第20話 スタンピード


 プレンヌヴェルト迷宮から転移で外に出ると、そこは見覚えのある蒼緑平原の岩場だった。


「お? プレンヌヴェルトは入口と出口が近くにあるんだな。キヌ、少し人型での戦闘に慣れるためにレクリアまでは狩りをしながら向かうぞ」


「ん。分かった。多分……問題なく戦える」


 蒼緑平原の魔物はEランク程度だ。キヌのステータスなら全く問題ないだろう。だが、それでも少しは肩慣らしをしておく必要はある。


 まぁ、結果から言うとそれはもう一方的だった。ファイヤーアロー1発でゴブリン達は灰になる。進化してから魔法の威力も桁違いに高くなっているようだ。


 そんな感じでゆっくりと進んでいると、凄いスピードで駆けている馬を見つけた。騎乗しているのは獣人行商人のバルバルだ。荷車を付けていないが、何かあったのだろうか。


「おーい! バルバルー! どうしたんだ?」


 できるだけ大きい声を出しながら近づく。するとバルバルも俺たちに気付いたようで進路を変更し、駆け寄ってきた。


「アウンさん!? あれ? その方は?」


「あー、キヌだ。この前会ったときに狐の魔獣がいただろ? 人化のスキルで人型になってるんだよ。もっと言えば獣人化か?」


「こんな可愛い獣人初めて見ましたよ! 羨ましい……あ! アウンさん、助けてください!!」


「ん? そういえばめちゃくちゃ急いでたけど、どうしたんだ?」


「実は、ニャハル村の近くにダンジョンがあったのですが、スタンピードを起こしそうなんです! 強い魔物が増えていた原因も、ダンジョンから出てきた魔獣が関係しているみたいでした! このままでは故郷の人たちが、家族が……全員死んでしてしまいます! 村の皆を救って頂けるなら、私ができる最大限のお礼を阿吽さんにお渡しさせていただきます‼」


「ちょっとまて、落ち着け。とりあえずなんとかしてみるからニャハル村まで案内してくれ。俺もキヌも走る速度は馬よりも速い。走りながら状況説明頼む」


「わかりました! アウンさん、キヌさん! 本当にありがとうございます!」


 俺たちはバルバルの乗っている馬と並走しながら状況を確認していった。


「まず、スタンピードって言ったか? 大量の魔物がダンジョンの外にあふれて出てくる事だよな? 今それはどうなってる?」


「私が村を出て救援を呼びに向かったタイミングでは、村の戦える獣人達がダンジョンの入口近くでなんとかしのぐと言っていましたが、たぶん長くは持ちませんし、頃合いを見て撤退すると思われます。戦士たちが防いでいる間に村の住民は避難の準備などをして一箇所に固まっていてもらうように村長が動いていました。ただ、それ以上はどうともできないはずです。村を捨てることができないと言う声をいくらか聞いたので、避難は難航していると考えられます」


「状況は悪そうだな……うーん、どうするか」


「アウン……プレンヌヴェルトに避難は?」


 そうか。プレンヌヴェルトのダンジョンなら、俺が調整すれば安全は確保できる。避難後も戦える獣人もいるなら、周囲のゴブリンや一角兎程度の魔獣は問題なく倒せるだろう。

 さらに今後のダンジョン村計画にも人材が必要だ。移住までしてもらえれば、こちらとしても大きなメリットがある。

 まぁ、移住に関しては獣人たちが決める事だから強制はしないけどな。


「それだ! キヌでかした!」


「プレンヌヴェルトとは……どこなのですか? 聞いたことないのですが」


「バルバル、お前を信用して俺たちの秘密を話す。他言しないと誓えるか?」


 後から考えれば、俺がダンジョンマスターであることを打ち明けるのは、リスクがかなり大きかった。でも、この時は必死に故郷を救おうとしているバルバルを何とか助けたいと思えた。


「秘密……? 当り前じゃないですか! 見ず知らずの獣人達のために命を懸けてくれようとしている恩人の秘密を、誰かに喋ることは絶対にありません! 獣人と商人の誇りに懸けて誓います!」


「そうか、安心した。実はな、俺はダンジョンマスターという、とあるダンジョンの管理をしている者なんだ。そして、その管理しているダンジョンは、この蒼緑平原にある。そのダンジョンの名前が『プレンヌヴェルト』って言うんだ」


「ダンジョン……マスター? アウンさんは、そんな凄い人だったんですね!」


「そこなら安全に避難ができると約束する。問題は、避難する時間だけでも魔物の侵攻を防がなきゃいけないって事だな……。少し考え事をするから、このまま走ろう。考えがまとまったら作戦を伝える。俺からの提案となるがいいか?」


「分かりました。もともと私達だけではどうすることもできなかったんです。アウンさんの指示に従います!」


 その言葉を聞くと俺はアルスとイルスに念話で確認と指示を伝えた。


《アルス、イルス、聞こえるか?》


《どうしたのじゃ? 聞こえておるのじゃよ?》


《聞こえているでござる》


《レクリアの街に向かっている途中で、知り合いの獣人行商人に会った。そいつの古郷近くのダンジョンが、スタンピードを起こしそうだと言っている。スタンピードについて具体的に教えてくれ》


《ならば、わらわから説明するのじゃ。スタンピードとは数十年に一度程度起こる現象じゃな。ダンジョン周囲の魔素供給量が極端に不足してしまった場合に起こるのじゃよ。供給が極端に減れば星はそれを補おうと一度に大量の魔物をダンジョン内に召喚し、そのダンジョン周囲で強制的に戦闘を行わせようする事があるのじゃ。これはダンジョンコアでは止めることもできぬ。少しでも止めようとするなら、その溢れ出してきた魔獣を大量に倒し、魔素の吸収量を一時的に増やす必要があるのじゃ。実はアウンが来るまでフォレノワールもギリギリだったのじゃよ》


《そんな状態なんだな。ってことは出てきた魔獣を大量に倒せばスタンピードは止まると?》


《それはあくまでも一時的な措置じゃな。一度そうなってしまったダンジョンは暴走状態となってしまう故、コアを破壊するまで残念ながら魔物の湧きは止まらぬよ。第一波、第二波、第三波と魔物が増える流れになっておるから、ひとつの波を殲滅しきってしまえば数日は次の波がくるまで時間は稼げるのじゃ》


 ってことは、その第一波を殲滅すれば避難する時間は稼げそうだな。


《わかった。じゃあそれを踏まえての作戦を立てたから、アルスとイルスは俺の指示に従ってくれ。まず、アルスは俺との連絡とイルスのサポートだ。イルスはさっき話していたプレンヌヴェルトの一階層に建物を作る作業を早急に行なってほしい。とりあえず民家を10軒くらい立てておいてくれ。蒼緑平原への露出はまだしなくていい。追って俺から指示を出す》


《了解したのじゃ》 


《わかったでござる》


 よし、作戦の目途は一応立ったな。

 じゃあ次はキヌとバルバルに作戦を伝えるとするか。


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