その野心が消えることはない

「…………なんで、なんで、こんな……こんなことに…………」

 

「終わりだ。諦めろ」


「……諦める? …………どうして? まだ始まってもいないのに? わたくしは、ただ自由にっ」


「あなたは自由でもこっちは不自由なんですよ。自由にやるにしたって、他人を傷つけていいわけじゃない」


 ぽろぽろと泣き続けるセシリーに、クライヴはただ冷たい瞳を向けるだけだ。

 彼の中で完全に切り離したようで、腕を組んで見下している。

 そんな彼の言葉を聞いて、なぜかぽかんと目を見開いた。


「……傷つける? わたくしが? 誰を傷つけたというのですか?」


「………………まじか」


「ダメだもう。多分一生わかんないやつだ」


 無理無理と手を振るクライヴはベッドへと腰を下ろした。

 同じように額を抑えたハイネも、ふるふると頭を振る。


「もうお前修道院に入れ。そのほうが生きやすいだろ」


「いやです! わたくしはクライヴ様のおそばに……」


「あなたが俺になにを期待してるのか知りませんが、俺はあなたを愛しません。興味もない。今後あなたを好きになることもない」


「そんなの! わからないではないですか! もしかしたら今後――」


「分かりますよ」


 クライヴは真剣な瞳でセシリーを見る。

 これから伝えることは彼の本心なのだと、目で訴えているかのようだった。


「あなたはパティを傷つけた。俺の愛する人を傷つけたやつを、許せると思いますか?」


「…………あいする、ひと?」


 気づいてなかったのか、とパトリシアは驚く。

 散々シェリーからクライヴの態度はわかりやすいと言われていたので、共に行動しているうちに気づいているのかと思っていた。

 だが確かに今思えば、彼女がそういう意味で噛み付いてきたことはない。

 なんだかんだと敵意を向けられていたから気が付かなかった。


「パティにあなたの敵意が向かないよう言わなかったけど……結局こうなるならさっさと伝えとけばよかった」


「クライヴ様の好きな人が、パトリシア様……?」


「そうですよ。分かりやすいとよく言われるんですけど……。やはりあなたはもう少し周りを見たほうがいい。一応少しだけ友人として共にいた男からの、最後のアドバイスです」


「………………そんな、の」


 クライヴが手を振れば、セシリーを捕らえていた騎士たちが彼女を立ち上がらせる。

 乱れた髪の隙間から、ぶつぶつとなにかを言っているのがわかる。

 よくよく耳をすませてみれば、ただずっと『そんなの嘘』と言っていた。


「……連れていけ。アヴァロンに受け渡すまでは地下牢に閉じ込めておけ」


「姉様から数日の間には人が寄越されるはずだ」


「わかった、あとは任せる。セシリー・フローレンは国外追放とし、今後このローレランの地を踏むことは許さない」


「は! かしこまりました!」


 クライヴの言葉に騎士たちが返事をし、彼女を連れていく。

 力強い騎士に強引に連れていかれることに恐怖を覚えたのだろう、セシリーが突然暴れ出した。


「クライヴ様! クライヴ様ぁ! たす、助けてくださいっ、わたくしはっ!」


「よりにもよって俺に助けを求めるか。だからあなたは周りが見えてない。それで自らの首を絞めてるんだから、もうどうすることもできないよ」


「――っ!」


 連れていけというクライヴの言葉に、今度こそ騎士とともに部屋を出ていったセシリー。

 その後ろ姿を眺めながら、誰ともなく大きな息を吐き出していた。


「…………あぁぁ、本当に疲れた」


「話が通じないってしんどい」


「…………大変そうだな」


「なに他人みたいな顔してるんですか? 兄上にも責任あるんですからね」


「……すまない」


 なんだかもうひどい有様だなと、パトリシアも体から力を抜いてベッドへと腰を下ろした。

 セシリーに関してはもう、国に任せるしかない。

 今日のこのことがなかったとしても、彼女はアヴァロンへと強制送還されていたことだろう。

 本当にタイミングが悪かったとしか言えないなと、床に座り込んでいるハイネを見た。


「セシリー様は今後どうなるのですか?」


「教皇の裁判次第だろうけど、どちらにしろ国にはいれない。もう教会の悪事が露見したので、教皇派からは教皇の代わりとして、それ以外からは敵意を向けられることになるかと。……人知れず修道院に入れるのが本人のためにもなる気がします」


「あそこまで話が通じないと、いいように使われて終わりそうな気もするしな。世間知らずのお姫様が、鳥籠の外で生活できるとも思えない」


 確かにその通りだ。

 今までの彼女を見ていて今後も無事でいられるとは思えない。

 信者たちにいいように言い包められて教皇の代わりとされるか、はたまた憎しみを向けられて追われる身となるか。

 それならばいっそ、修道院に行ったほうが普通に暮らしてはいけるだろう。

 しかし。


「頷きますでしょうか?」


「無理だろうね。野心がなくならない限りは」


 連れていかれる時の様子を見ていても、少なくとも今すぐは無理だろうなと思ってしまう。

 今後の彼女がどうなるのかは、神のみぞ知るところなのだろうなと、パトリシアは大きくため息をついた。

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