推薦状
「とはいえ疲れは出るのよね。とりあえず座っていい? 流石に遠いし、着いてからも身体調査やらでもうくたくた……」
「もちろんです。どうぞこちらへ」
シェリーをソファーへと案内すれば、彼女は腰掛けてから体の力を抜く。
うあーっと謎の声をあげるシェリーの前に、ロイドが紅茶をそっと置いた。
「はしたないぞ」
「うるっさ。小姑かあんたわ」
相変わらずのやりとりだなと、パトリシアは二人の様子を見守る。
一応この後ロイドはシェリーの補佐官になるわけだが、大丈夫なのだろうかと不安になってしまう。
「そういえばあんたがいたのね。忘れてたわ」
「僕もできれば忘れたかったよ」
「まあ仕事だけまじめにやってくれればそれでいいわ。私の下につくわけだし」
下、を強調するシェリーの言葉に、ロイドの方からギリっと歯を噛み締めた音がした。
本当に大丈夫なのだろうかとあわあわするパトリシアの隣で、ノアがぱちぱちと目を瞬かせる。
「ロイドとそちらのお嬢さんは知り合いなのか?」
「あら、ごめんなさい。もう一人の補佐官よね? はじめまして。シェリーよ。シェリー・エヴァンズ。エヴァンス呼びなれてないからシェリーでいいわ」
「本当になれないな……」
確かに聞きなれなさすぎると、ロイドと共になんとも言えない顔をしてしまう。
そう、今の彼女はシェリー・エヴァンス。
エヴァンス伯爵家の養子になったのだ。
「まさかよりにもよってシグルドのところに行くとは……」
「仕方ないじゃない。パティの後を継ぐのに、平民って立場がネックだったんだもの。そりゃもちろん平民で女だろうが、才能あれば宰相になれるってことをわからせられたら最高だけれど、優先すべきは女性でもできるってところを見せること。そのための私なんだし」
シグルド・エヴァンス。
伯爵家の嫡子でありながらも生まれながらに病弱だったため、本家を追いやられ乳母に育てられた人。
本来なら伯爵家を継ぐはずだった弟の代わりに戻され、アカデミーに入れられた。
そんな彼が数年前伯爵家を継いだことは知っていたが、まさかシェリーがその養子になるとは驚きだ。
「パティの次に宰相になる人は女の人じゃなきゃダメよ。ここでまた男の人に戻したら、この流れは変わってしまうもの」
「ええ、その通りです」
「だから私があの野郎の養子になってでもここにきたってわけよ。国家試験も無事合格して、アヴァロンで仕事もしてきたわ」
「しかし驚いた。シグルドはよく了承したな」
「あいつ私に負い目があるもの。それに迎えた養子が宰相になるのよ? 家にとってマイナスなことなんて一つもないもの」
本当ならあなたも私に負い目があるはずだけど? とシェリーに睨みつけられたロイドがさっと視線を外す。
もちろん彼もわかっている。
だからこそこれからもっと大変になるであろう宰相補佐の立場で、ここに残るという選択をしてくれたのだから。
「それにしてもよく許可が下りたなー? いくらクライヴ陛下の知り合いとはいえ、上の奴ら黙ってなかったんじゃないか?」
実際パトリシアがシェリーを後継者にするとわかった途端貴族たちからは、批判の声が殺到した。
女が終わったのにまた女をつけるのかと、パトリシアも直接言われたことがある。
だがしかし、パトリシアだって感情だけでシェリーを選んだわけではない。
この女性雇用の流れを途切れさせず、パトリシアと同じように仕事をして、なにより信頼して任せられる人材が彼女以外にいなかったのだ。
実際シェリーはよくやってくれている。
その証たるものを、シェリーはカバンから勢いよく取り出した。
「そう言われるのは初めからわかっていたからね。どう? これ見てまだ文句言えるやつらいるのかしら?」
「…………うわぁ」
「これはまた…………」
そう、彼女が周りの貴族たちを黙らせたもの。
それは――。
「アヴァロン、ノーチス、両国王の推薦状よ。ここにローレランの皇帝からの推薦もあって、誰が無碍にできるかしら?」
「できないな。――特に今は」
三国の関係が友好に進んでいるからこそ、今彼女がもつこの推薦状を無碍にできるものなんていないのだ。
シェリーはある意味この推薦状をとりに、アヴァロンにいっていたところもある。
仕事を覚えると共にこの推薦状を手に入れ、大手を振ってローレランの宰相になりにきたのだ。
「ノーチス国王の推薦状は、まさかもらえるなんて思ってなかったけどね。でもこれが決定打になったわ。ノーチスの軍が配備されて安全が確保されている今、彼の国の王を怒らせたくなんてないでしょ?」
「その通りだな。全く……。君には恐れ入った」
とんでもない方法で周りを黙らせたシェリーには、賞賛の拍手を送るしかない。
パトリシアは前に座る彼女の前に、とりあえずと書類の束を置いた。
「疲れているところ申し訳ないですが、時間がないのではじめましょう。シェリー、ついてこれますか?」
パトリシアからの挑戦的な言葉と視線に、シェリーはにやりと笑った。
「上等よ。任せなさい!」
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