第217話 ゾンビ先輩の大冒険⑧

 

~砂漠国オルディーラ 首都アヌシュカ冒険者ギルド~


 ここは砂漠国オルディーラ。

 国の大部分を砂漠に覆われたこの地の環境は人々が暮らすには過酷の一言に尽きるが、資源が豊富に取れる事もあり長い年月をかけて国は発展し、大きな都では貴族に限らず裕福な生活を送っている者も少なくないほどに成長している。

 また、国境となっている“危険地帯ナクヴァ山脈”やジャイアントワームが跋扈ばっこする“オルド大砂漠”が天然の要塞となり他国が侵攻を敬遠し続けた結果、これまでに大規模な侵略戦争が起こらず、書物や建造物などの歴史的資料が非常に良い状態のまま残されていた。そのため、考古学者・歴史学者が他国と比べて多いという特徴もある。


 一方冒険者はというと、そんな過酷な環境下でも一定の成果を上げる事が最低条件という高い資質が求められ、周囲の魔物の定期的な討伐が必要不可欠な状況から各所から重宝される職業とされている。また、リスクとリターンが嚙み合わない土地柄、他国と比べて総数こそ少ないものの、冒険者の水準はレベルも含めて他国より高く、ロマンを追い求めるモチベーションの高さとリスクヘッジを自然と身につけた視野の広い優秀な冒険者が多数在籍している。


 そんなオルディーラの首都・・アヌシュカの冒険者ギルドでは、一人の冒険者が息を切らしながら、狼狽ろうばいした様子で受付の女性に話しかけていた。


「ヤバい! ヤバいぞ!! あ、あんな魔物がこの国に出現したなんて……」


「お、落ち着いてください! あなたほどの方が狼狽うろたえるなんて一体何があったんですか?」


「髑髏の騎士だ! ジャイアントワームを一刀両断するほどの力を持つアンデッドの魔物が、ここから徒歩2日圏内に現れた! 運良く俺は助かったが、アイツが暴れでもしたらこの街……いや、この国は大きな打撃を受けるぞ!」


 ジャイアントワームに食われたところをゾンビ先輩に助けられたこの男、名をヴィハーンと言い、ソロながら長年ダンジョンへと潜り続けAランクにまでのし上がったベテランの冒険者だ。マジックバッグと引き換えに命を助けられた後、その身に起きた奇異な出来事と異常な事態を伝えるため、必死で1日半移動し続け、何とか無事に首都アヌシュカの冒険者ギルドへ辿り着いていた。


「Sランクのジャイアントワームを……一刀両断? 要するにSランクの上位以上が確定した魔物が突然現れたということですか!? えっ、でもそんな強い魔物が急に現れるなんてこと……」


「ソイツ、ワイバーンを使役してやがったんだ! しかも変異個体のワイバーンを!」


「魔物が魔物を使役するなんて……そんなこと、あり得るんですか? でも、それがもし本当だったとしたら……」


「本当だから死にかけた直後だってのに急いで帰ってきたんだろ! とりあえずギルマスに報告を――」


 そこにタイミング良くアヌシュカのギルドマスターが現れる。


「話は聞かせてもらっていた。具体的にどんな魔物なのか教えてくれ」


「炎を纏う巨大な矛を持った髑髏の竜騎士だ。あの容姿からするとアンデッドの魔物なのは間違いがないんだが……常軌を逸したパワーと、口では説明できない程の破壊力を持っているのは間違いない」


「ほう? それは興味深いな。それで?」


「ヤツを見た瞬間全身の血が抜かれたかと思うほどの威圧感を突き付けられた。ただ、それとは対照的に底知れぬ知性や気品すら感じさせられたんだ。なんというか……言葉ではうまく言い表せられないんだが……」


「ふむ、知性を持った魔物となると相当な高ランクか、もしくは特殊個体……いや、その両方か。それで……その魔物はどっちに向かって行ったんだ?」


「それが、俺は逃げるのに必死で向かった方角までは分からないんだ。ただ、俺がその髑髏の騎士と遭遇したのはオアシス村ニーラーの近くだった」


「何!? あそこは行商の要所……もしその魔物がニーラー村に向かったとしたら――」


 するとその時、扉のノックと共にギルドの受付嬢が部屋に入ってきた。


「すみません! 緊急事態です!!」


「どうした?」


「ニーラー村が、アーミーアントの大群に襲われ……か、壊滅いたしました」


「……なん、だと……?」



 ◇  ◇  ◇  ◇



 ニーラー村壊滅の知らせがあってすぐ、ギルドは詳しい情報を得るために調査隊を派遣する事を決めた。ただ、情報ではアーミーアントの突然の大量発生と推定SSランクはある骸骨竜騎士の出現が重なっていることもあり、相応の実力が要求される危険な任務のため人選は困難を極めた。

 そこで白羽の矢が立ったのが、序列1位クラン【アスラ・サト】。その中でも斥候に優れたSSランク冒険者1名とSランク冒険者2名を選抜し派遣することとなったのだった。

 そして翌朝、まだ日が出る前に出発した調査隊は出発から半日後にニーラー村へと到着したのだが、そこには予想だにしない光景が広がっていた。


 何か・・に食い荒らされたような大量のアーミーアントの残骸、へし折られ焦げ付いた跡がある木々、そして……その周辺にある巨大な生物の足跡。


「なんだ、これは……」


「アーミーアントはほぼ足しか残って無いですね。この巨大な足跡と周囲の焦げ跡からすると、ドラゴンが出現したとしか考えられませんが……」


「ちょ、ちょっとこっち来てください!! アーミーアントの巣穴を見つけました!!」


 困惑しながらも周囲の探索を進めていた調査隊のうちの一人がアーミーアントの巣穴を発見する。

 眉間にしわを寄せながら互いの顔を見合った男たちだったが、何一つ詳しい事が判っていない現状では調査・・隊としてはこのまま帰るわけにもいかない。ともなれば危険だと分かっていても進む以外の選択肢はなかった。そこで、もしもの時のためにSランク冒険者一人を外に残し、他の二人が巣穴内の調査を行うことに決まる。

 普段以上に気を張りながら巣穴へと侵入し慎重に歩みを進めていくが、行く先にあるのは無数のアーミーアントの死骸のみ。

 その状況はホッとする半面、より一層不安感と焦燥感は掻き立てられる。


「こりゃ……予想以上にやべぇかもしれねぇな」


「そもそもこれだけのアーミーアントの大量発生なんて、そんな簡単に起こる事案ではありませんよね?」


「あぁ。まさかとは思うが、特殊個体であるキング種が発生したか……」


「そうだとすると、相当厄介ですよ。それに外にあった足跡の魔物は、足跡のサイズからするとこの中に入って来られるような大きさではありません。……だとすると、誰がこの巣穴の惨事を引き起こしたんでしょう?」


「高ランクの骸骨竜騎士が出現したってのが報告にあっただろ。恐らく外のデカい足跡は子飼いのワイバーンが進化した後のもの、巣穴の中に侵入したのは骸骨騎士だと考えるのが一番スジの通る話だ」


「確かに少し小さい足跡も残されてました。……というか、あのサイズのドラゴンを使役する魔物なんて……背筋が凍りますね」


 最低限の会話だけをし、いつでも逃げられる準備はしつつ最奥まで進んでいくと、三度みたび冒険者達は驚かされることになる。

 二人の目に飛び込んできたのは、真っ二つに斬り裂かれた巨大な女王蟻と燃やし尽くされた無数の卵、そして放置されたキングクリムゾンアントの亡骸だった。


「待て待て待て!! なんなんだ、この状況は!!」


「女王蟻のサイズも相当ですが……、それ以上にヤバいのはキングクリムゾンアントこいつですね」


 稀に生まれるアーミーアントのキング種は、これまでにいくつかの種類が確認されていた。その中でもキングクリムゾンアントはずば抜けて戦闘に特化した種であり、魔物のランクもSSの下位に分類される。

 ともなれば、それを討伐するには最低でもSSランクの冒険者4~5人が必要となる。


 そんな危険な魔物の外骨格が一部変形しぐちゃぐちゃにされている様相は、“異常”の一言に尽きた。


「コイツ……もし討伐されてなかったら、どうなってましたかね?」


「アーミーアントの数から見ても、国を挙げての大討伐隊を結成して何とかってところだろ。それでも決して少なくない犠牲は出ただろうがな」


「そうなると、骸骨竜騎士はそれ以上の危険度があるって事に……」


「その通りだな。こんな事ができるのなんか人間の中では世界でも数えるほどしか居ねぇ。【アスラ・サトうち】のクランマスターと同格か、それ以上って考えていいだろうな。加えて巨大なドラゴンまで飼い慣らしてやがるとなると、低く見積もっても厄災だ」


「バ、バケモノですね……」


「とにかくこの事をすぐギルドに報告だ。だがその前に、キングクリムゾンアントと女王蟻だけは解体して持って帰るぞ。もちろん報告にも必要だが……こいつで武具を作ったら、えげつねぇ物ができあがりそうだ」


「……さすが、ちゃっかりしてますね」


「あたりめぇだろ! こんな危険な任務、さっさと解体終わらせて帰還するぞ!」



 ゾンビ先輩がちょっとした興味本位とノリでやらかしたこのキングクリムゾンアント討伐は、オルディーラ国中に激震を走らせた。

 以降、ゾンビ先輩は砂漠国オルディーラの各地でその姿が目撃されるのだが、その行動はこのキングクリムゾンアントの討伐と合わせて盛大に流布される。そして、様々な推測・憶測を孕んだ噂が飛び交うことになり、そのほとんどは『世界滅亡の前に現れる死神』、『邪神の遣い』など不吉や凶兆の類のものだった。


 ……しかし、後世にも御伽噺おとぎばなしとして語られることになる最も有名な物語『三つ首の竜と髑髏の騎士』の結末はこのように締め括られている。



 ”――異形の竜を従える髑髏の騎士は、オルディーラの英雄なのかもしれない。”


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