗殺②
~ルナ皇女視点~
脱出路から帝城へと潜入し、見つかった場合怪しまれるポイントとして警戒していた地下牢もネルフィーさんのスキルで難なく抜ける事ができました。
その後も順調に歩みを進め、大階段、エントランス、メインホールを抜け、中間地点であるわたくしの私室まで衛兵に見つかることなく潜入は完了。ここから先は、もし衛兵に見つかったとしても何とでも言い訳できます。
「ネルフィーさん、ここからは衛兵よりも一般の使用人との遭遇の方が懸念されます。その際は明らかに敵対行動をとる者以外は殺害を控えて頂けるとありがたいです」
「あぁ、そのつもりだ。ただし、少しでも怪しいと感じた場合は容赦なく攻撃する。そこは理解してくれ」
「もちろんです。よろしくお願い致しますね」
怪しまれないように私室にて普段着へと着替え、専属のメイドであるルシアに「今日は一日一人にして欲しい」とだけ告げて下がらせた後、堂々と廊下を歩きます。
この5年間、常習的に城を抜け出していたわたくしは、使用人たちからしても「あぁ、帰ってきておられるのですね」くらいにしか思われておらず、多少突飛な行動をしても堂々としていれば特に不審がられることはありません。我ながらとんだ不良皇女ですね。
城内に入ってからは拍子抜けするほど簡単に皇帝の自室前に着きました。
――コンコンッ
部屋の扉をノックすると、扉の向こうから低く威圧的な声が聞こえてきました。
「誰だ?」
「陛下、ルナでございます。ウィスロから帰ってまいりましたので、ご挨拶をと思いまして」
「……入れ」
緊張を隠すように普段の声色を演じ静かに扉を開けると、窓際に立つ皇帝の後ろ姿が見えました。その背中からは、なぜか懐かしい雰囲気が漂っています。
「ルナ……我はとんでもないことをしてしまったのだな……」
「お……お父様?」
「ついさっきだ……。洗脳が解け、全てを思い出した。ルナがこの部屋に来た理由も想像できる」
「っ!? 失礼ですが、一つ質問に答えて頂いてよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「……わたくしの好きな花の名前をお答えください」
洗脳されている時の父は、この質問に答える事ができませんでした。その時、父の中でわたくしという存在が消えてしまったのだと深い悲しみに襲われたことは忘れられません。
正直なところ、こんな質問は洗脳が解けた証拠にはならないでしょうが、どのような手段を使っても洗脳が解かれた証明などできはしないのです。それならばと、わたくしは自身の勘に委ねることにしました。
「ホワイトローズ、花言葉は“深い尊敬”だったか……」
「ほ、本当に洗脳が解けたのですねっ!?」
「いろいろと……すまなかった」
「良いのです! しかし、お父様が戻られたということは、魔族は……」
「あぁ。誰かに倒されたのであろうな」
「であればっ、帝国はもう安泰です! お父様ならばここからやり直す事も――」
「ルナ……それでは駄目なのだ」
「っ!」
「どんな言い訳をせよ、我はこの事件の首謀者だ。崩れた帝国を再建するには、その首謀者が討たれるのは必要なことなのだよ。そして、我に引導を渡すのは次の皇帝である……ルナ、お前しかおらん」
「そんなっ……」
「すまんな。洗脳されたままの我を演じてやれれば、おまえも刃を向けやすかったであろうに……。最後に親子としての会話を望んだ我の甘さと我侭を許してほしい」
「お、おとうさま……」
「ガーネットとロイの事は、本当に申し訳なかった。そして、お前ひとりを残してこの世を去る父の不甲斐なさを許してくれ……」
……分かっていたはずです。どんな事があろうと、帝国の未来を考えれば自分の成すべきことは変わらないと。ですが、久しぶりに見た父の素顔が私の決意を鈍らせます。すると、私の隣にネルフィーさんの気配を感じました。
「ルナ殿下、難しければ私が代わろうか?」
その一言はとても優しく、そして私の背中を押してくれるものでした。
ただ、ここで頼ってしまったら必ずわたくしは後悔する。そして何より父が望んでいるのはわたくしに殺されること……。大好きな父の最後の頼み……叶えるのが娘であり、皇族に産まれた者の責務です。
「……いえ、決心がつきました」
「良い顔をするようになったな、ルナ。……さて、これ以上は時間もない。帝国の未来を頼んだぞ」
帝国から亡命した時、心に決めたこと。せめて最期は……安心して、安らかに逝くことができるように……。
「はい、大丈夫です! わたくしはルナ・イブルディア。尊敬するお父様とお母さまの娘であり、大好きなロイお兄様の妹なのですもの!」
震える手で腰に携えた剣を引き抜き、唇を強く噛みしめながらも父である皇帝にその刃を向け構えます。
そして、躊躇する自分を必死に抑え込み、なるべく苦しまないよう一刀でその命を刈り取ることだけを考え、心臓を目掛け……その刃を突き立てました。
ヌルりと差し込まれた剣先からは肉を裂いた生々しい感触を感じ、目を伏せていても足元に広がる血だまりが否応なくその事実をわたくしの脳に突き付けます。
ですが、目を背けたい衝動に耐え、抗いがたい吐き気を無理やり抑え込み、とめどなく溢れる涙を少しでも堪え、必死に笑顔を作りました。
「ル、ナの……歩む道に……幸多から、んこと……を……」
「今まで、惜しみない愛情を、ありがとうございました」
父が最期に見せた、優しく穏やかな笑みに応えるために……。
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